幸福の木と小さなメモ

kou

幸福の木と小さなメモ

「ただいま」

 と口にしながら少年は、自宅の玄関を潜った。

 暖かな土の匂いが香るような、素朴で優しそうな少年だ。

 名前を、佐京さきょう光希こうきと言った。

 光希は、家の中がひんやりとしていることに気がついた。

(まだ帰ってないんだ)

 そう思いながら、二階の自室へと足を運ぶ。

 鞄を置き、部屋着に着替えると、光希はそのままベッドにダイブした。

 柔らかい布団が、優しく光希を包む。

 塾には通っていないが、成績は良い方なのは、日々の復習による賜物だった。

「宿題を済ませておこう」

 自分にそう言い聞かせると、光希は机に向かい、今日の授業内容を思い出しながら、教科書を開いた。

 勉強は嫌いではない。むしろ好きな方だ。

 新しい知識が増えることは、とても楽しいし、何より自分の成長を感じることができるからだ。

 それに、学校の友達や先生と話す時間も好きだった。

 光希の部屋は出窓に置かれた小さな鉢植えがあった。

 観葉植物のガジュマルだ。

 祖父母が沖縄旅行で買ってきた、お土産だった。

 宿題をしている最中、光希は壁と机の隙間から小さな紙切れが出ているのを見つけた。プリントが挟まっているのかと思い、その紙切れを手にすると小さなメモ紙だった。

 いぶかしながらメモを読む。

 悪筆な文字だが、読み取ることができた。


 たばこ だめ


 と書かれていた。

「たばこ? 煙草のことか」

 光希は察したが、彼は煙草を吸わないし家族も吸う者は居ない。部屋には鍵をかけていないので誰でも入ることはできたが、メモの文字は家族の誰でもなかった。

 ふと、光希はどうしても止まらない咳に、試供品の煙草風の咳止め薬を使ったことを思い出した。一般用医薬品として承認されている医薬品であり、映画やドラマ等でも使用されるものだ。 

 一体誰が書いたのだろうか。

 疑問に思いながら、光希はメモを引き出しに入れた。

 

 ◆

 

 数日後、学校から帰宅するなり、母が声をかけてきた。

 母は、買い物袋を抱えており、これから近所のスーパーへ買い出しに行く様子だった。

「光希。買い物に行くんだけど……。手が空いてる?」

 母は、どことなく遠慮がちに訊く。

「ごめん。これから友達の所に出かけるんだ」

 光希は申し訳なさそうに言った。

 そう言うと、母の表情が曇った。

「分かった。母さん一人で行くから……」

 母は残念そうに言う。

 光希は二階にある、自分の部屋に行くと鍵を開けて入る。

 あの日以来、光希は出かける時に鍵をかけるようになった。留守の間に部屋に入ったことを家族に確認するが、誰も入っておらず、そのことが気味悪く感じたからだ。

 机に鞄を置く。

 すると、壁と机の隙間に、またメモが挟まれていることに気づいた。

 ゾクリとするものが背筋を走る。

 鍵は確実にかかっていた。

 ミステリーで言うところの、密室だったのだ。それにも関わらず、またメモが挟み込まれていた。

 今度は何だろうと思いながら、怖々とメモを手に取る。


 はは だいじ たいせつ


 そう書かれていた。

 母を大切に。

 ということだ。

 ……誰かが書いているのは間違いない。

 しかし、それ以上に光希は母が気になると友人に連絡を入れて行けなくなった旨を伝える。

 光希は急いで玄関に行くと、今まさに母が家から出るところだった。

「母さん。僕も行くよ!」

 光希の言葉に母は表情を明るくして、嬉しそうに微笑んだ。

 母の運転する車に光希は乗り、スーパーへと向かう。

「光希、ありがとう。実は今日、つまずいた拍子に左手首を痛めちゃって、重いものを持つと痛むの」

 母の言葉に、光希は母の左袖口に包帯が巻かれているのに気づく。光希は、なぜ母が買い物に誘ったのか理由を知った。

 それと共に、メモを思い出す。

 あのメモを書いた人物は、母の状態を知っていた。

 光希は疑問に思いながら、メモのことは話せなかった。悪意はないが、家族が不安に駆られると考えたからだ。

 買い物を終えて帰宅した光希は、夕食の手伝いをして部屋に戻る。

 宿題をしながら、今日の出来事について考えてみる。

 まず、誰か分からない人物からのメッセージだ。

 でも、誰が……。

 光希が考え込んでいると、目尻に何か動くものを感じた。

 反射的に視線を向ける。

 赤髪の小指程の小人が、出窓で走っている姿があった。小人はガジュマルの鉢の陰に隠れるように回り込む。

 光希は小人と目が合い驚くが、小人は目を細めて笑うと影が消える様に姿を消すのであった。


【キジムナー】

 沖縄県に昔から伝わる伝説の精霊、妖怪。

 ガジュマルは、幸福の木と呼ばれるが、その理由はキジムナーにある。

 キジムナーはガジュマルに住むと言われ、心の清らかな人、自然や人、生き物に優しい人に姿が見え、声が聞こえ願いを叶えてくれるという。


 光希は椅子から立つと、窓際のガジュマルに手を伸ばす。木肌にそっと触れると、何かを感じるような気がするのだった。

「ありがとう」

 小さく呟いくと同時に、ガジュマルの葉が揺れる音が聞こえた気がした。

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