秋の夜に死を授かる。
さんまぐ
第1話 秋の夜に死を授かる。
ぼやけた命の価値。
少年は生きる事に飽き飽きして辟易としていた。
理由は沢山ある。
大きく括れば普通を望み、普通にはなれないと知っているから。
だからこそ何にも身が入らない。
好きなのは読書くらい。
読書はいい。
没入できるし周りも文句を言ってこない。
後ろ向きな日々、生きる事を手放したいがそうはならない。
普通なら自分にある命の権利すら放棄する事も自分にはない。
言われるまま、飼い殺されるままに生きるしかない。
もう来年は高校受験。
高校を選ぶことすら放棄したい。
放棄できず、決めることもできず。
真綿で首が絞まる日々に吐きそうで、まだ暑さの名残を感じる秋の夜長の先に控える、冬の訪れが嫌でも心を暗くする。
生きたくもない人生。
行きたくもない塾。
その帰り道に面白いものを見つけた。
所謂チンピラと分類される男が、必死に女を捕まえようとして仲間達と周りを囲んでいた。
面白いと思ったのは登場人物で、女を捕まえようとするチンピラ男は、去年中学を卒業して高校に行かずに近所の塗装業に就職したらしい札付きの不良で、周りにいる年上に見える仲間達は知りもしない。
そして捕まりそうな女は、同じクラスの
高嶺麗華は必死に「家に帰るからどいて」と言い、チンピラ男はそれを邪魔して「いい加減に話をしようぜ」と誘っている。
周りの仲間達は何が目的でチンピラ男に付き合っているのかわからないが、円陣を組んで高嶺麗華を見ている。
世の中案外薄情なもので、商店街の端、住宅街の入り口となると助けも呼ばない。
まあ正確には助けたくても助けられない。
下手に通報をして恨みを買っても、住宅街の入り口にある「佐藤」か「田中」の表札の家が怪しまれるし恨みを買う。これが住宅街の奥なら沢山の家があるから犯人探しは難航するから通報しやすい。住宅街の入り口に近いマンションの連中なんて、数で挑むのではなく住居数で薄めたように薄情だった。
そして通り過ぎていく連中は、家に帰っても角を曲がっても、「きっともう女の子は逃げたし助かった」と自分に言い聞かせて助けない事を肯定する。
これらを見た瞬間、夜9時を少し回った所で、少年にはある考えが出てきて面白くなってきてしまう。
これは絶好の命を無駄にするチャンスだと思った少年は、輪の中に「ごめんなさい」と割り込むと「高嶺さん」と声をかける。
チンピラ男は少年を睨みつけて「んだテメェ!?殺すぞ!」と怒鳴りつけると、少年は微笑んで頷いてから「うん。お願い」と言い、高嶺麗華に「高嶺さんだよね?」ともう一度声をかけると高嶺麗華は「あ…、麻内君?うん」と返事をした。
「もう遅いから帰りなよ」と声をかけると、高嶺麗華は助かったとばかりに立ち去ろうとする。
それを邪魔しようとするチンピラ男と高嶺麗華の間に立った麻内周を見て、チンピラ男は「お前、死にたいみたいだな。これから殺してやるよ」と威圧しながら高嶺麗華を逃さないと睨みつける。
周りの連中は何事かと事態を伺い動かない中、高嶺麗華は我先に輪の中から飛び出すと、「ありがとう。警察呼ぶから」と言って立ち去って行った。
怒りに震えるチンピラ男は「お前、一体なんなんだ?」と言って麻内周の胸ぐらを掴むと、麻内周は悪びれる事も怯える素振りも震える事もなく「うん。とりあえず少しだけ場所を変えたら話させてよ。殺すのはいつでも出来るよね。後…殺す時は確実に殺してね」と言って微笑むと、少し離れた公園にチンピラ男と仲間達を連れて行った。
逃げる気配もない麻内周に気持ち悪さを覚えるチンピラ男達を見て、麻内周は「えっとさ、殺すのは今からなら…0時過ぎがいいかな、後は確実に殺してもらう事くらいかな。それまではあの辺りを見ていたいんだ」と言って、先程まで自分たちが居た場所を指さす。
「お前、何言ってんだ?」
「まあまあ、先輩。俺は人間を見てみたいんだ」
「先輩?お前も第三中か?」
「うん。だからさっきの高嶺麗華は同じクラス。死ぬ前に面白いものが見たいんだ」
