Unison(1000文字版)


――どうして、目を離しちゃったんだろう……


 リビングに戻ったアイは、ほんの数分前の行動を深く後悔し膝から崩れ落ちていた。

 そして激しく動揺したらば、少し間を置き我に返る。


――連絡!とにかくすぐ……連絡しなきゃ!


 そこまで考え、そう言えばとスマートフォンの存在を思い出し慌ててポケットから取り出す。


――こんな時は、えーと……電話!?文章!?


 アイは仕事中の夫をおもんぱかりながら、ほんの一行程度に縮めたメッセージを送信した。

 しかし、しばしの逡巡しゅんじゅんすえ、送信キャンセルを選択する。



「ただいま」


 帰宅した夫は、自分の端末画面を向けながら心配そうに尋ねる。


「アイ……これ、何かあった?昼間にさ『メッセージの送信を取り消しました』ってあるけど」

「それね、なんでもない!」

 

 この時アイは一つの嘘をついた。

 大きな事件のための、小さな嘘である。


「そんなことより、こっち来て!」

「んー?」


 そして、事件が起きる。

 生後九ヶ月になる愛娘。

 小さな命が起こす、とてつもない事件。


真凜まりんが……ほら!」

「おぉぉ、がんばれ!がんばれ!」


 ベビーサークルの力を借りながら、はじめての〝つかまり立ち〟事件が発生する。


「立ち会えてよかったー」

「ね、私も見た!」


 大喜びする夫の顔を見ながら、アイは〝嘘をつき通す〟という決意を固めた。

 そして、これからも今日のように小さいながら大きく、そして幸せな〝事件〟が増える予感がしたらば胸の奥が暖かくなる。

 また、伸びしろの申し子たる愛娘によって人体の神秘を垣間かいま見ていた。


――いらなかったかなぁ、ベビーサークル。


――でも、あれのお陰でちょっと早かったのかも?効果シナジーありと思っとこ。


 アイは姉の息子、つまりおいっ子が掴まり立ちを覚えるまで十一ヶ月を要したという話を思い出す。


 本来、生後数ヶ月の乳児は四つん這い……いわゆる「ハイハイ」と呼ばれる移動方式の活動を行う過程で、体幹たいかんが次第に強くなっていく。

 その結果、なんら補助シナジー器具アイテムに頼らずとも低い机の角など、身の回りの物を駆使して立ち上がるケースも多いという。

 

 我が子への贈り物と成長の因果関係には諸説あるとは言え、それでもやはりアイは改めて嬉しい気持ちになった。


「なあ、アイ」

「んー?」

真凜まりん……俺も見れるように夜まで待っててくれたのかな?」

「ふふ、そうかもね?」


 これからも今日のように、きっと多くの事件が巻き起こる。

 その一つ一つを大切にしたいと思いつつ、アイは昼間に取り消した文面を思い出した。


『私はいま、事件の現場にきています』 完



1000文字版です。


Unison以外の読み切りや長編もぜひ、よろしくお願いいたします。

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Unison トモフジテツ🏴‍☠️ @tomofuzitetu

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