第3話 夕闇の中、電車は廻る

 私は後片付けをして、電車に乗り、義母の入院先に向かった。結婚した時の義母は私のことを高卒の女なんてと大反対もされた。同居してもいろいろときつく当たられたけれど行く先のない私は我慢するしかなかった。

 義父が先に亡くなってからはますます風当たりは酷くなっていた。夫はそ知らぬふりをしていたから私はじっと耐えるしかなかった。

 受付で挨拶をして病室へ向かう。

「お義母さん。おはようございます」

 ドアを開けて中に入ると横になっている姑がぎろりと目だけ向けた。私は黙って着替えなどを入れ替えた。義母からは褒められたことなどなく、くどくどと注意のような嫌味しか言われたことはなかった。

「何か必要なものはありますか?」

「ふん。何だか顔色が良くないわね。それだけ太っているのに血色が悪いとか、どんな生活してるのでしょうね。可愛い息子と孫のことが心配だわ」

 いつもなら耐えられた義母の言葉に何もかも嫌になってしまった。

「……あなた方は本当に人を貶すしかできないようですね」

 私は静かにそう言うと立ち上がった。

 いつもなら次に来るとき持ってくるものなどを聞いてメモするのだけど今日はもうそれもする気力もなかった。

「どうしたのよ? あなた今日は何だかおかしいわよ」

 少し慌てたような雰囲気の義母を尻目に私は病室から出でることにした。

 義母が脳梗塞で倒れて半身不随になって入退院を繰り返しているけれど息子である夫は見舞いになど来たことは数回しかない。実質、義母の世話は私がしていた。

 結局夫にとっては都合の良い妻、いいえ家政婦なのよね。トド扱いして嘲笑っても離婚しようとしないのはそのせい。

「まあ、あなたにはいろいろと世話になったわね」

 そんな言葉がかすかに聞こえた気がして、

「え?」

 後ろを振り返って見ると義母は目を閉じて眠っているようだった。

 ――気のせいよね。あの義母がそんな殊勝なことを言うはずがないもの。また明日にでも来て必要なものは聞けばいいし。

 結局、家族に見捨てられた私だけど家を出る勇気もなく、何もできないのだから。貶されて馬鹿にされて、それでも何も……。でも、言い返したのは初めてだったわね。

 今までさんざん言われてきても傷つきはしなかった。

 だって幸せだと思っていたもの。

 初めて持てた自分の家族だと信じていたから。

 だからどんなことでも宝物のように思っていた。

 でも、それも私だけの思い込みだったのね。

 私はただ駅へと向かった。

 ホームに立つといつもより人が少ない気がしたけれど、滑り込んできた電車に乗り込んだ。車内には誰も乗っておらす、平日の昼間だからかしらと思いつつホームの駅名が目に入った。

「きさ……、あら目が悪くなったのかしら、よく見えないわね」

 私は昨日眠れなかったこともあって目を閉じた。

 出発のベルもなく静かに電車は発車した。

 

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