第2話 秋の昼に生を授かる。

全てが終わった。

死ぬとは無になる感覚かと思ったが、案外眠っているように感じる。


麻内周はそんな事を思った後で、「何も気にしないで何時間でも眠っていられる。もう干渉してくる奴らはいない。起こされる前に無理矢理起きて、無い朝食に傷つく必要もない、施しのように叔父や叔母の家、祖父母のところで朝食を貰う必要もない。代金は取られないが、親の悪口を聞かされて同意を求められて、その親の子供だからと無責任に馬鹿にされて見下されて、代金の代わりに家事の手伝いを求められることもない」と思い、心のままに眠ってしまおうと思って更に眠った。


死ぬとはなんて穏やかなんだろう。


そう思って居たが暫くすると何かがおかしい。

麻内周が目を開くとそこは病室だった。


何が起きた?

何故助かった?

死ねたのではないのか?


そう思っていると看護師が来て、「起きた?3日も寝て居たわよ。今旦那を呼んであげる」と言うと、30分して大工がするような格好をした自身を殺したはずの男が病室に入ってきて、後ろにはあのチンピラ男も立っていた。


「よう。起きたか?蘇生完了だな」

「おじさん?」


「死後の世界だと思ったか?」

「なんで?」


「まあおいおい話してやる」と男が言うと、後ろで看護師がチンピラ男に「ほら曽房も声のひとつもかけてあげなさい」と尻を叩き、チンピラ男は「姐さん、わかりましたよ」と言いながら近づいてくると、「生き返ってくれてよかった」とだけ言った。


麻内周からしたら何が良かったものか、せっかく終わったと思ったのに終われていないなんて酷い話だと思い、憎々しい気持ちで首を絞めてくれた男を睨んでいた。


睨まれた男は嬉しそうに「元気そうで何よりだ。夜にまたくる。悪いようにはしない。少しだけリベンジしよう」と言うと立ち去っていった。


看護師は「本当、ウチのは世話焼きなんだよね。私が夜勤の時には曽房の面倒みたりしてさ、だから任せなさい」と言って検温と血圧を測ると、「後でお昼持ってくるね。トイレは行けるなら行っていいし、ダメなら尿瓶使うから言ってね」と言って立ち去っていく。名札には世良と書かれていた。

尿瓶なんて恐ろしいと思ったが、オムツをはかされていて真っ赤になってしまった。


世良看護師は「ごめんごめん。普通の格好出来るなら自分のパンツ履いていいよ」と言って着替えを指さしてくれたので、下着だけ着て上着は入院服だった。


夜に来た男、恐らく世良と自身の担当医と看護師の世良と話をした。

一応届出は身元不明の男の子を保護したから妻の勤める入院設備まである町医者に連れて行った事になっていた。


「え…?おじさん…俺を殺して…」

「バカ言うな。殺しなんてした事ねえよ。ちょっと前に習った柔道の絞技を意識して使ったんだ」


ここまでで判明するのは、いい感じに身元を明らかにするものがなかった事で。

塾の教材も市販品で、塾名がわかるものがなく、麻内周自身も字体や書き方を悪く言われたくない気持ちから名前を書かずにいた。


財布の中身も小銭のみ。学生証や何かの会員証のようなものもなく、スマホは放置しておいて電池切れ。


それらをうまく加味して身元不明の少年を保護する話にしてしまっていた。


説明の後で「そして、おめでとうだ。高嶺麗華は通報していない。学校にも言っていない。君の家族も通報すらしていない」と世良は言うと、「君は3日前に死んだ。だから修の復讐に付き合ってくれ。勿論君の復讐もする」と続けた。


世良から聞いた曽房修そぼうおさむの復讐は簡単な話だったし、今なら納得のいく話だった。


高嶺麗華は一年生の時に学校でしつこい男に言い寄られていた。本性を隠してやんわりと断っていたが効果はない。

そんな時、高校にも行かないと評判の札付きの悪だった曽房修に、お礼をするからと頼み込んでしつこい男を追い払って欲しいと頼んだが、いざ追い払ってみるとそんな話は知らないとシラを切られて逃げられた。

