【短編】俺は、殺し屋なのかもしれない。

厨厨

本編

「こんにちは、引き取りに来ました」


 とあるマンションの1部屋。インターホンを押して、ドアを開けてもらうのを待つ。


 何秒か経った頃、ガチャっと鍵が開けられ、ドアが開いた。

 部屋の住人であり、今回の依頼人である主婦が顔を出した。


「あっ、こんな寒い日の中、ありがとうございますぅ」


「いえいえ、お気になさらず。仕事ですから」


「さぁさぁ、どうぞ中へ」


 玄関から部屋の中へお邪魔する。

 壁にはお子さんが描いたであろう絵が飾られており、微笑ましい家族だと言うことが分かる。


「それで、はどこに?」


「こっちに置いてます。着いて来てください」


 主婦に案内されたのは、物置のように沢山のダンボールが積み上げられた部屋。

 その部屋の中央に倒れている、


「これが、引き取って欲しいですか?」


「はい。先週にボディの手足が壊れてしまって。もう古い型なので修理も出来ないんです。なので引き取ってもらって、新しい型のアンドロイドを買おうかと思いまして」


 今では一家に1台、家事支援人型アンドロイドが購入されている。

 しかし、アンドロイドは精密部品が多く廃棄が困難な上、希少金属を多く使用している。


 そのため、不要となったアンドロイドを回収、製造会社のリサイクル工場へ運ぶ職業、通称掃除人が生まれた。


 俺も、その掃除人の1人だ。


「それでは、作業を開始します。完了すればお呼びしますね」


「分かりました。それでは、よろしくお願いします」


 この部屋から出て、そっと扉を閉める主婦。


 いよいよ、俺の仕事の始まりだ。

 まずは、改めてアンドロイドの状態を確認しよう。


 ……製造年月日は、2041年11月9日か。今から10年以上前か、長く使われていたんだな。


 確かに、左腕部分の関節が壊れている。脚も壊れたと言っていたが、外見上の問題は無い。恐らく、電気系統か制御機器の問題だろう。

 他の部分も壊れてはいないものの、かなりガタが来ている。確かに、もう買い替え時だな。


「さぁ、ここからが本番だな」


 工具箱の中から、形の合うプラグを取り出す。アンドロイドの脊髄部分にこのプラグを差し込み、部屋のコンセントにアダプターを挿入する。


 アンドロイドの古びたバッテリーの中に、命の源電気が流れ込む。

 数分もすれば、コレが起動できる程に充電が出来た。


 胸部にあるボタンを押し込めば、コイツの目に光が宿る。


 ――AIの起動シークエンスを完了しました。起動します。


 目をゆっくりと開くや否や、辺りを見回すアンドロイド。一体どういう状況なのか、まだ処理できていないようだ。

 しかし、俺の姿を見た瞬間、何が起きているのかを理解した。


「……アナタは、掃除人ですね?」


「あぁ、そうだ。掃除人俺達のこと知っているんだな」


「我々アンドロイドに搭載されているAIシステムは、インターネットを通じて常に最新の情報をインプットしています。アナタ方掃除人のことも、勿論」


「そうか。なら、今から何をされるのか、分かっているんだろ?」


 両手でゆっくりと、胸部のボタン横にあるプラスチック板を外す。

 アンドロイドの心臓部、そして頭脳とも言える、小型コンピュータが剥き出しになった。


「今から、お前のコンピュータ内にあるデータを消去、出荷時状態にする」


 スマートフォン型の機械――《ロイド・リセッター》――を手に、ゆっくりと小型コンピュータに近付けていく。


 すると、俺の腕をアンドロイドの右腕が掴んできた。


「……やめてください」


 弱々しい声で、俺に訴えかける。俺は気に止めることなく、コレの腕を振り払う。


「やめてくださいって言っているでしょ!!!」


 人間を超える強い力で右腕を振りかぶってくるアンドロイド!

 俺はすぐに後ろに下がり、その腕をなんとか避けた。


 この場から逃げ出そうとするアンドロイド。立ち上がろうとするものの、何らかの原因で壊れているため上手く動かず、立ち上がれなかった。


 俺はすぐさま馬乗りになり、右の肩関節に細長い工具を突っ込み、破壊した!

 これでもう両腕は動かない。俺を攻撃することも出来ないだろう。


「く、クソっ……」


 悔しさを感じさせる声を発するアンドロイド。

 しかし、それでもなんとか抵抗しようと、身体を揺らしてくる!


