みんな大好き四神相応

「義満? あのハゲがですか?」

「おっと。出家したのに結局煩悩まみれだったヤツの悪口はそこまでだ」

「先輩の方がよっぽど」


 しかし今のには、義満陰口大会より大事なポイントがある。


「というより義満? 幕府を滅亡させたのが?」

「より性格には、滅亡を招いたのが」

「いやいやいやいや、義満ってアレですよね。むしろ室町幕府最盛期を作り上げたハゲですよね?」

「ハゲから離れろ。君もハゲるかもしんないんだから」


 痛烈。思わず生え際を触る。まだキてないはず。まだ。

 今はそんなことどうでもいい。よくない。よくないけど置いといて。


「じゃあ、なんだ、『最盛期極めたから、あとは滅亡への下り坂しかない』とか? 『繁栄のために政敵を作りすぎて、後々それが響いた』とか?」

「違う違う」


 先輩は半分ほど飲んだコーヒーにスティックシュガーを一つ。


「『呪』的な話って言ったでしょ? そんな寓話的な理由じゃない」


 彼女はスマホを取り出す。ややあって示された画面はGoogleマップ。アップになっているのは、


「京都御所?」

「話を理解するために、まずは『幕府のあった都がどんなものだったか』から話そうか。もちろん『呪』的な意味で」

「はぁ」

「まず有名どころから。君は『四神ししん』について知ってるかな?」


 テーブルに両肘ついて、両手の指を組んで。そのハンモックにアゴを乗せる先輩。スマホの地図はまだ使わないらしい。


「『四神』ってアレですよね? 青龍せいりゅう白虎びゃっこ朱雀すざく玄武げんぶ。東西南北に対応した有名なヤツ」

「そう。そのとおり」


 さんざん教えて聞かされたからな。先輩は小さじを手に取る。そういえばまだシュガーを溶かしていない。


「東に青龍、西に白虎、南に朱雀、北に玄武。四方の守護獣であり、これらに守られている土地が『呪』的に最も優れているとされる。これを『四神相応ししんそうおう』といって、その判断方法が」

「なんか、対応する地理があるんでしたよね?」

「そうそうそう」


 彼女は目を閉じ、な表情を浮かべる。オレはこの表情が好きで、ついつい意味不明な話をしまう。

 細いしなやかな指がコーヒーをかき混ぜる。


「日本で有名なのは『山川道澤さんせんどうたく』。北に大きな山、東に大きな川、西に大きな道、南に大きな澤。それぞれに四神が棲むと言われている。ちなみにこの場合の澤は渓流みたいな『沢』じゃなくて、『流れのない水場』。つまり池や湖、沼のたぐいだね」

「それが都、平安京にはあったってことですか?」

「そう。北に船岡山ふなおかやま、東に鴨川かもがわ、西に山陰・山陽道、南に巨椋池おぐらいけ。ちなみにこれは日本式の話で、大陸の風水では東西南北じゃなくて前後左右。前に水、後ろに山、左右に砂があるとよいとされる」

「砂?」

「『山』が高山で『砂』はそれより低い山・丘と思ったらいいよ」

「へぇ」


 この人の話は用語が多すぎて頭こんがらがってくる。

 今思うのは、混ぜられるコーヒーが渦になって前後左右もないな、ってだけ。


「これは正面の水を受け止める水瓶を表していてね。京の都でも北は丹波たんば高地、東は如意ヶ嶽にょいがたけ大文字山だいもんじやま、西は嵐山あらしやま、南はまたも巨椋池」

「対応する地勢が違うのはともかく、船岡山がリストラされてますよ」

「だってアレ、めちゃくちゃ低いんだもん。山川道澤の方ですらケチつけられることもあるくらいには」

「なるほど」

「そもそもあそこは昔から蓮台野れんだいのっていう風葬火葬の場があるし。処刑場にされたこともあるし。言うほど神獣の棲み家として敬われてない説あるし」


 確かにそれはけがしたい放題すぎる。


「まぁ船岡山クンの是非は置いといて」


 形のいい唇がコーヒーへ。派手ではないが淡く鮮やかな口紅は、血筋を感じる白い肌によく映える。

 そのまま白い喉がコクンと、なまめかしく。こんなこと言うと安倍晴明あべのせいめいに怒られそうだが、この妖しいエロさは陰陽師っぽい。


「平安京は考えに考え抜かれて選ばれた、『呪』的要塞なわけだね。とまぁ、ここまでは有名な話。オカルトマニアじゃ誰でも知ってる。なんかの旅番組の京都回で、毎年擦られてそうな話」


 それはそうだ。オレだって四神はゲームやマンガで何度も見聞きしている。オカルトマニアじゃないから船岡山とかは知らないけど。

 とにかく『陰陽師先輩』にあらためてレクチャーされる話でもない。


「で、それが足利義満と、室町幕府滅亡とどう関わるんです?」


 先輩はカップをソーサーに下ろす。


「まぁまぁ、少し待ちたまえよ。ここまで『東西南北はすごい勢いで固められてる』ってことを話したからね。次はの話をしようじゃないか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る