それどころか、しつこくするなら学校と警察に言うと言われてしまった。


いいように使われた曽房修は一年経っても怒りが収まらず、雇用主の世良がどうしたら怒りを捨てて前を向けるかを問いただしたら、「あの女とキチンと話がしたい。別に殴りたいとかはない。エロい真似をさせろとも言わない。ただキチンと話がしたい」と言う話で、世良はそれならと社員達と曽房修が間違いを犯さずに、キチンと高嶺麗華と話せるように出向いたら、麻内周が割り込んできてこの騒ぎになっていた。


多数の男が少女を囲む状況に、勝手に事件を想像していた麻内周は、「あぁ、それはごめんなさい」と謝ると、世良は「だよな。なら助けてやってくれよ」と言って微笑んできた。

助ける話は初めこそ意味がわからなかったが、聞いていくうちに素晴らしく思えて楽しくなってきてしまう。

麻内周は自分は本当にあの時死んで今は死後の世界なのではないかと思い始めていた。


先に麻内周の復讐をしようと世良は言った。

主治医も含めて綿密に話して、本当に精神的な治療が必要だと判明した麻内周は、病室で目を覚ましてからの出来事として世良と話した通り、高嶺麗華と曽房修の出来事を見かけて助けに入る。

麻内周は警察を呼ぶと言う高嶺麗華の言葉を信じて待っていたが、来なかった事。その間に十分なコミュニケーションが取れないまま「死にたい。殺して欲しい」と呟き続けた麻内周は倒れてしまう。

それを保護した世良の手で、妻が務める病院に麻内周を連れて行くが、警察に通報してもなんの連絡も来ていない麻内周は身元不明の患者として3日ほど眠って過ごしていた。

眠っていたのもストレスが原因で、ようやくストレスから解放されて心のままに眠れたと言うものだった。


そして4日目に目覚めて少しだけ安定したといい、警察に通報するとすぐに警官がやって来る。

来た警官にあらましを話し、主治医からもネグレクトの疑いがある事と、適応障害の症状が出ていて捜索願いも通報もされていない事から児童相談所の職員も麻内周のヒアリングにくる事となった。



主治医からまだ家族には会わせない方がいいと言われてもう一晩休ませる事になると、麻内周は見舞いに来た世良に「おじさん、ありがとう」と礼を言った。


「いや、俺は困ってる若い奴を見過ごせないだけさ。苗字だって世界を良くするから世良なんだよ。俺と君はもう友達だ。困った時にはいつでも頼ってくれ」

「うん。俺を殺してくれてありがとう」


「いや。もう辛い過去を背負った君は死んだ。これからは頑張ってやり直すんだ。後は大変だが修の事も助けてやってくれ」

「うん。それは頑張る。なんか楽しくてウキウキしてるよ」


その言葉通り、翌日警察からの連絡により病院に迎えに来た母親と児童相談所の職員、警官と曽房修と世良を連れて帰宅せずに第三中学校へと向かった。



この5日、木曜日の夜に麻内周に助けられてから高嶺麗華は気が気ではなかった。

翌日無断欠席をした麻内周を見て本気で曽房修に殺されたのだと思った。

そうなると助けられたし、麻内周には助かる可能性があったのに通報しなかった自分の責任になる。


だが関わりたくなかった。

曽房修は去年言い寄ってきてしつこかった天童真里男の撃退を頼んでおいて、お礼の一つもなく袖にした。

そのことがバレるのは避けたかった。


土日は生きた心地がしなかった。あの通りを歩くと何か起きるのではないかと思って道も変えた。


そして日曜の夜には、月曜日にシレッと麻内周が現れて、恨み言の一つも言ってくるかも知れないと別の考えに襲われたが、すぐに麻内周なら日々堂々と殴っていた藤尾と高丸をけしかければいいと開き直ったのに、肩透かしのように麻内周は無断欠席をした。


