美しい世界なのに、心がざわざわと不安になり、幸せを願わずにはいられない

冒頭のシーンから、衝撃的です。
大好きな母から告げられた、残酷な言葉。

「あなたは、人を殺す可能性があるの」

可能性。それは絶対ではない。
けれど少女は母から名前を呼ばれることはなく、突き放され、病棟で暮らします。
遠慮がちな少女は、笑うことも楽しむことも幸せになることも、憎むことも、恐れている。
けれど、そんな少女(名前は羽乃架)の世界には色があり、空や雪の描写が素晴らしく美しい。
たとえば、青空が雪空に変わり、世界が白くなる。そこに現れた男性が差した傘が、空色。男性の体に積もった雪を払う力加減がわからずに戸惑う少女。
美しく繊細で静かな日本映画を見ているような、色の視点。人とかかわることを恐れる少女の心の動き。
作者独特の感性で、羽乃架の心の内を表現していくさまは、流して読むにはもったいない。ていねいにていねいに何度でもじっくりと味わいたくなります。

病棟が閉鎖することになり、羽乃架を引き取ってくれた魔法使い、雨依様。
彼とのやりとりは実に色っぽくて、どきどきしてしまいます。
けれど、ときめきがつまっている。キュン♡
というには、引っかかる。
それはやはり、「あなたは人を殺す可能性があるの」という母親の言葉がつきまとっているから。
羽乃架が言葉の呪いに囚われているのと同じように、読者もまた、不安を感じずにはいられません。

病棟を出た羽乃架の世界が広がっていく。
楽しいこと。嬉しいこと。幸せなこと。好きなこと。欲しいものを知り、笑いたいと願う。雨依様が心を占めていく。
それと同時に、私は不安になってしまいます。
羽乃架は憎しみを覚えるようになるのだろうか?
愛する苦しみを知ることはあるのだろうか?
世界は美しい。けれど残酷でもある。
それは愛に対してもいえることで、愛は美しいけれど、残酷でもある。

羽乃架には幸せになって欲しい。
人を殺す可能性がただの可能性で終わってほしい。
作品タイトルの『これが最後の恋になりますように』
最後の恋が幸せなものでありますように。そう願わずにはいられません。

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