第6話 歴史は繰り返さなかった

 いよいよ、入院する前日、家族での夕食はいつものように、

「お、これ美味しいな」

「それは英子が作ったのよ。最近よく手伝ってくれるのよ」

 お母さんがそう言うとお父さんは嬉しそうに私を見る。

「お母さんより美味しいなんて凄いじゃないか、後でお小遣いあげなきゃな」

「もう、お父さんは甘やかしすぎよ」

 そんなたわいもない会話。

「お母さんと一緒に今夜は眠りたい」

「まあ、子どもみたいね。ふふ。いいわよ。三人で寝ましょうか。昔みたいに」

「そうだな。英子が小さいころは……」

 そんなお父さんを放っておいて、眠る準備をして、その夜はお母さんに抱き着いて一緒に眠った。

「きっと大丈夫。大丈夫よ」

 そんな言葉を呪文のように唱えながら。


 総合病院へ着くと学校に行くように言うお父さんに私は頑として譲らず、

「絶対。お母さんの側にいる」

「仕方ないなあ」

 そういうお父さんも一緒にいて欲しかったと思う。

 手術の説明も終わり、心配そうにお母さんを手術室へ見送ると廊下の椅子でお父さんと二人待っていた。二人でじっと寄り添っていた。

 やがて、ランプが消えると担当の先生が出てきて、

「手術は成功しましたよ。発見が早くて良かった。転移も今のところ心配はないと思いますが、経過しだいですね」

「やったあ!」

 私は両手の拳を突き上げていた。


 そうして退院後はゆっくり家で休養をすることになった。

 結局私は塾に行かず、母の世話をするという名目で部活も楽なところに変わった。最初は陸上部だったのだけど忙しいので、退部して文芸部に入った。文化祭の時にコピーした用紙を束ねて本にしたものを配布するだけなのだ。

 メンバーも大人しい人ばかりで居心地は良かった。

 中学生の中に混じるのはやりにくかったけれどあっという間に母の亡くなるはずだった時期も過ぎ、母も定期健診で順調にいっているとのことで安心だった。

 勉強は……、それなりにできていた。塾にはいかないけれど家で授業の予習復習で結構思い出しながらできるものだった。

「ちょっとズルいかも」

 受験先も母の葬儀のバタバタだったあの時と違い、もっと上の進学校を勧められた。お母さんもお父さんも喜んでくれた。お母さんも少し楽な部署に異動してもらって無理せずに仕事を再開することができた。

 高校時代も新しい友人もでき順調だった。夢だった大学へも進学できることになった。

 そう、そこで私は親戚に勧められたお父さんの再婚相手の話を耳にした。どうやら、離婚して子連れで戻ってきて実家は大変そうな感じだった。

 親戚の法事の集まりで噂好きのおばさんらが姦しく話していた。

「前はそれでうちに押し付けられたのね」

「……どうしたの?」

 私の様子に怪訝そうなお母さんに黙って首を振った。

「なんでもない」

 お父さんは酔っぱらって私のことを自慢していた。だから、恥ずかしいって。お父さんは親戚の中では愛妻家で子煩悩という立ち位置になっていた。だから再婚を勧められたのだろう。こうして大人としての眼で親戚のことを見ていると分かってきた。

 そして、私を追い出した継母たちはその後、実家も追い出され安アパートで毎日の暮らしに精一杯のようだった。

 もう私の人生にはかかわってくることはないだろう。

 あの追い出されてそっと見に戻った時はこの家で楽しそうに笑っていたあの二人の笑い声は遠い記憶になった。

 私の大学の入学式に出席に嬉しそうに出席する両親を眺めながらそう感じた。

 その後、大学も無事卒業し、大手企業へ就職もできた。本当に夢のような感じだった。

 前のように高校卒業とともに家を追い出され、行く当てもなく公園で座っていたところ、夫に拾われた人生ではなかった。

 今は自分の人生を自分自身で掴んでいくことができる。

 誰かに依存しないと生きていけないトドの自分ではなく、温かく迎えてくれる両親のいる家が今はあったから。

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