冬が終わる
「そんなの、聞いてない」
ベッドがぎしりと音を立てる。
絞り出された声に、自分でも驚く。
一人で生きていこうともしていた。でも心のどこかで、キオンはそれでもそばにいてくれると信じていたから。
「今初めて、エレナに伝えたからね」
力なく微笑むキオンを責める気になれない。彼がどこか悲しげに見えていたのは、これが理由だから。
じゃあ、誰を責めればいいのだろう。
「エレナのことは、君の家族から託されていたんだ。季節についても、現在の知識しか教えないつもりだと言っていた」
どうして!?
行き場のない怒りは、家族へ向けられる。こんなことをしても、何の意味もないのに。それを落ち着かせるように、私の手が優しく包み直される。
「人の世に戻った時生きやすいようにと、言っていたよ。それでも少しぐらいは四季について話していると思っていたから、僕も驚いた」
戻る?
何の話をしているのか理解する前に、キオンの口が動いた。
「僕は全てを凍てつかせることができる。エレナの力を無くすこともできる。約束の力のせいで、半分精霊になってしまった君達一族には、辛い人生を歩ませたね」
半分、精霊?
「君を残してしまうことを、エレナの家族はとても嘆いていた。人は一人では生きていけない。だからこそ、人の世に戻るんだ、エレナ」
揺れる白銀の瞳と向き合って、私の心は決まった。
***
誰かを愛する時、幸せの在処を決めつけがちだ。
幸せは、本人にしか見つけられないのに。
「本当に、いいのかい?」
ここの冬が終わるまで、何度も確認してくれた。それなのに、まだ言い足りないようだ。
だから、今まで住みなれた地に別れを告げた私は振り返る。
「キオンが言ったんじゃない。人は一人じゃ生きていけないって」
笑いながら、キオンから貰った結晶を飲み込む。
すると、雪で覆われるように、柔らかな冷たさが身体の隅々まで行き渡った。同時に、自分の髪がキオンと同じ白銀に染まる。
だから、完全に精霊へ生まれ変わったことを理解した。
「まさか、人としての終わりを望むなんて……」
「違うよ。私はね、死んでいたようなものだった。生きている意味がわからなかったから。そんな私を生き返らせてくれたのは、キオンだよ」
初めて、私が望んだことが実現する。
「そんなあなたと、これからもずっと一緒にいたい。眠る時も、目覚める時も、隣にいたい」
死にたいほど、繋がりを求めていた。
一人はずっと寂しかった。だからそれを感じたくなくて、心を殺した。
でも今は違う。共に生きたい相手がいる。
「ありがとう、エレナ」
キオンの温もりは変わらない。この腕の中が、一番落ち着く。
「愛しているよ」
子供としか見られていないと思っていた。でも、キオンは私の魂を好いてくれていた。十六になった時、私を思わず抱き締めたのは、愛おしい気持ちがあふれたからと言っていた。
「私も、愛してる」
冬の精霊を手に入れたいと思う人間が、今もまだいる。
だから、穏やかな春の精霊だけ残されれば、そういった人達も本来の心を取り戻す。
そんな希望のためだけに、精霊は眠る。
そんな希望のためだけに、私の家族は命を賭けた。
「行こうか」
頷き、振り返ることなくキオンの手を取る。
私達が起きている時間はあと僅か。
その間に、たくさんのものを目に焼き付けよう。
いつか目覚めた時、違いがわかるように。
たとえどんな世界であっても、キオンと共になら、生きていけるから。
此方彼方と、共に。 ソラノ ヒナ @soranohina
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