八と十二

「あるのが?」

「何があると思う?」


 まさかのここでクエスチョン。しかも地理や観光の問題が出るとは。


「待ってくださいよ。こっから行ったら、兵庫の北の方とかに抜けていくんですよね?」

「そうなるかな。でも基本、京都北部かも」

「えーと、んー」


 京都北部、兵庫北部。詳しくないし調べたこともないが、何かオレの記憶に合致するものは。


「分かりません」


 投了。こんなの即投げに限る。


「そっか。じゃあ実際に見てみよう」


 先輩の方もあっさり。拡大した地図をぐいぐい乾へ進めていくが。


 そのまま日本海へ飛び出してしまった。


「あれ? 終わり? なんかありました?」

「なかったね」

「え?」


 意味が分からないオレに、先輩は愉快そうに告げる。


「正解は『何もない』です」

「はぁ!?」


 ズルじゃないかそんなの! まぁ怒るほどマジメに取り組んでなかったが。


「本当は『元伊勢』と称されるこの神社が伊勢神宮の対角にあるんだけどね。それって『呪』的には深いけれど」

「他のに比べたら、オレみたいな一般人にはピンと来ないです」

「でしょう?」


 先輩は微笑んでコーヒーを飲み干すが、


「ダメじゃないですか! 空いてる四つの方角を抑えるって話だったのに、足りてないじゃないですか!」


 ガバガバである。彼女の話は毎度意味不明だが、最低限話にはなっているのが常なのに。

 当の本人はというと、


「落ち着きなよ、これでいいんだよ」


 余裕な感じ。


「どこがですか」

「これらの『呪』的防御はなんのためだったかな?」

「そりゃもう守護を置いて鬼門みたいに封じて。鬼やらなんやら入ってこないようにするためでしょ」

「そのとおり。でもね」


 彼女は人差し指を立てる。これからが本番とでも言うように。


「考えてごらん。鬼は外からやってくるばかりかな?」

「はい?」


 立てられた人差し指が地図を御所へ戻す。


「結界の内側にも土地があり、人が住んでいる。内裏があっておかみ公達きんだちが住んでいる」

「そうですね。だから守ってるんでしょ」

「でも、その人たちも結局は死ぬよね。穏やかな死であればいいけど、毎回そうもいかない。殺されたり、権力闘争に敗れて悶死したり。恨みや未練、昇華されない思いや魂魄が当然そこにはある」

「あ、じゃあつまり」

「そう」


 先輩の指がタン! と画面の御所を叩く。


「結界の内側、都の中にも鬼が生まれることはある。そしたらどこかに一方向、が空いてないといけないんだ」

「でないと都が鬼だらけになってしまう、と」

「しかも追い出すことすらできない。大問題でしょ? だから鬼門でも裏鬼門でもない乾はこれでいいの。むしろ西は太陽が沈む、死者が向かうべき方向とされているから。なのに」


