第9話 金と欲望に媚びるお前らと捨てられた戦士

 サーリャとアドラスは投獄されてしまう。


 どちらも治療すらされず、人として扱われていない。


「ひ、姫様………ご、ご無事でしょうか………」


 アドラスが必死に呼びかけるも返事は返ってこない。


 なんとか脱出を試みようと力を体に込めた時、声がした。


「今は動くでない。力で解決するときでもない。どんな状況でも冷静に周囲を見極める。それを忘れるでない。」


 アドラスはサーリャの命に従った。


 腹部を貫かれたサーリャが冷静でいる。


 人間は脳にダメージを受ければ意識がなくなり、痛みから開放される。


 しかし、腹部の痛みは脳が意識を保つために地獄のような痛みである。


 サーリャは冷静でいる訳ではない。


 必死に痛みと戦っているだけだ。


「全く、サーリャのバカ娘には困ったものだ。しかし、無駄に品のある性格に育ったために、日に日に価値は高まっていった。今ではあんな小娘に信じられん巨額を張るものもいる。そこだけがヤツの取り柄だからな。これを活かさない手はない。」


 ラバルドアは娘を金儲けの道具としか考えていない。


「おい、金が入ったぞ。酒と美女を呼んでこい。」


 そして、己の欲望に支配されたクズ野郎だ。


 パワハラ、セクハラ、犯罪、暴力、殺人、などを己の欲望に任せて行う。


 無論、性犯罪も数しれず、育児に対する責任、仕事に対する責任、最低限のマナー、それら全てを無視して他人に欲望を強要させる。


 ラバルドアを恨むものも多く、ラバルドアの娘であるサーリャをよく思っていないものも多い。


 ラバルドアを避けて生きてるクズ共はラバルドアから距離を置くことだけを考えている。


 しかし、ラバルドアから距離を取れなかったサーリャは一番の被害者である。


「サーリャを求めるゴミ共から金を巻き上げてやる!! あの馬鹿娘は金のなる木だ!!」


 上機嫌のラバルドアを余所に、獄中では一人の男性が忍び寄ってくる。


「あんたがサーリャか………とりあえず、黙って治療を受けてもらう。」


 男が応急処置を二人に施してくれたが、サーリャは苦笑を浮かべて言う。


「ふふ、我は………いくらで売れたのだ?」


 それを聞いた男が答える。


「冗談にしては笑えない。俺はラバルドアに感謝はしているが、尊敬したことはない。」


 どうやら、男には事情があるみたいだ。


「左様か………して、我らをどうするつもりだ? 体が目当てか?」


 男は笑っていう。


「違うな。ラバルドアの命だ………」


 サーリャとアドラスは応急処置が施されただけで動ける状態ではない。


 男は二人に二本の注射を提示した。


「ブロック注射だ。覚悟が決まったら打ってやる。」


 ブロック注射とは、背中に打ち込む注射で、麻酔により痛みを止めながら血管の収縮を阻害し、幹部への補給を正常に行わせるものである。


「なるほど、それがあれば人並みに動くことはできるだろう。しかし、なぜ、ラバルドアを狙う? ラバルドアは警察や国ですらも恐れてしまう人物、国が法で裁くのを躊躇う程の凶悪犯罪者じゃ、皆、ラバルドアの犯罪を称賛して己が標的にならないよう保身を………」


