終章

空の彼方に

 緑深い森の中を、彼は歩いていた。背中には大きなリュックを背負い、時々立ち止まってはコンパスで方角を確認している。

 古い遺跡の調査が、少年の仕事だった。仕事ではあるが、この世界がどのように成り立ったのかを知りたいという欲求が、彼を突き動かしていた。


 この先に、古き神を奉る一族が守る遺跡があるという情報を得て、少年はやってきたのだった。一体何が待っているのか、考えるだけでわくわくするのだ。

 周囲は背の高い木ばかりで、油断すると方角を見失いそうになる。だが、上を見上げれば木々の隙間から明るい光が降り注ぎ、青い空が見える。

 そうやって空を見上げてしばし休息を取っていると、突然どこからか声が響いた。


「ここから先は神域よ。限られた人間しか立ち入りを許されていない。即刻立ち去り

なさい」


 幼さの残る、少女の声だった。そう思うのと同時に、頭上から人が飛び降りてきた。

 葉を揺らしながら軽やかに着地したのは、十代半ばほどの、長い黒髪をなびかせた少女だった。


 驚愕に目を見開く少年の喉元に、少女はぎらりと光る刃を突き付けた。予想外のことに少年は冷や汗垂らし、ごくりと息を呑む。黒曜石のような瞳が、じっと少年を捉える。


 両者は微動だにせずしばし見つめ合っていたが、少年はその少女に見覚えがあるような気がした。ここに来たのは初めてだし、彼女にも会ったことはないと誓って言えるが、ひどく懐かしいような気がするのだ。

 そんなことを考えていると、少女がふと怪訝な顔をして、首を傾げる。


「……あんた、どこかで会った……?」


 二人の間に風が吹き抜けて、汗ばんだ肌をなでていく。その行く先を追えば、どこまでも澄んだ青を湛えた空が広がっているのだった。



――『虚空の彼方へ』了

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虚空の彼方へ 月代零 @ReiTsukishiro

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