第3話 (最終話)秋の夜に死を授かり、秋の昼に生を授かる。
木曜日、高嶺麗華に曽房修や世良治が会いに行ったところから話が始まる。
「この第三中学校で不良と呼ばれた曽房修だが、ウチではキチンと仕事をしてくれてます。だがどうしても今ひとつ仕事に身が入らない。根気よく理由を聞いてみると、中学の時に心残りがあるからそれを片付けないと先に進めないと、本人は言いました。修、それはなんだかここで言うんだ」
曽房修は立ち上がって教師達に会釈をすると「去年、俺はそこにいる天童真里男をシメた」と言うと、教師達は頭を抱えてため息をつき、天童真里男は暗い顔をして俯く。
「別にそいつのことなんて知らなかったんだが、「助けて欲しい、お礼ならするからシメて欲しい」ってしつこく頼まれたからやったんだ。でもやった後で「そんな事は頼んでない。それ以上言うなら警察と教師に言いつける」と言われた。その真意を知りたくて、天童をシメるように頼んできた高嶺麗華にもう一度会って話がしたかった」
曽房修の言葉に、教師達はどよめきと共に高嶺麗華を見て、高嶺母は倒れそうな顔で娘を見て震えている。
世良治は「私は雇用主として間違いが起きないように、高嶺さんにはキチンと修と話をして欲しい一心で、木曜日は就業後に修について行きました。そもそも天童君だったね。君は修に何をされたんだい?」と天童真里男に質問をすると、天童真里男は「…先輩に帰り道にあって…公園で「高嶺麗華にこれ以上付きまとうな」って肩に手を回されて言われました。言う事を聞かないとどうなるか考えろって言われたから、もう近付きませんでした」と答える。
誰が見ても天童真里男は高嶺麗華に興味を持っていたのがわかるのだが、麻内周が「天童はなんで高嶺さんに付きまとったの?」と質問をする。
天童真里男は少し困りながら「勉強も出来るし、先生達からの評判もいいから、アドバイスとかもらいたくて、友達になりたかったんだ」と言うと、「成程、ありがとう」とお礼を言って話を戻す。
世良治は高嶺麗華を見て「君は修に仲裁を頼んだ。お礼をすると言ってやらせたのに、お礼の言葉もなく切り捨てた。そうだね?」と追い込みをかけると、沈黙は悪手だが高嶺麗華はまだ14歳の少女で、周りを大人達に囲まれてどうこうするのは難しい。
泣こうとした時に、曽房修が「泣いても誤魔化されねーぞ」と凄むと、麻内周が仲裁するように、「先輩、怖がらせちゃダメですよ。先輩は高嶺さんと話してどうしたかったんですか?彼女にしたかったんですか?」と質問をすると、曽房修は「いらねーよ。彼女ならいるし、俺は年上の女が好きなんだよ」と返す。
麻内周の会話運びに次々と逃げ場を塞がれる高嶺麗華。
今自分が出した最適解は「いやらしい事をされそうで怖かったから逃げた」にしたかったのだがその道も塞がれた。
「あぁ、じゃあ最初に聞いていたお礼がなんだったか気になったのと、なんで先輩が指名されたかが気になったんだ」
この言葉に教師達は落とし所を見つけて、「高嶺、彼の疑問に答えなさい」と言い出し、高嶺母は娘を庇う事なく「麗華、キチンと話して」と同調する。
この場には誰も自分を庇う人間がいない事を理解した高嶺麗華は、遂にはキレて顔を歪ませると、「んなもん天童がしつこくて気持ち悪ぃからだろ!どんだけ断っても近寄ってきて気持ち悪ぃし、周りの目があるから大人しくしてやってたら勘違いする。二度と近付けねーくらいの威力が必要だから、危険って評判の先輩に頼むしかない。それだけだよ!お礼?そんなの口から出まかせだよ!これ以上関わりたくないから、麻内のバカがしゃしゃり出てきた時には全部おっ被せて幕引き考えていたのに、何だよこれ!?クソっ!」と普段の顔からは想像できない顔と口調で言い放つ。
母親や教師の確認するまでもない落胆の顔。
優等生の高嶺麗華も一皮剥けば醜い本性がある。
それを見ながら真剣にメモを取るスーツの男は児童相談所の職員で、校長にこれが昨今の問題で生徒達の心の闇は複雑になり、巧妙で上辺だけでは推し量れないと説明をしてる。