こうなれば後は身元不明の行方不明になってくれて、罪悪感や罪から逃げる為に曽房修がこの町を離れてくれれば万々歳だった。


そんな事を思っていたのに、昼休みの終わり頃におかしな一行が校門を抜けて校舎に乗り込んできた。


不思議な連中なのは一目でわかる。

スーツ姿の男、警察官、ガタイのいい土方風の男、そして麻内周。その後ろには見覚えのない中年女と曽房修だった。

高嶺麗華は一瞬で嫌な汗が吹き出した。


何があった?

何が起きた?

何が起きる?


高嶺麗華がパニックになりかける中、学校は小さな変化を見逃さない。突然の来訪者に沸き立つと、すぐに学年主任が副担任を連れて教室に飛び込んできて、5時間目の教科担任をする担任を連れて行ってしまい自習になる。

窓際最後尾の席に座る高嶺麗華の耳にうっすらと聞こえてくる隣の教室からの声がいやに耳に刺さる。


「あれ、麻内の母ちゃんだったな」

「麻内の奴が居たな」

「先週から学校来てなかったよな」

「どこ行ってたんだ?」

「警察と来たな」

「事件かな?」


吐きそうだった。

帰りたくなった。

そうしていると聞こえてくるのは「なんだ?天童?お前も呼ばれたの?何やったんだよ!?」という声。


役者が揃ってしまった事で高嶺麗華は震えていた。歯がガチガチと鳴ってしまう。

だがまだ自分ならなんとか切り抜けられる。教師達の覚えもいい。最悪泣き落としでもなんでもしようと思っていると、教室の中で「あ、また人が来た。誰だアレ?」「なんかすげー走ってる」と聞こえてきて、無意識に窓の外を見てしまうと気絶したくなった。


遠くてもわかる。

それは自身の母、高嶺華子だった。

それから数分もしないうちに副校長が教室にやってきて、「高嶺、こっちにきなさい」と声をかけてきた。


通されたのは生徒指導室ではなく会議室だった。

担任、校長、副校長、学年主任に手の空いている教師達、それに麻内周とその母、スーツの男と警察官、曽房修、曽房修と居た大工姿の男、後は天童真里男てんどうまりおと実母だった。



会議室に入った自分を見て「やあ。高嶺さん。酷いよ。俺はずっと待ってたんだよ」と麻内周が臆する事なく口を開き、周りの目が自分に向かう。

母はどこまで知ってしまったのだろう。

真っ青な顔で自分を見てきていた。


見た感じ母は何も知らない様子だった。

担任と、曽房修といる男と、スーツの男が会話を運ぶ形で、木曜日に何があったかを聞いていく。


「麻内、木曜日に何があったんだ?」

「塾の帰りに商店街の端と住宅街の間で高嶺さんと…」


言い淀むとガタイのいい男が「まだ混乱してるのかい?コイツは曽房修、君の先輩だよ」と説明すると、麻内周は「高嶺さんと曽房先輩が話してました。でも高嶺さんが困ってる感じだから、見かねて割り込みました」と続けた。


「麗華、それは本当なの?あなた木曜日から今日までそんな事言わなかったじゃない」と母親が割り込むと、麻内周が「えぇ?高嶺さんは警察を呼んでくれるって言ってたから先輩と待ってたのに」と反応を示し、曽房修は「お前、待ってたって言うより、死にたいから殺してくれってそればかりだったぞ?」と話す。


周りの大人達が困惑する中、「まあこうなると仕方ないな。多分私が1番事情を知っている大人なので話をさせてもらって、合間合間にウチの修と麻内くんとそちらの高嶺さんに正しいか聞きましょう」とガタイのいい男、世良が口を挟む。


皆が頷くと「では、改めまして…はじめまして。曽房修の雇用主で木曜日に倒れた麻内君を保護しました、世良治せらおさむと申します」と世良が自己紹介をすると話し始める。

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