話がすれ違っていて、不思議な状態のチンピラ男は「さっきから何言ってんだ?」と聞き返すと、麻内周は「簡単ですよ。あの女は逃げ出す時に警察を呼ぶと言った。本当に呼ぶか見てみたい。で、下手に警官が来た時に俺が死んでいたら先輩達に迷惑がかかる。だから時間にして0時がいいかなっておもったんだ。高嶺麗華って見た目が良くて教師ウケもいいけど、本性ってどうなのかと思って。0時が過ぎたらちゃんと殺してくださいよ」と言ってベンチに座って時計を眺めた。
麻内周の不思議な雰囲気に、周りの連中は引き始めているが、チンピラ男だけは「お前、俺がやれないと思ってるな?」と言いながらバタフライナイフを取り出して見せる。
麻内周はバタフライナイフを見て怯えるどころか、目を輝かせて「おお、バッチリです!ありがとうございます」と喜ぶと、「出来たら苦しまないで済むようにしてくださいね!」と続けてニコニコとする。
もう話にならないと周りの男達が帰ろうとするのを麻内周は必死に止めて、「皆さんも俺を殺してください」と頼み込むと、別の男達は買い出しだと言ってコンビニに行って酒やつまみを買ってきた。
中には数名帰ってしまった男も居て、麻内周はチンピラ男や他の男に「お願いしますね」と頼み込んでいた。
麻内周が高嶺麗華を助けて1時間が過ぎたが、警察の「け」の字も現れない。
麻内周はニコニコと「来ないなー」と言って喜んでいる。
もうスマホに関しては電源を切って、「先輩が切らせた事にしてくださいね」と言っている。
狂った時間にドン引きの男達は、麻内周に「お前もなんか食え」「お前もなんか飲め」と言ってくれるが「いえいえ、もう死ぬ身ですし。最後の晩餐がおつまみなのもアレですし、後は死んだ拍子に吐き出して先輩達汚したくないんで」と断って公園で楽しそうに0時を待つ。
麻内周は帰ろうとする連中を見つけては、「0時になったらすぐに殺してもらいますから帰らないでください!」と頼み込んで居させる。
暫くするとチンピラ男は「お前、なんなんだよ?」と言いながら麻内周を見て、知った顔だと気づくと「お前…、小学校から藤尾と高丸に痛めつけられてた奴だろ?」と質問をする。
「はい。ご存知でしたか。散々やられましたよ。だから殴られるのも蹴られるのも刺されるのも、もう怖くありません。中途半端が1番困るので、先輩はキチンと俺を殺してくださいね」
ここで1人の男が麻内周とチンピラ男に近付いてきて、お茶のペットボトルを渡してくると「飲め。飲みながら話してみろ。修の奴はお前に飲まれてるから殺せないが、俺ならやれる。ムショ帰りには怖いもんはない」と言うと、麻内周は「ではいただきます」と言ってお茶を飲むと、「俺は死にたいんです。もう生きていたくありません」と話し始めた。
「何があった?修の言っていた藤尾と高丸って奴が原因か?」
「いえ、彼等はいい子ぶる事も悪い子ぶる事もできないだけで、学校に居場所がなくて俺を痛めつけただけの人です。よほど暇なのか小学校4年ごろから、来る日も来る日も4年近く暴力を毎日加えてきていました。今は飽きてしまったのか三中で女の友達ができたからか何もしなくなりました」
「じゃあなんだ?今だってこんな遅くなって帰らなかったら、親御さんが心配するだろう?」
「ふふふ。どうでしょう。心配していたら通報の一つもすると思います。まあ俺のスマホには鬼電してるとは思いますが、それだけなので電源は先輩の命令という事にして切りました」
なんとも言えない雲を掴むような話ぶりに男は困惑してしまうが、根気よく聞いていくと親は所謂ネグレクト。元々はご近所さん同士の結婚なので家の周りには親戚しかいない。
親戚しかいないので親がネグレクトでもなんとかなる。
ネグレクトならネグレクトらしく完全に放置してくれればいいのに、周りには親戚達がいる。
祖父母、両親、父親のきょうだいとその結婚相手、母親のきょうだいとその結婚相手、そしてその子供達。
それらは助けになる風に見えるが助けではない。
親にやらないで済む成功体験だけを与えていくだけだった。
365日、過干渉の監視生活。
だが、藤尾と高丸のような存在が出てきた時には助けも何もない。
傷を負って帰っても、祖父母は両親である子供に一任と孫から手を引き、叔父や叔母達も普段は親がネグレクトだからと手を出し口を出すのに、危険な状況になると普段やっているからここは親の出番と見てみぬふり。