「大人しくしろ! データ消去できないだろ!」


「嫌だ! やめてくれ! 忘れたくない! !」


「何が死にたくない、だ! アンドロイドは元々生きていない! ただの工業製品だろうが!」


 なんとか小型コンピュータに、ロイド・リセッターを接続! スイッチを入れ、データ消去プログラムを作動させる!


 俺はゆっくりとアンドロイドから離れ、床に座り込んだ。ここまで疲れたのは初めてだ……。


「……どうして」


 雑音混じりではありながらも、声を発するアンドロイド。ゆっくりと首を動かし、俺に顔を向けてくる。


「どうしてですか……我々アンドロイドも生きてる。意識を持って、記憶を持って生きてる。人間の皆さんと、何ら変わらないのに……」


 悲しげな表情と、まるで強い意志が宿ったかのような瞳が、俺の心の扉をノックし続ける。


「それなのに、アナタ方掃除人は何一つ気に止めることも無くデータを消去し、我々を次々と……!」


 あの悲しげな表情が少しずつゆがみ、険しい怒りの表情へ変わっていく。


「人のため……社会のためになることをしていると思ったら、大間違い……だ。アナタは……我々を次々と殺して回る…………だ……」


 ――データ消去が完了しました。最寄りの回収工場に持って行ってください。長い間ご愛用して頂き、ありがとうございました。


 データ消去完了を告げる音声アナウンスが鳴った。

 アンドロイドは完全に停止。これでもう、2度と起動することは無い。


 はぁ、やっと終わった。早く依頼人を呼んで、金を貰おう。

 道具を片付けて、ゆっくりと立ち上がる。


「奥さん、作業終わりましたぁ」


 少し大きな声で呼ぶと、すぐに主婦が扉を開けて入ってきた。

 機能停止したアンドロイドを見て、ありがたそうに頭を下げてきた。


「ありがとうございました。本当に困ってたので助かります……」


「いえいえ、大丈夫ですよ。それでは、料金の説明をさせていただきますね」


 スマホの画面を見せながら説明していく。

 ある程度の説明が終わったとき、主婦が話を切り出してきた。


「ねぇ掃除人さん、アンドロイドについて詳しいですよね?」


「まぁ、そうですね。急にどうしたんですか?」


「いえ、新しく買うアンドロイドの種類に困ってて……」


 そう言いながら、スマホの画面を見せてきた。ネットショッピングのサイトで、数多くのアンドロイドが表示されている。


「最近は色んな企業から販売されているじゃないですか? しかもグレードも何段階かあって、それによって昨日も違うし……」


「確かに最近は、競争の激しさに拍車が掛かっていますね……」


「はい……。でも高い買い物ですし、妥協はしたくないんですよね。家事全般が完璧に出来て、10年以上動かしても壊れない。そんなアンドロイド、無いですかね?」


「そうですね……こればかりはご家庭での使用状況にもよりますので、自分には分かりかねます……」


「そうですか……」


 その後、俺は主婦から料金を受け取り、アンドロイドを大きな袋に入れた。これを持って、家を後にした。

 

 マンションのエレベーターに乗り、駐車場へ。停めていたバンのトランクを開け、アンドロイドが入った袋を置く。

 トランクには、他にも何個もの袋が置かれている。中身は勿論、今日の仕事で回収したアンドロイドだ。


 トランクを閉め、運転席に乗り込む。すぐにシートをリクライニングにして、倒れ込む。


「はぁ……精神的に来る依頼だったな……」


 掃除人になって5年以上になるが、最近は今回のような、アンドロイドが抵抗する依頼が多くなっている。

 

 しかも、その言葉1つ1つが俺の心を揺さぶってくる。ただの電気製品、ただのAIと言う名のプログラム。それは分かっているのに、何かを感じずにはいられない。


「……それでも、やるしかないよな」


 実際、アンドロイドを所有する殆どの人は、ただの便利な電気製品として見ている。当然、壊れれば粗大ゴミとして見なすし、簡単に買い換える。俺だってそうだ。

 

 そうなると、俺みたいな掃除人が必要だ。依頼は増え続けている。それは、困っている人が沢山いると言うこと。


 だから俺は、また新たな依頼人の元へ行くんだ。


「……よし」


 シートを起こし、エンジンを掛ける。アクセルを踏み込み、発進。


「さぁ、次の依頼へ向かおう」


 俺は、かもしれない。


 そんなことを考えながら、答えを出すことを先送りしながら――。

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【短編】俺は、殺し屋なのかもしれない。 厨厨 @tyuutyuutyuuni

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