 先輩の目がまっすぐオレを見つめる。クライマックスだ、集中しろ、と言っている。


「それを塞いだヤツがいる」

「まさかそれが」

「そう」


 先輩の指が、地図をより拡大して乾へスライドさせる。そこにあったのは



「金閣寺……」



「正式名称鹿苑寺ろくおんじ。建立したのは?」

「足利義満……」

「そのとおり」


 先輩は大きく頷く。たしかに奇妙な一致。言いたいことは分かる。が、


「つまり先輩は義満が鬼の出口に蓋をしたから、室町幕府は滅んだって言いたいんですね?」

「うん」

「でもそれはちょっと、偶然ってかじゃないですか?」

「そうかな?」

「そうですよ。その直後に滅んだならともかく、そのあとも幕府は続くじゃないですか。なんだっていつかは滅ぶんですから、金閣寺が原因とは」

「そっかぁ」


 我ながらガチ突っ込みなのだが、先輩は動じない。これくらいは予想していたというか、奥の手(?)があるというか。


「時に君は、室町幕府滅亡の引き金になった出来事はなんだと思う?」


 なんだ? 急にスタンダードな日本史の授業か? そんなの大体の人が知っている。


応仁おうにんの乱でしょう? あれで幕府は金も力も権威も失って、完全にダメになったんですよ」

「そのとおり。その応仁の乱は1467年に勃発、1477年まで続いた」

「キリいいですね」

「そう。しかももっとキリがいいことに、鹿苑寺創建は1397年。ちょうど70年後に始まって、80年後まで続いているんだよね。これをどう見る?」


 先輩がずいっと瞳を覗き込んでくる。人種を感じるエメラルドの虹彩。キレイすぎて反射的に少し逸らしてしまう。


「どうって、70、80開いたら無関係でしょ」

「どうかな?」

「どうもないでしょ」


 呆れるオレを前に、先輩はスマホで別の何かを検索する。

 差し出された画面に映っているのは、さっきから話題にしている、方角を干支で表した図。


「これで見ると、方角を八つに分けた場合。時計回りで子、艮、卯、巽、午、坤、酉、乾。応仁の乱は70年後から80年後」

「あっ」

「分かった?」


 先輩はここ一番のニヤリ。


「そう。数を当てはめて考えると、『七から八』は『酉から』に差し掛かる時間なんだ。この乾を意識させる、嫌な数字の一致」

「な、なるほど」

「応仁の乱が起きたのは義政よしまさの代だね。室町幕府『八』代将軍」

「ここでも8だ……!」

「何代といえば室町幕府滅亡時の将軍は義昭よしあき。十五代将軍だね。三代義満から数えて十二。子、丑、寅……干支の一巡り。ここまで露骨に言われちゃあねぇ」

「むむむ」

「ちなみに四天王寺も応仁の乱で放火されてる」

「またも仲良し!」


 たしかにここまで並べられると、因果関係は別として数字は合っている。

 だが一つ、疑問も残る。


「でもですよ? 金閣寺にそんな力ありますか?」

「というのは?」

「他の方角は延暦寺や伊勢神宮。宗教的に金閣寺が同レベルとは思えないというか。それならまだ籠神社の方が強いのでは?」

「あー、それはごもっともだね」

「でしょう?」


 しかしここで、先輩の指がオレの顔を指す。


「でも、君はさっきから鹿苑寺のことをなんて呼んでる?」

「えっ? 金閣寺?」

「そう、金閣寺」


 先輩はスマホをしまいながら呟く。


「ところで君は『五行ごぎょう思想』を知ってるかな? 陰陽道において欠かせない要素なんだけど」

「あー、なんかゲームとかで聞いたことあります。『タイプが五行思想で分けられてる』って」

「そうそれ。君も見たことあると思う。『木火土金水もくかどごんすい』。万物をつかさどる元素であり、それぞれに相性がある」

「『金』……」


 それだ! と言わんばかりに先輩の指が鼻先まで突き付けられる。


「この五行思想において『金』は『金生水きんしょうすい』、水を産むとされる。表面に水滴が結露するからね。『水』は五行において『冬』の象徴であり子宮のイメージ。命の泉であり、終焉と新たな誕生のイメージ」

「『終わり』を産んでいる……」

「さらに『金剋木きんこくもく』。金属製の斧は木を切り倒してしまう。すくすくと伸びゆく『成長』『繁栄』の象徴たる『木』を」


 幕府からすればたまったもんじゃない話を、先輩は実に愉快そう。


「極め付けは『金』そのものが五獣に白虎をいただいている。白虎は陰陽道にとってマストの六壬神課りくじんしんかで語られる、十二天将の一つでもある。これがまた『勇猛』『刃』『争い』『やまい』『事故』エトセトラを司どる凶将でね」

「えぇ……」

「『金』そのものは欠かせない大切なものだけど、『呪』的にはド地雷踏んでるのさ」


 先輩もここで一息。のタイミングで腕時計を見やり、


「おっ。もうこんな時間。私講義あるから行くね」


 流れるように椅子から立ち上がる。


「ま、待ってください!」

「うん?」


 話はよく分かったが、それだと大変なことになってしまう。その気掛かりだけは答えをいただきたい。


「今も金閣寺ってあるじゃないですか! それじゃ京都は激ヤバな土地ってことですか?」


 あまりに不安そうな顔だったのだろうか。先輩はクスッと笑って手首を縦に。



「大丈夫大丈夫。南の巨椋池がさ。今はもう埋め立てられてなくなっちゃったから。風通しいいよぉ」



 ご満悦で立ち去っていく先輩だが、オレには


『いや。四神の一角が丸ごといないって。それはそれで問題じゃないのか?』


 としか思えなかった。

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陰陽師先輩と学ぶ、『誰が滅ぼした室町幕府』 辺理可付加 @chitose1129

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