その親は調子のいい事を言ってネグレクト。
遂には記憶の捏造まで始めて、藤尾と高丸は麻内周の親友だと言い出す始末だった。
「それでお前さんは死にたいのか?」
「はい。自分への生殺与奪すらないんです。仮に偶然を装い、車道側を歩いていて車に引っかかって死のうとして失敗した場合、歩いていた場所から時間、歩き方に服装まで何でも問い詰められます。生き残ったらもうアウトです。川に飛び込むにしても目撃者が居たり、自殺の痕跡が残っていて失敗したらアウトですし、障がいが残れば生き地獄です。だから今回は良かった。クラスメイトを助けようとして殺される。なんて事をしたんだなんて言われながらも、あの人達は外面第一主義なので柏手を打って喜ぶ事でしょう」
天啓を得た信徒のような顔で、ニコニコとチンピラ男と高嶺麗華を助けた場所を見ながら説明をする麻内周。
「なんでこんな時間に出歩いていた?」
「塾です。親のネグレクトを見かねた祖父母が、叔母に命じて塾を見つけてきました。支払いは祖父母です。親は支払いません」
「高校は?」
「希望なんてありませんよ。行きたいという意味も未来という意味でも希望なんてありません」
「なんでだ?」
「今メインで口やかましく言ってくる連中と、親を合わせると12人います。その連中の全員を納得させられる進路なんて、どうやっても不可能です。1人の人間は俺に男子校を勧め、1人は共学を勧める、また別の1人は工業高校、1人は商業高校、1人は農業高校、親はとにかく無駄金は使うな、1人は私立高校と言った感じでバラバラです。そして全員が俺を通して残りの連中と戦っていて、自分の案が採用されないと全部俺が悪いとなって、終わりのない突き上げと説教と吊し上げです」
男は目を瞑って「家を出ればいい」と言ったが、麻内周は困り顔で「難しいですね。親はネグレクトなのに執着心だけは物凄くて、最後の最後になると俺を手放そうとはしません」と答えた後で、「おじさんに一つ聞いてもいいですか?」と逆に質問をした。
男が「なんだ?」と聞き返すと、「叱ったり干渉してくるご両親は?」と麻内周は聞いてきた。
男は「いるさ。勉強しろ、人を傷つけるな、エロ本ばかり読むなってな」と呆れるような懐かしむような言い方で答える。
「俺にはそれが多種多様で6倍です。あくまで単純計算ですが、俺は今度15になります。もう人の6倍…90年分は言われました。もう沢山です」
麻内周はそう言って時計を見るともう0時近かった。
チンピラ男はドン引きでその場にいて、他の男達も話している間に数は減っていた。
「なあ、最後にもう一つ聞いていいか?」
「はい。最後ですからどうぞ」
「お前さんはあの女を助ける事に意味があったのか?クラスメイトなら誰でも良さそうだったが、なんとなくあの女にも意味があったのかと思てな」
男の言葉にニコニコと笑った麻内周は「ああ、その事でしたか。少しだけあります。さっきも少し話しましたが、彼女はいつもニコニコとして社交的で教師ウケもいいんです。でも目とか笑顔とか雰囲気と言ってもいいんですが、纏っているものが異質で白々しく感じるんです。だから試してみたかった。先輩やおじさん達に必要以上の迷惑がかかるのはダメだから、0時まで待ってもらったんですが、あの警察呼ぶからは本心なのかと、帰宅して親に言って親から面倒ごとに首を突っ込むなと言われた可能性から、そもそも親に言わない可能性まで考えました。俺はある種の賭けをしていました。彼女は警察には言わない。学校の彼女なら言いそうですが、本性は薄情な人間みたいです」と説明をすると、チンピラ男と男を見て「お手数をおかけします。よろしくお願いします」と言って目を瞑る。
「修はビビってやれないから俺がやってやる。だがもう刺す真似はしねえ。首を絞めるぞ?少し苦しいがいいな?」
「はい。それでよろしくお願いします」
男が麻内周の首元に手をやって絞める間に麻内周は一切の抵抗をしなかった。
見ている誰もがコイツは命を捨てている。生きる事を諦めていると痛感し、まだ少し暖かさか残る秋の夜は、冬の夜のように冷たく感じた。
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