第7話 承認

「素晴らしい決闘でした、リングス様。あのエヴァリー様を赤子の手をひねるかのように打ち負かしてしまうとは、さすがです」


 聖剛騎士団副団長エヴァリーさんとの決闘が終わったあと、俺は城の内部に通されていた。

 俺を先導してくれているのは、フレンシア殿下の傍仕えこと黒服のスローネさん。

 殿下はと言えば、お花を摘みに行っている。


「改めて、お見逸れしました。エヴァリー様が誇る神速の剣技は、未だかつて見切られたことがないと評判だったのですが、ああも見切り続けられるとは」

「まぁ……アレなら辺境ダンジョンのