脳みそチャレンジの賞品

大隅 スミヲ

脳みそチャレンジの賞品

 その日は、したたか酔っていた。

 長い付き合いの同僚の送別会であり、いつもよりも少し飲みすぎていた。

 終電を逃したわたしは、何軒かの居酒屋をはしごし時間を潰し、始発電車が動くのを待っていた。


 知らない街ではなかった。だから、気の緩みもあったかもしれない。

 フラフラと千鳥足になりながら、わたしは次の店を探すために路地裏を歩いていた。


 街灯の明かりも届かないような薄暗い路地裏だった。

 そんな路地裏であっても、小さな看板を出している店はいくつかある。

 以前、うまいおでん屋がこの辺にあったはずだ。

 記憶を頼りに歩いていると、ぼんやりとした明かりを灯す一軒の店を見つけた。

 目的の店ではなかったが、わたしはその明かりに吸い込まれるように、その店の扉を開けていた。


「いらっしゃいませ」


 扉を開けると出迎えたのは、割烹着を着た老婆だった。総白髪であり、皺だらけ。わたしを招き入れた手には無数の染みがあった。


 老婆に促されるままにカウンターの席に座り、メニューを見る。

 酒はビールから日本酒まで各種が揃っており、つまみとして和食、中華、洋食などなど様々なものがあった。

 メニューを見たわたしは、冷酒と一品料理を注文する。

 客はわたし以外に、誰もいなかった。


「お客さん、頭良さそうね」


 老婆は冷酒をカウンターテーブルの上に置きながら、ニコニコと笑みを浮かべてわたしに言う。


「わかりますか。実はT大学卒業なんですよ」

「ほうほう。あのT大学卒業でしたか。これはこれは」


 両手を合わせた老婆は、わたしを拝むようなポーズを取る。

 おだてられると、調子に乗りやすい。

 これは小学生の頃に通信簿の担任からのコメント欄に書かれていた言葉だった。

 まさにわたしはその通りの性格だった。どうしても、おだてに弱いのだ。


「じゃあ、チャレンジやってみますか」

「チャレンジ?」

「ええ。当たれば豪華賞品がもらえるチャレンジです」

「そんなものがあるんですか」

「ええ、ありますよ」


 老婆はニコニコとしわくちゃの顔で笑みを作る。


「やりますか?」

「ええ、やらせてもらえるなら」

「そうですか、そうですか」


 うんうんと頷きながら老婆はカウンターの奥にある調理場にいる、もう一人の老人に声を掛けた。


「お爺さん、チャレンジやるそうですよ」

「おうよ」


 調理場にいた老人はガラガラ声で返事をすると、なにやら支度をしはじめた。

 しばらくして、出てきたのは3つのお椀に入った味噌汁だった。


「味噌汁?」

「ええ、そうですよ。これがチャレンジです」

「利き酒みたいなものですか?」

「ええ。どなたの味噌なのかの当てていただきます」


 どうやら、このチャレンジというのは誰が作った味噌なのかを当てるというものらしい。しかし、味噌の生産者などはわからない。

 わたしが困惑の表情を浮かべていると老婆が三枚の写真をテーブルの上に置いた。

 その写真の人物たちは、どれも見覚えのある人たちであった。


「え?」

「さあ、チャレンジしてください」

「え?」

「ほら、早く」


 老婆はわたしの肩に手を置いた。

 軽く触れられただけ。そう思っていたが、次の瞬間、恐ろしいほどの激痛に襲われた。老婆がわたしの肩をぐっと握っている。その力は老婆のその華奢な腕からは想像できないほどの力だった。


「ほら、はやく」


 わたしは老婆にうながされ、味噌汁を飲んだ。

 味噌汁は濃厚で旨味がものすごく出ており、ひと口飲んだら止まらなくなるようなものだった。

 気づいたらわたしは三杯とも味噌汁を飲み終えていた。


「さあ、チャレンジの答えは?」


 調理場にいたはずの老人がすぐ後ろに立っていた。手には大きな出刃包丁を持っている。

 答えなどわかるわけがなかった。

 見せられた三枚の写真。それは、どれもT大学を卒業した人たちであった。


 ひとりはノーベル物理学賞の受賞者。

 ひとりはテレビなどに引っ張りだこで見ない日はない評論家。

 ひとりは影の総理大臣とまで噂される政界のフィクサーだった。


 どの人間もすでに他界している。たしか、三人とも不慮の事故で……。


「さあ、答えは?」


 ふたりが声をそろえて言う。

 わたしは適当に写真を味噌汁の椀の前に置いた。


「これでいいのかね?」


 老人がわたしの耳元でささやく。

 わたしはただ無言で頷くだけだった。


 ここでわたしの記憶は途切れている。


 気がついた時は、自宅の玄関に倒れていた。

 財布の中身を確認したが、少し入っている金額は減っているものの、カードや免許証などは問題なく入っていた。

 そして、いつも持ち歩いているビジネスバッグも無事だった。

 ビジネスバッグを持ち上げてみると、なんだかいつもよりも重い気がした。

 中を開けてみると、ビニール袋に入った茶色い物体があった。


 そのビニール袋には『脳みそチャレンジの賞品』とマジックペンで書かれていた。

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脳みそチャレンジの賞品 大隅 スミヲ @smee

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