 サーリャの言葉を男が遮った。


「―――黙れ!! 大人は金と保身、欲望だけのクズであり、いざという時は悪人に媚るだけの無能だ。俺はそんなもので動いてはいない!!」


 サーリャは立派な男だと思ってしまった。


「では、金のために娘を売る親とは何だ?」


 サーリャの問に男は答えた。


「金というものに簡単に支配される軟弱者であり、子供を生む資格もないクズ野郎だ!!」


 それにサーリャも続いた。


「それを野放しにする人間も役立たずの無能、税金だけを貰ってるクズ野郎だ!!」


 男は言う。


「俺は金で動くような男ではない。性欲にも支配されない。下らん欲望など、等に忘れた。無欲故に見えてくるものがある!!」


 サーリャは男に合わせて言う。


「欲望を持つものに死を………」


 アドラスは二人の世界についていけない様子である。


「俺の名はアテリオス、ラバルドアはあんたを金儲けの道具に使う気でいる。あんたらは逃げてくれ、ラバルドアは俺が必ず、殺す。北を目指せ、南に逃亡したと虚報を流す。」


 サーリャは強く志願する。


「我もヤツの命を望む!!」


 アドラスもそれに加わる。


「俺もだ!!」


 そんな時であった。


 外部から爆撃が起こる。


「私のサーリャを返せ!!」


 ラフィーリであった。


 ラフィーリはラバルドアの城をとにかく攻撃しまくった。


 無論、本気ではない。


 サーリャがいる以上、全力で攻撃することはできない。


「俺の鎧を持って来い………」


 ラバルドアが召使に命ずると鎧を持ってこさせた。


「さっさと私のサーリャを出せ!!」


 ラフィーリが城を半壊させるとラバルドアが激怒しながら出てきた。


「人の城を勝手に壊すんじゃねぇ!!」


 ラフィーリが魅了の魔術でラバルドアを操ろうとする。


 しかし、ラバルドアには効かない。


 ラフィーリが魔力で壁を作ると、ラバルドアの鎧からも魔力の壁が発せられていた。


「これは、魔装!!?」


 魔装、鎧の中でも魔道士や魔王が作り上げた鎧であり、強力な魔力が練り込まれている。


 ラフィーリの魅了の魔術も跳ね返してしまう代物で、鎧を身につければ、それだけで身体能力が向上してしまうものも存在する。


「ちッ、最悪だな。ラバルドアが鎧を脱いだ時が暗殺の機会だってのに、よくわからん奴のせいでラバルドアが鎧を身にまとっちまったぞ!!」


 アテリオスはラバルドアの鎧を盗むことを計画していた。


 しかし、それが叶わなかったために、計画は断念せざるを得なくなってしまう。


 サーリャはそんなアテリオスにこんなことを言う。


「ははは、我にもとんだファンができてしまっていたようじゃな。それより、早くブロック注射を頼む、背中に刺すのは怖いから早めに優しく済ませてくれ。」


 サーリャの言葉に男は言う。


「やつが魔装を身に着けた以上、勝ち目はないぞ? あれは魔力で壁を作り、酸素も何だって作る。どこにも弱点が無い。」


 完全無欠の鎧を相手に戦うことなど無謀でしか無い。


 それでもサーリャは戦う意思を見せている。


「お主は今まで鎧の対策をしておらんかったのか?」


 アテリオスはサーリャの言葉に驚く。


「我ら右、お主は左であろう?」


 アテリオスはサーリャの言葉にただただ驚くだけであった。


「あなたは神のようなお方だ………」


 ラフィーリはラバルドアに善戦しているが、ラフィーリに勝ち目はない。


「きゃ!!?」


 ラフィーリが吹き飛ばされるが、なんとか持ちこたえている。


「ふん、ドーピング戦士はもっと強かったけど、あんたはそれより弱いみたいね。」


 ドーピング戦士は容赦無く追撃を仕掛けてくる。


「はぁ~、はぁ~………」


 ラバルドアはスタミナに難があった。


 欲望のままに生きているクズは旅を続けてきたラフィーリに体力負けしている。


 そこへラバルドアに銃弾が打ち込まれる。


「西の警察だ!! 誘拐犯は管轄外と言えど許さん!!」


 管轄外の警官隊がサーリャのために駆けつけたのである。


「西の警察だと!!? 余所の国に警察を送り込むとは、戦争でも始める気か!!?」


 ラバルドアは驚いた。


 当然、国の警官隊が出てくるが、国の警官隊は余りやる気がない様子である。


 ラバルドアの悪行は周知の事実、無能な警官隊はラバルドアの犯罪行為を見て見ぬふりしかできなかった。


 無能は無能を続ける。


 それを見ていたラバルドアが被害者面をし始めて言う。


「ちッ、犯罪テロも見過ごすとは、どれだけ無能な警官隊共なんだ!!」


 加害者でしか無いラバルドアが言うセリフではない。


 悪人は己の悪事を忘れ、被害に会えば被害者ヅラをする。


 そして、他人に打った恩を忘れない。


 恩返しを要求するために、悪人の特徴である。


 善人はボランティアと言って無償で人助けをする。


 助けた人間の数など、いちいち覚えていない。


 悪人に立ち向かい、打ち勝ったことを誇りにも思わない。


 寧ろ、巨大な悪を駆除するのを当たり前だと思っている。


「サーリャから一本取った俺の剣術を見せてくれる!!」


 西の警官の刀が鎧に弾かれる。


「雑魚共が!!」


 ラバルドアが襲いかかった時、西の警官は足がすくんでしまった。


(まずい、殺される!!?)


 しかし、その一瞬の隙でラフィーリの重い攻撃をまともに受けてしまう。


「ぐはッ!!? す、すごい衝撃だ!!? 鎧の上からでも驚かされる!!」


 ラフィーリと西の警官隊が共闘する。


「急げ、ラバルドアはこっちだ!!」


 アテリオスがサーリャとアドラスを案内する。


 ラバルドアの元にたどり着けば信じられない光景が目に飛び込んできた。


「ラ、ラフィーリ!!?」


 西の警官隊は全滅し、ラフィーリは血だらけになってラバルドアに掴み上げられていた。


「サ、サーリャ………ご、ごめんね。助けられなくて………」


 サーリャはラフィーリが負けたことに驚いている。


 再び命を賭けた死闘を行わなければならない。


 流石に、恐怖した。


 そんな時であった。


「サーリャ、何も怖がることはない。あいつは俺一人で十分だ。」


 アテリオスの言葉に少しだけ勇気を貰うことができた。


「ふん、勇ましい奴め………微力ながら助太刀いたそう………」

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