第五市 テニス

「見せてやろうじゃありませんか、これがドラゴンテニスです」


 リーゼントに伊達眼鏡、口元に髭を蓄えたダンディーな優男。その正体は天帝マスタードラゴンだったのだ。

 彼の放つのは金色のオーラ。それはまるでドラゴンのような輪郭をもって感じられる。


 パァンっ


 サーブが打たれた。テニスボールはオーラを纏い、まさしくドラゴンがコート上を飛空しているように錯覚する。


「うおおぉぉぉぉっ!」

「これが天帝のテニス! ボールがドラゴンのオーラを纏っているぜ!」

「いや、ボールそのものがドラゴンと化した!」


 ギャラリーの歓声が響く。

 錯覚ではなかった。テニスボールはドラゴンに姿を変えていた。

 そして、イチロー兄さんのコートを穿つと、そのまま飛び跳ねた。


 す、すごい。あのイチロー兄さんが反応すら出来なかったのだ。

 圧倒的な実力。これが天帝マスタードラゴンだというのか。


 だが、イチロー兄さんは「ふふっ」と不敵な笑みを浮かべる。そして、眼鏡を投げ捨てた。


「私のテニスは無重力テニスだ」


 イチロー兄さんは宣言する。しかし、眼鏡を投げ捨てる意味はあるのか? せめてケースに仕舞っておけばいいのに。


 テニスラケットを構えると、イチロー兄さんは宙に浮かび始めた。言葉の通り、まるで重力がないかのようだ。

 だが、それでドラゴンサーブを防げるというのだろうか。むしろ、動きは遅くなっていないだろうか。


 パァンっ


 再び、サーブが打たれる。物凄いオーラ。ドラゴンへの変質。これをどうやって返すのだろうか。

 しかし、ボールはイチロー兄さんのコート領域に入った途端、その勢いを失う。無重力空間に入ったようにゆったりとした動きになった。

 それをイチロー兄さんもまたゆったりとした動きでボールを追いかけ、そのまま打ち返す。


 パコンっシュルシュルシュルシュルズパァァァァンっ


 ボールはゆっくりとコートの上を飛び、そして、天帝マスタードラゴンの領域に入った瞬間に高速となる。

 この緩急は見破れるものではない。天帝でさえも、このボールは見逃してしまった。


「やりますね、さすがは東京都民。これは倒し甲斐があるというものです」


 天帝もまた不敵に笑う。

 なんという好勝負。これで得点スコアは1対1。勝負はどう転がるかわからない。


「あのね、ゴロちゃん。テニスの点数ってそう数えるものじゃないのよ。今はサーブ権が移って……。

 ま、いっか。ゴロちゃんは適当に見守ってて」


 モモちゃんは俺のキョトンとした様子を見かねたようで、そう言ってくれた。

 言われずとも、適当にちゃんと見守ろうじゃないか。


 攻防は一進一退が続いた。天帝が得点すると、次はイチロー兄さんが得点し、さらに次は天帝……。勝負は終わる様子もなかった。

 だが、イチロー兄さんが疲れたタイミングを見計らったのか、勝負手を仕掛けてくる。


「今がチャンス。行きますよ、これぞドラゴンボール!」


 天帝マスタードラゴンがその優男の肌を脱ぎ捨てるように、ドラゴンたる本性を曝け出す。そして、口から灼熱の炎を吐き出し、その熱伝導によってテニスラケットを振った。


 プァアアアアアアンっ


 何重もの波動が響くように、ボールが打ち放たれる。これは強力な一撃だ。

 だが、これに対し、イチロー兄さんは独特の構えを披露する。テニスラケットを右手で掲げ、左手は水平よりやや斜め上に伸ばし、左足を屈折させていた。


「あ、あれは夜叉の構え! いえ、その逆手版、いわば逆夜叉ですよ」


 モモちゃんが驚いたような声を上げる。

 いや、なんだよ、逆夜叉って……。


「夜叉の構えは自身のMPを20%上昇させる構えとして知られていますが、逆夜叉はその逆。相手のMPを20%減らすことができるんですよ!」


 いや、知らんし。ていうか、MPって何?


「愚かですね、灼熱の炎はMPを必要としない特技。逆夜叉は通用しませんよ」


 天帝が解説する。

 よくわかんないけど、イチロー兄さんの構えは無効なんだって。


 ポコォォォォォォンっ


 しかし、そんなこととは関係なく、イチロー兄さんは打ち返した。逆夜叉は打ちやすい構えだったのだろう。

 ボールは天帝マスタードラゴンの眉間に命中し、天帝を吹き飛ばす。これは、まさかTKOテクニカルノックアウトなのか!?


「1・2・3!」


 レフェリーがカウントを取る。


 カンカンカンっ


 ゴングが鳴った。イチロー兄さんの勝利が決まったのだ。


「うおおおぉぉぉぉっ!」


 俺はその喜びを噛み締め、雄叫びを上げる。

 だが、イチロー兄さんは喜ぶ様子も見せず、俺とモモちゃんを引っ張って走り始めた。


「天空の城が崩れ落ちるぞ。急げ!」


 どうやら、天帝を打ち倒したことで、天空の城を支えていた力が砕けてしまったらしい。

 俺たちはイチロー兄さんに導かれるままに空港まで走り、小型の飛行艇を見つけると飛び乗った。


 ブンブンブンブンっ


 蟲の羽のようなものを起動させ、空中に浮くと、そのまま天空の城長野県を後にする。

 険しくも美しい長野県。それも終わりを告げるのだ。


 俺たちは名残を惜しむように振り返り、その姿を目に焼けつけていた。

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高貴なる東京都民が行く、四十七都道府県・蛮地開明の旅 ニャルさま @nyar-sama

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