夕闇の中、電車は廻る
えとう蜜夏☆コミカライズ傷痕王子妃
第1話 昭和臭のトド
私がショッピングモールにあるファミレスのドアを開くと、
「お母さんって昭和臭がするの。もうおばさんって感じじゃなくてお婆さんて感じだしさ」
そんな声が聞こえ、あははと蔑むような笑い声も続いた。それは何と聞きなれた娘の声だった。
私は柏木英子。四十半ばの主婦で夫とは二十年ほど前に結婚し、一人娘を授かった。
私は母を中学生の時亡くし、高校卒業後に父の後妻に家を追い出され途方に暮れていた私を助けてくれた夫と結婚した。以来専業主婦として夫を支えてきた。
なかなか子どもに恵まれず、石女とまで義両親から言われたこともあったけれど娘が生まれたからはあからさまに言われなくなった。
夫と娘の三人でそれなりに楽しく暮らしてきたつもりだった。
最近、娘の帰りが遅い時もあって心配していたけれど、反抗期のようで私を無視して話もしてくれない。
そして、今日は日曜日で、夫はいつものようにおつきあいでゴルフ、娘は友達と買い物にということだったので、一人の食事も面倒だから買い物がてらに外食しようと、いつもは行かない少し遠いショッピングモールまで行くことにした。
お昼をと思ってモール内にあったファミレスに入ったところ聞きなれた声がした。そちらに目線をやると娘が見えた。話に夢中なのか私に気がつかないようだった。娘のテーブルには三人座っていた。横顔がちらりと見える程度なので分からなかったのだろう。
「ああ、全くだ」
相槌を打った声は夫によく似ていて、思わず立ち止まってそちらを見た。
「だよね。パパもいい加減離婚したらいいのに。それで早く美恵さんと再婚したらいいのに」
娘の声とは別にふふと優雅に笑う女性の声が続いた。
――どういうことなの? 上司と一緒にゴルフに行っているのではなかったの? 今朝、夫はいそいそとゴルフバッグを持って出かけて行ったのに娘とショッピングモールでいるなんて。
そして、その三人はこうして見ると普通に仲の良い親子に思えた。
――どうして?
膝から力が抜けそうになって近くのテーブルにへたり込むように座った。幸い娘にも夫にも気づかれなかった。私が偶然座ったテーブルからは観葉植物が邪魔して見えにくくなっていたようだった。
そして、こうして眺めていると、娘と向かい合わせで夫の隣に座っている三人目の女性を私は知っていた。私のいる位置からは分からないけれど声に聞き覚えがあった。ふふと少し鼻にかかるような声。
彼女は夫の幼馴染で、近くで居酒屋を営んでいる女性だった。もちろん結婚する際には紹介された。その頃は彼女にも夫がいたけれど数年前に病気で夫を亡くし、女手一つで切り盛りしていると聞いている。
何度か店に夫と一緒に行ったことがあるけれど私あまりお酒は飲めないし、子どももいたのでもっぱら主人だけが通っていた。帰りに焼き鳥やお惣菜を買ってきてくるので助かってもいた。
「まあまあ、英子さんは専業主婦だから、追い出したら可哀そうじゃない。私は別に今のままでも十分よ」
「美恵さんって、優しい! ああ、美恵さんがお母さんだったらなあ。素敵だし、お料理も美味しいし、あ、後で一緒にお洋服見て欲しいな。お母さんじゃダサくて一緒に歩きたくないもの」
「あはは。確かに。あいつと一緒に歩きたくないな。結婚した時はそれなりだったけど今じゃあ、ほら、あれに似てる。ええと何だっけ?」
「トドだよ。お父さん」
娘の言葉に夫と美恵さんが爆笑する。笑い声が周囲に思いもかけず響いたので、夫は少し咳払いで胡麻化した。
「ご注文は?」
店員さんが良く冷えたお水をテーブルに置いた音で我に返った。
「あ、ええ、その、オレンジジュースで」
店員が注文を繰り返す言葉に黙って頷いた。食欲はどこかにいってしまったようだった。その後どうやって家まで帰ったのか覚えていなかった。
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