第34話 エピローグ・表

 街の住人が起き上がる頃には、空が明るくなってきていた。昨晩のことは現実の出来事だったのか誰にも自信がない。街並みは変わらず、体も健康そのものであった。

 ただ一つ変わったこと、それは加護の消失。全ての住民から誇りの象徴であった鱗が消えていた。皆、加護を失ったことを理解していたが、不思議と悲しい気持ちにはならなかった。それは最後に見た夢が関係しているのかもしれない。

 奇妙な夢であった。短い羽をバタバタさせるヘンテコな生き物と青いスライムが出てくる夢。青いスライムはプニっと触手を伸ばしてヘンテコな生き物の方を指して言う。

 

「この通り竜神様は無事だよー! これからはみんなと友達になりたいんだってー!」

 

「い、いや友というか、隣人というべきか……そんなことよりブルー、この姿は本当にどうにかならんのか?」


 隣のヘンテコな生き物が困惑したように言う。


「んーとね、ローズが言うにはもう少し力が戻れば姿を変えられるかもだって。でもしばらくは無理みたい。もしかして……その姿、嫌だった?」


 悲しそうに聞くスライム。心なしがボディがどろっとして元気がない。


「い……嫌ではない! 復活させてくれたことにも感謝しておる! こ、この姿もあれだ、なんというかあれだ、丸みがあっていいかもしれん!」


 ヘンテコな生き物が、慌てた様子でスライムをフォローする。


「そんなことより、もう時間がないから早くみんなに伝えた方がいいって!」

「そ、そんなこと!? あ、いやそうか。わかった」


 ヘンテコな生き物が改まったようにその短い羽をたたみ、器用にその羽で咳払いをする。


「んん……アルカディアの民よ。少しでよい、我の話を聞いてくれ。我はそなたらの祖先に救われた。そしてその恩返しがしたくて、ずっとそなたらを守ってきたつもりでいた。だが同時に、そなたらのことを傷つけるのが怖くて、力のほとんどを封じていた。それによって今回大きな失敗をした。全てを失うところであった。それを新たにできた友と、そして我と共に戦ってくれた沢山の民が救ってくれた。本当にありがとう、そしてすまなかった……。我はもう神ではない。そなたらに加護を授けることもできぬ。だが少しホッとしてもおるのだ……これでなんというかそなたらと……」

 

「ローズが話が長いって!」

「な!? しばし待て!」

「あ、魔法きれるって」


 ヘンテコな生き物が羽をばたつかせて焦る。


「ええぃ! 要するに皆のものよ、これからは、と、友として接してほしい! そして知ってくれ! 我の本当の名は」



――シュタリオン



 そこで夢が途絶える。



 起き上がったミリーが声を上げて笑う。


「あはは! 本当に竜神様を救っちまったのかい、ブルー!? おっと、もう神様じゃないんだったね……よかったね、シュタリオン様」


 起き上がった子供達も口々に夢のことを語る。


「あれ、ブルーちゃんだよね?」

「ブルーちゃんって……スライムだったの?」

「でもただの夢だし……」

「でも、すごくブルーちゃんっぽかった」

「「「「「「うん」」」」」」」


 朝日が登り始めた頃、王宮の屋上でブルーはレイナと向き合っていた。レイナの肩にはシュタリオンが乗っていた。


「……もう行っちゃうの?」


 レイナが俯きながら聞く。ブルーの感情が伝わるレイナには別れが近いことが分かっていた。


「うん、ボクらは次のカケラを探しに行くよ」


 本当はもう少し一緒にいて欲しい。だけどレイナは引き止める言葉を飲み込む。これでも待ってくれたのだ。もっと早くにレイナからカケラを受け取ることだって出来たはずなのに、そうせず今日まで自分達のことを見守って、そして全部を救ってくれたのだ。待って欲しいだなんてこれ以上のわがままは言えなかった。


「ローズさんの心臓のカケラ、早く揃うといいね」


 レイナは心配かけないように明るく振る舞おうとしたが、その目には涙が浮かんでいた。ブルーの寂しいという気持ちが伝わるから余計に辛くなる。シュタリオンが短い羽でレイナの頭をぽんぽんとする。


「レイナ、これを貰ってくれない? ローズに教えてもらって作ってみたんだ」


 レイナの手に乗せられたのは青く透き通った小さな丸い玉。


「ボクの体というか魔素というか、とにかくボクの一部から作った魔道具なんだ。ローズの心臓みたいに、すごい力はないんだけど、これがあればまた会えるはずだから」


 それはしるべとしてレイナとブルーを繋ぐためだけの簡単な魔道具。


「ありがとう、大切にするね」

「……じゃあ、またね」

「うん、またねブルーさん」


 レイナの目から涙が零れる。黙ってみていたシュタリオンがレイナの肩からぴょこんと降りると、自分の背中を羽で器用に指す。まるで乗れと言うかのように。


「えっ、無理じゃない?」


 ブルーの言葉に対して、シュタリオンはぐぐっと体に力を入れる。するとその体が徐々に膨らみ、大人を一人を乗せられるほどまで成長する。そのまま器用にブルーを羽で捕まえて背中に乗せると街へと飛び立つ。


「わわっ」


 まるでちゃんとお別れをしていけと言うかのように、シュタリオンは街の上を旋回する。人々が空を飛ぶ巨大竜神焼きと、その背に乗る少女に気づく。


「あれって竜神様?」

「じゃなくてシュタリオン様?」

「あの夢は本当だったってこと?」

「ぷっ! なんかかわいい!」


 人々が神でなくなった竜の珍妙な姿に驚きつつも、夢の中で聞いた言葉を思い出し、徐々に受け入れていく。

 一方、ブルーと交流のあったもの達は困惑する。


「ブルーちゃんだ!?」

「なんであんなところに……」

「何してんだいあの子は……」


 だけど皆、なんとなく分かってしまった。その寂しそうな顔と目に浮かんだ涙を見れば、レイナのように心が読めなくても、これがお別れなのだと。


「みんなぁぁ!!! ありがとね!!!」


 シュタリオンの背から大きな声で叫びながらブルーが一生懸命、手を振る。

 一生懸命、何度も手を振り、その結果、身を乗り出しすぎて、シュタリオンの背中から落ちてしまう。下で見ていた人々から短い悲鳴が上がる。シュタリオンも慌ててキャッチしようとする中、当の本人は笑顔で落ちながら手を振り続けていた。


「じゃあまたねー!!!」


 紅い石が強い光を放つと、そのまま転移によって姿が消える。シュタリオンは思わず安堵のため息をつく。


「あはは、最後までブルーさんらしいな」


 その姿を見ていたレイナが笑いながら目尻の涙を拭う。


「ブルーさん、約束だよ。ちゃんと会いに来てね……」


 青い丸い玉を握りしめたレイナが虚空に向かって話しかける。



 残業中の神は笑う。


(ぷっ! 枷を解いた竜は何匹も見てきたけど……こんな姿で解放されたのは流石に初めてだよ……おめでとう、シュタリオン)



 ヘンテコな生き物は空を飛ぶ。



 自由に、気ままに、枷に縛られることなく。

 


 ここは珍妙な竜が暮らす国、アルカディア。


 人々の体から鱗は消えたが、代わりに肌が少しだけ、ツルツルになったらしい。


――――――――――

 本日二話投稿。もう一話だけ続きます。


 

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