本作は、深宇宙探査機ヘルベイオンのパイロットとなった相川君との思い出を大切にしている香織を主人公にした、壮大なSF小説です。時間の流れが乱れた世界で織り成される物語は、SFの要素を存分に詰め込みながら、同時に人間ドラマの魅力もじっくりと描かれています。
物語の中で使われる時刻共有サービスは、先進的なテクノロジーかつ物語上、大切な役割を果たします。時間軸の違いや宇宙とのつながりといったテーマは、SFファンの心を掴みますし、緻密な描写によってリアリティを帯びた世界観も楽しめます。ギミックがギミックで終わるのではなく、物語のもう一つの主役になっているので、SFらしいSFが読みたい方はぜひ読んでいただきたいです。
また、筆者は絶妙なバランス感覚を持っており、壮大なスケールの中から、一人の人間の葛藤や愛情を描き出しています。特に締めの一文には、物語全体の核心が凝縮されています。その力強さと美しさに、胸が締め付けられる思いがします。
SF小説としての魅力と人間ドラマの融合が見事に成された贅沢な読み味を持った短編です。SF好きの読者はもちろん、一般の読者にも大いに楽しんでいただける作品だと思います。
――かつて時間の神さまが、言葉を乱した神さまのように、人々の時間を乱した。
幕開け早々に明かされるこの作品の世界設定は、具体的にどんな状態なのかすぐには想像にしくく、けれど、それだけでわくわくさせられる魅力があります。神さまのイタズラにより時間が共有できなくなった人類ですが、「時刻共有サービス」というテクノロジーによってのみ、電話を介して同じ時間を過ごすことができる様子。このサービス利用時の定型句らしい、「私時間」「貴時間」という言い回しが実に面白く、一気に物語に引き込まれました。
序盤では「どういう仕組みなのかは交換手しか知らない」とあやふやにされてしまう「時刻共有サービス」の真相は――終盤のお楽しみとして。
時間差という超えられない距離の向こうにいる相手を思う、主人公の感情描写が丁寧で、青春の甘酸っぱさとともにほろ苦い切なさを覚えます。そんな彼女が思わぬ相手から助言を与えられるところからが、この物語の「時間SF」としての本領発揮。伏線が見事に回収されていく最終話の展開と、晴れやかな読後感に浸れる末文に、心からの拍手を。
バベルの塔が神によって崩され、言語がバラバラになったように、1人1人の時間までも切り離されてしまった世界。違う時間を生きる人々を繋ぐのは、ひとつの『時間共有サービス』だった。『私時間』と『貴方時間』が交換手によって繋がれるとき、時空を越えた通話が始まる──。
現代まで、様々なドラマの架け橋となった「電話」が、テクノロジーの進んだ世界で、また人々を繋いでいることをとても嬉しく思います。
人々の時間に時差が生じるという、描写の難しい設定が、こんなにも美しく、ドラマチックに書かれていて衝撃を受けました。現実世界とはかけはなれた世界に見えるかもしれませんが、人間とは案外、変われないものなのかもしれません。
あの日、言えなかったこと、訊けなかったこと、見れたかもしれない景色、表情……。人々の「もし……」という想いは尽きないものですが、「もし、」そこに『時間共有サービス』があったのなら……? 受話器にIFを囁くとき、何かが起こるのかもしれません。
これ以上語るのは野暮というものですね。SFに人間模様が柔らかに浮かぶ傑作を、皆様、ぜひ、読んでみてください。