それこそなんでここにスーツ姿の男が同席しているのか、高嶺麗華も天童真里男もわからない中、曽房修は「あー、スッキリしたぜ。ありがとな周」と言うと、「後はお前だ。お前はずっと「死にたい、殺して」ばかりで、ろくな会話できなかったから覚えてないだろうが、俺達が助けてやるからな」と続ける。
曽房修は校長と麻内周の担任に「コイツはさっきも全員揃う前に少し話したが、家庭環境に問題がある。進路一つ自由に決められない。ここでヘラヘラしてるだけのオバサンは周に金を使いたくない以外は何も求めない。金の問題なんかを気にしないで、コイツがキチンと行きたい学校に行けるようにしてやってくれよ」と言うと児童相談所の職員にも「もう死にたいとか、殺してくれとか言わないようにしてやってくれ」と言って頭を下げた。
これは教師陣には信じられない光景だった。
自分たちがどれだけ叱りつけても、頭を下げずに、碌な進路活動もせずに一人で就職先を見つけてきてしまった曽房修が、頭を下げて麻内周の事を頼んで来た。
教師陣が驚く中、「充電もまあ使えるくらいにはなったろ?」と聞くと、麻内周は「うん。ありがとう先輩」と言って鞄からモバイルバッテリーを取り出して返すと、充電切れだったスマホを取り出す。
曽房修の「言ってやれよ周」の言葉に合わせて、麻内周が「うん」と言ってスマホの電源を入れると、5日ぶりに起動したスマホはけたたましく通知音を出すと、親を抜かした過干渉をしてきた親族やその子供達からの「何やってんだ」「早く帰ってこい」や「電話に出ろ」「クソが」という罵詈雑言。不在着信の雨。
曽房修は麻内周の母を睨んでから、児童相談所の職員には「これだけ通知が来ても親からは無い」と言い、警官には「周にこれだけやっても警察への通報もない。上辺だけでコイツは守られてない」と言う。
教師陣にも「俺は周が倒れる前に友達について聞いてみたが、「そんなものいない、だからもう死にたい」としか言わなかった。アンタ達も周を守ってやってくれよ」と言うと、教師陣は「麻内には友達が」「お母様からも藤尾と高丸が」と言葉が出てきて、母親を睨むと母親は泳いだ目で「そうだ」と言うように、壊れたように首を縦に振る。
曽房修は天童真里男や今も本性を表して顔を歪める高嶺麗華に、「なあ、藤尾と高丸ってなんだ?周の友達なのか?行方不明になってもメッセージ一つよこしてないみたいだけど、本当に友達か?」と質問をする。
そう、5日も居なかったのに心配する素振りもない。そんな2人は友達なのかと言う話になる。
高嶺麗華は周りを一瞥して呆れ顔になると、「はっ?バカじゃ無いの?麻内は悪ぶりきれない藤尾と高丸の専用サンドバッグじゃない」と言い、天童真里男も「…それも小学校の時から何年も。中学に入って最初の夏休みに藤尾に彼女が出来て止んだけど、間違いない…」と言って頷いた。
教師陣は視界の端で捉えていた、小学校からの身上書にも、度を越えたじゃれ合いと書かれていて、すぐにじゃれ合いなんかじゃない事は理解したが、関わってはいけないとして、見てみぬふりをした現実が明るみに出て頭を抱えたくなるし、母親の話を聞いて問題ないとしていたが、母親は息子が五日も不在なのに通報一つしないネグレクトだとバレた。
児童相談所の職員はまたメモを取る手を加速させて事態をチェックしている。
曽房修は警官に「それって傷害だよな?パクれるよな?」と聞くと、難しい顔で「証拠が足りない。一年以上前に止まっていて、傷も治っていたら証明のしようがない」と返す。
曽房修は「だとよ。周、なんか証拠ないのか?」と聞くと、麻内周はスマホを操作して「グループのトークルームとスクリーンショットとかなら残ってる」と言う。
トークルームには生々しいやり取りが残されていた。
[今日も殴ってやったから腕が疲れちゃったぜ]
[本当だよな。殴り心地だけならサイコーだよな]
[おい、何既読無視なんてしてんだよ?]
[ありがとうございましただろ?]
麻内周が[ありがとうございました]と返すと[周はサイコーだぜ、顔面殴ってアザを作っても問題にならねーもんな][本当、今度どっちのアザが濃く出るか勝負しようぜ]と入ってくる。
その後も、何日も何日も何発殴られたか数えていたかと聞かれて、ありがとうございましたの言葉と共に数を報告する。
どちらの攻撃が痛いか報告しろと言われて無理矢理優劣を付けさせて、それを言いがかりにして麻内周を更に痛め付けていた。
これには児童相談所の職員は顔を顰めていたし、証拠の写真すら自慢げに藤尾と高丸は載せていた。
証拠の写真は人間の残酷さを表す一枚としては的確なもので、普通人目につかない箇所を狙う怪我を、人目につく場所にコレだけの怪我をさせられていて、問題にもせずに友達だと思っていたと言ってのける教師陣も母親ももう終わっていた。
児童相談所の職員は「事態は深刻です。教育委員会も呼びます」とその場で電話を始めて、事務的に事件として扱い増員を求める。
そして唐突に[もう俺達とお前は関係ないから友達ヅラすんなよな][話しかけてきたら殺すからな]と一方的に送りつけて関係の解消をしてきていた。
その場で呼び出される藤尾と高丸とその保護者達。
高嶺麗華は「ザマァ」と醜く笑いながら天童真里男と共に解放されて、高嶺麗華は母親と早退していった。
想定外だったのは世良治で、麻内周が話した時の余裕の顔からしたらもっと軽いイジメだと思い込んでいたのに、こんな目も当てられない凄惨な傷害事件だと思わないでいた。
それこそ家庭内で死にたくなるまで心を痛めつけられていた麻内周だからこそ、肉体の痛みに鈍感になっていただけの事だった。
呼び出された藤尾と高丸は、麻内周がいた事で全てを察して、落とし所を思案したり反省するどころか麻内周を睨みつける。
麻内周は何年間も毎日執拗に暴力を受けていた事で、もっと怖い見た目の曽房修や世良治ではなんともないのに、目に見えて震えてしまうと、曽房修が肩に腕を回して震えを押さえつけた後で、「大丈夫だ」と声をかける。そして藤尾と高丸に「ようクソども。何が起きるかはわかってるみたいだな。周は俺のダチだ。この後で何かしてみろ。わかってるよな?」と睨み付けた後で、「俺は逮捕も前科も構わない」と言い切り、横に座る警官がピリつくと世良治が「それくらい怒ってるって事だな」と誤魔化した。
その後は、大変な大事件へと発展していった。
呼び出された藤尾と高丸の親はもちろん何も知らなかった。
児童相談所の職員だけではなく教育委員会の職員まで来た中、曽房修の提案で目の前で藤尾と高丸のメッセージを母親に朗読させてみて、事態の深刻さを思い知らせると高丸の母は気を失ってしまった。
藤尾の母親は早期解決を狙い、散々子供がアザだらけで帰宅しても不問にしていた麻内周の母に会話の主導権を渡して、なあなあで済ませようとしたが「ネグレクトの母に決定権はない」として解決は児童相談所と教育委員会と学校で話し合い、民事不介入の警察は金品の強奪や刑事事件に発展する場合になった際に参加する事になる。
麻内周は目の前で暴かれる事態によって、ようやく見えた希望に曽房修と世良治に感謝をした。これで何もかも終わる。ここから始められると思っていたが甘かった。
藤尾と高丸は、愚かにも自分達だけ裁かれるのはごめんだと「俺たちが罪なら」「これはどうなんだ」と、聞いてもいないのに知りうる限りの二年生全員の悪事をコレでもかと暴露してしまう。
中には傷害事件や万引き、器物破損に痴漢行為や迷惑行為。強盗致傷まで含まれていて警官も増員の手配をする羽目になる。
もう学校は地獄の門が開いたように大荒れになり、授業どころではなく緊急集会を開くからと一応現段階では無関係の一年と三年は急遽下校をする事となったが、児童相談所も教育委員会も警察も芋づる式に関係者や参考人が増える事はわかっていた。
一年生と三年生が下校する中、麻内周も病院から直接顔を出した上に、罪なんてものはない被害者なのでその場で下校する事となる。
校門をくぐると、母に「世良さんと先輩にお礼を言うから先帰りなよ」と声をかけると、母親は躊躇なく帰っていってしまう。
真のネグレクトは多少の事では治らないのだろう。その後ろ姿に曽房修が舌打ちをして、世良治が注意をした後で、曽房修は騒がしい校舎を見て「ザマアミロ」と呟いて、「ありがとうな周。清々したぜ」と礼を言う。
「俺のほうこそありがとうございました。邪魔した上に巻き込んでごめんなさい」
「いや、君だから修を助けられたんだ。この結果は君が参加してくれたからだよ。ありがとう。前にも言ったが俺たちはもう友達だ。これからは死にたくなる前に相談に来てくれて構わないからね」
曽房修は「スマホ貸せ」と言って、麻内周のスマホを手に取ると自身と世良治の番号を登録して、「俺はダチだ。俺は意味のない勉強が嫌いだし、早く自分の力で生きたかったから高校なんて行かずに働いた。でもお前は違うと言うならキチンと道を見つけて幸せを掴め」と言っていた。
麻内周は仕事に戻ると言う世良治と曽房修を見送ると家に向かって歩いた。
今までとは違う。親達がおかしい事が周知され、こんな自分でも友達だと言ってくれた2人が居る。
それだけで生まれ変わった気分だった。
秋の夜に死を授かる。 さんまぐ @sanma_to_magro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます