第35話 エピローグ・裏

 男は路地裏をふらふらと歩いていた。この世界には似つかわしくない、黒いパンツとジャケットにシルバーのアクセサリーを幾重にもつけた男。その表情はひどく青褪めていた。


「なんなんだよ、あの魔法は……体が実体化しちまってるじゃねぇか……」


 霊体となりフォルテの体から抜け出た悪魔は街に残り、こっそりと様子を伺っていた。その中でブルーの魔法に巻き込まれ、さらに神の介入によって一度は消滅した。しかしブルーに再構築された際に、霊体ではなく肉体ごと再生してしまった。


「ったく、わけわかんねぇよ。やっぱ竜なんかに手を出すべきじゃなかったか。しかもクライスも消えちまったし、こんな赤字は久しぶりだぜ」


 

 

 カツ、カツ、カツ。


 

 

 契約不履行の場合にはクライスの魂と竜の本体を回収するはずであったが、一方のクライスが消えてしまったことで、すでに損失の方が大きくなっていた。契約を重んじる悪魔にとって状況は最悪と言えた。


「まぁしょうがねえ、なんかわかんねぇが実体化してるし、力もまだ使えるみてぇだからな、竜だけは回収しとくか」


 

 

 カツ、カツ、カツ。


 

 

 混乱していた悪魔であったが、落ち着いてくるとやるべき事が見えてきた。しかも幸いにも今は実体化しており、戦術級と呼ばれる上位悪魔の力をフルに使うことができる。


「しかもあの超越者どもも消えちまったみたいだしな! なんだよ、よく考えりゃ、それほど悪い状況でもねぇか! ついでに足りない分は適当に殺しちまうか」


 

 

 カツ、カツ……。


 

 

「その前に、少々お尋ねしてもよろしいでしょうか?」


「……な、なんだてめぇは!」


 悪魔が背後から聞こえてきた声に慌てて振り向く。


 足音が聞こえていた。


 聞こえていたはずなのに、認識できなかった。その異常事態に悪魔から冷や汗が流れる。


 

「私はただのメイドです。それと……」


 

 そこにいたのは白と黒のメイド服を着た少女。銀色の髪に異常なまでに白い肌。右目は髪で隠れており、金色に輝く左目の瞳には複雑な幾何学模様が浮かんでいた。


「立たないでもらえますか?」

 

 少女が人差し指を悪魔に向け、その指をすっと下に振る。たったそれだけ。悪魔が地面に叩きつけられる。


「ガハッ……く……そ……」


 悪魔は全ての力を解放して抵抗するが、全く体を動かすことができない。


「あなたにお聞きしたいのは一つだけです。あなた……どこで廃棄ダンジョンのことを知りましたか? あぁ喋らなくて結構です、空気が汚れますから。勝手に覗きますね」


 少女はスカートを抑えながら上品にしゃがむと、悪魔の頭に人差し指を当てる。すると水面のように悪魔の頭が揺らぎ指がずぷぷと突き刺さる。しばらくぐるぐるとかき混ぜ、とぷんと引き抜く。血も何もついていない指を少女はハンカチで丁寧に拭く。


「ふむ。やはり記憶を弄られていますね。その痕跡もほとんど消されていますし、これ以上あなたから得られる情報はありませんね」


――記憶を弄られただと!? この俺が!? それよりこいつは、まさか……


 口を開くことができない悪魔は、脳内で必死に考えを巡らす。そして目の前の異常なメイドの正体に思い至る。だがあまりにも遅すぎた。


「では失礼します」


 メイドらしく恭しく一礼し、右手を鳴らす。目を見開いた悪魔の体がサラサラと崩れていく。


「最近の悪魔は、魔法抵抗値が著しく低いのでしょうか? 同族であることが恥ずかしくなりますね」


 悪魔だった砂の山を見ながら少女が表情を変えずに呟く。


「それにしても、この世界はいいですね。お嬢様の匂いがします」


 少女はその匂いを堪能するように大きく深呼吸をすると、何もないはずの空間から何かを取り出す。それは拳ほどの大きさの紅い宝石。ブルーが持つカケラよりも一回り大きいそれを大切そうに胸に抱く。


「お帰りなさいませ、ローズお嬢様……やっと見つけましたよ」


 少女が指を鳴らすとその姿がかき消える。




――――――――――

 一章これにて終了です。本作をお読み頂いた全ての方に、心からの感謝を申し上げます。

 次章は書き溜めてからの投稿になります。もしお時間あれば次章もお付き頂けると幸いです。

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廃棄ダンジョンのぼっちな魔物 しぇもんご @shemoshemo1118

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