第四市 軽井沢

 松本天空の城下町を抜け、俺たちは軽井沢に到達した。

 爽やかな風が吹き抜ける。涼やかで過ごしやすい高原というべき気候だ。


 洋風の家屋や店舗が立ち並んでおり、洒落た印象を受ける。この辺りは名のある東京都民の別荘や出店が多いのだろう。

 とはいえ、あの天帝マスタードラゴンがいるとは考えにくい。


「そうか? 天空城には天帝マスタードラゴンがいるものだろう」


 イチロー兄さんはなぜか自信満々だ。


 そんな時、モモちゃんに声をかけるものがあった。

 オールバックでありながらボリューミーな髪型のリーゼントスタイル、黒縁眼鏡にちょび髭。赤い蝶ネクタイにサスペンダーという優男というべき出で立ちだ。

 いや、バーテンダースタイルというべきだろうか。


「そこのお嬢さん、ソフトクリームはいかがかな?」


 優男はソフトクリーム屋だった。なーんだ。

 その言葉を受けて、モモちゃんは全国観光ガイドブックをパラパラとめくる。


「軽井沢といえばソフトクリームです。高原牧場で育てられた乳牛が優秀なのはもちろん、高原の水も絶品です。ついでに空気も最高ですよね。ソフトクリームの空気の含有量は実に40%。空気の美味しい軽井沢はソフトクリームも美味しい。間違いようのない事実でしょう」


 早口で捲くし立てると、モモちゃんの瞳が輝き出した。


「皆さん、是非ソフトクリームを食べましょう!」


 その勢いに負け、イチロー兄さんも俺も優男からソフトクリームを受け取る。


 アイスクリームなわけだから、すぐに食べなくちゃいけない。俺が手にしたのはオーソドックスな牛乳ソフトだ。

 ぺろりと一口。甘い。冷たい。歩き疲れた体にこの甘さと冷たさは実に心地いい。

 だが、それだけじゃない。実に濃厚なのだ。


「これが高原の牛から搾り取ったミルクだというのか……」


 思わず口から感想がこぼれる。

 それほどに美味しいソフトクリームなのだ。


「このモカソフトもいい味だ。コーヒーの香りが上品で優雅なひと時を演出しているな。

 実際にはソフトクリームを立ち食いしているだけだというのに、高原の高級ホテルで山々の雄大な景観を眺めているような気分になる」


 イチロー兄さんからのお墨付きも出た。

 そして、なんでも美味しいと食べるモモちゃんは――。


「あたしは蜂蜜ソフトよ。牛乳ソフトに蜂蜜がトッピングしてあるんだけど、これが本当に美味しいんだから!

 軽井沢は養蜂園も有名でしょ。軽井沢の美味しい水で育った草花から採る蜂蜜なんだもん、美味しくて当然よね。

 その蜂蜜が牛乳ソフトに乗ってるんだから! ねっとりとした舌触りはまるでトロけるよう。まろやかでありながら極上の甘さ。

 うーん、これは幸せの味としか言えないなぁ」


 モモちゃんは締まりのない顔になる。甘さによる幸せを堪能しているのだろう。

 だが、次の瞬間、ハッとするように鋭い目つきになる。


「って、誰がなんでも美味しいと食べるよっ!」


 時間差のノリツッコミだった。


「さて、美味しいソフトクリームをいただいた。そろそろ本題に入ろうじゃないか」


 ソフトクリームを食べ終えたイチロー兄さんが真顔になる。そして、ソフトクリーム屋の優男を見つめた。


「おやおや、すでに見破っておりましたか」


 優男も鋭い眼光を返す。


「一勝負と行こうか。天帝マスタードラゴン陛下」

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