鬼門か、鬼門以外か

 陰陽師先輩はコーヒーのお代わりを頼んで一息。それからカップが下げられたスペースに軽く乗り出す。


「さて。東西南北が終わったら、残りは何かな?」

「残り、ですか」


 残りってことは同じジャンルか。となると


「北西とか南東とかですか?」

「そのとおり。時に君は『鬼門』というものを知っているかな?」

「インハイ予選とかで次の相手が強豪だと『鬼門だぞ』って」

「はん」

「すいませんマジメにします」


 知っているとも。オレだって会話が弾むよう、ライトなことは勉強しているんだ。


「北東ですよね? で、昔はそこから『鬼が来る』と信じられてたとか」

「正解だよ。よく勉強してるね。その『昔』の言い方ではうしとらとも」

「だから鬼は牛の角に虎柄のパンツなんですよね」

「そういう人もいるね」


 今度は笑ってくれた。一応陰陽道、『呪』とやらに関する(のか?)話なら許してくれるらしい。


「で、君もご存知のとおり鬼門は鬼が出るので。いわゆる『鬼門封じ』をしなければならないわけだ」

「ご家庭でやるような風水でもよく言いますよね」

「そう。では都の鬼門封じはいかなるか」


 ここでようやくGoogleマップの出番。早めに出しておく意味はあったのだろうか。もしくは使うつもりで今まで忘れていたか。

 測りかねているあいだに画面は御所、京都市から北東へ。


「たしか陰陽師代表安倍晴明の屋敷が内裏だいりの艮で、鬼門封じなんですよね。で、そこが今でも晴明神社になってる」

「詳しいね、感心感心」

「でもこのまえマップで調べたら西にあったんですよね」

「あぁ。当時の内裏は南北朝の戦役で焼け落ちてるからね。元々里内裏さとだいりと言って避難用のサブが用意されていて。そっちに完全移行してるんだよね」

「内裏の代理っすか」

「ちなみに最初は予備だけあって小さくてね。これを1401年の火災復興に乗じて、本格的なのに増築したのが足利義満なんだよ」

「えっ? でも義満が幕府滅ぼしたんですよね? これじゃむしろいいヤツでは?」


 渾身のギャグは無視されたのでなかったことにしておく。

 それより。答え合わせが始まらないから情報が錯綜している。

 一つ分かることは、南北朝は室町のまえ。だからこの話は現在の内裏基準だろうってこと。


 先輩は画面をぐいぐい滋賀県の方へ。


「悪人だから滅ぼしたとは限らないでしょ。それより、遷移したあとの鬼門封じはどうなのか。そもそも晴明が生まれるまえはどうしてたのか」


 きれいな指が県境で止まり、一箇所を拡大する。


比叡山ひえいざん延暦寺えんりゃくじ

「そう。信長が焼いたので有名な天台宗てんだいしゅう総本山。しかもすぐ隣に全国の日吉神社の総元締め、日吉大社ひよしたいしゃのオマケつき」

「ガチガチじゃないですか」

「ガチのマジだよ。でも、ここまでもわりと有名な話じゃないかな?」

「ブレンドコーヒーです」


 店員が来て、ちょうどよく一区切りか。

 しかしまぁ、先輩の言うとおりだ。里内裏はともかく、延暦寺の鬼門封じは調べればいくらでも情報が出てくる。

 第一、講義で平安時代が始まった時。他ならぬ彼女から真っ先に叩き込まれた話だ。


 当の先輩はというと、ゆったりコーヒーで唇を湿らせている。


「じゃあなんでこんな話をしたかっていうとね? 『じゃあ他はどうなんだ?』っていう話をするためなんだ」

「他、ですか?」

「そうだよ。だってまだ艮以外の四隅がガバガバじゃん」

「四神が守ってるからいいのでは……。というか、それが足利義満にも関わってくるんですか?」

「そうなるね」


 画面はいったん都に戻って、そこから右下へ。


「北東、艮が延暦寺。じゃあ次は南東の巽。ここには」


 地図で言うと三重県の方。なるほど、この方角も有名な。


くらい第一位の神社、『日本国民の総氏神うじがみ伊勢神宮いせじんぐうがある」

「お伊勢参りって言うくらいですしね」

「それだけ日本において重要な神社であり、ストレートに朝廷との結び付きも強い。御神体の八咫鏡やたのかがみは三種の神器のものと同一視される。また、かつては姫が派遣される制度もあった。で、今も皇室の参拝や一大祭祀さいしたる神嘗祭かんなめさいへの遣いを欠かさない」

「最強クラスのが抑えてるんですね。なんなら鬼門よりガチガチ?」

「まぁ都から遠いしね。これくらいパワーがいるんでしょ」

「急に適当」


 画面の地図が動く。「いちいち見せなくても分かるでしょ」と言わんばかり、御所へ戻らず時計回りに南西へ。

 着いたのは大阪の真ん中あたり。


「次に坤。ここにおわすが四天王寺してんのうじ

「四天王寺」

「何その顔」


 そんな変な顔をしていた覚えはないが。しかしまぁ、あえて言うなら。


「他に比べてなんというか、あまり知らないお寺だなぁと。どっちかっていうと難関私立中高のイメージが。いや、有名なのは知ってるんですけど」

「まぁ現代だと授業で習ったり話題に上がることも少ないからね。でも叡山焼き討ちほどじゃなくてもさ。『日本仏教のパイオニア聖徳太子が建立こんりゅうした、日本最古レベルの仏教寺院』くらいには日本史で触れると思うんだけどな」

「あー、そう聞くと、他と比べて格落ちしませんね」

「失礼な言い方するね、君」


 先輩はコーヒーを前に、啜るのでなく唇を尖らせる。


「でもなんなら、一番内裏と縁深い存在でもあるんだよ?」

「伊勢神宮より?」

「四天王寺なる名前からも分かるように、ここは四天王を祀っているお寺。四天王と言えば?」

本多ほんだ榊原さかきばら……」

「顔面井伊いい面頬めんぼお仕様にしてやろうか」

「すいません。持国天じこくてん広目天こうもくてん増長天ぞうちょうてん多聞天たもんてんですよね」


 懲りないヤツめ。目がそう訴えている。

 でもですね先輩。懲りるヤツなら陰陽トークについていけなくて、とっくにいなくなってます。美人に騙されるくらいのアホでないと。


「そのとおり。それらもまた、順番に東西南北を守護する『四神』。都の『呪』を補強する形なんだよね。そのリンク具合のせいか、天徳てんとく4年西暦960年の内裏炎上。平安京遷都以来初の全焼という大事件の年に、同じく丸焼けになってるツーカー具合」

「なんか寄り添い方がメンヘラみたい」

「バチ当たるよ。とにかく艮の向かい坤。鬼門と同じく陰陽の狭間とされまれる、『裏鬼門』を守るにふさわしい情熱」

「熱で燃えてんじゃなぁ」


 先輩の指がスマホへ。今度は先ほどと違っていったん御所へ。何か理由があるのだろうか。


「そして最後が」

「北西、乾」

「そう。そこにあるのが……」

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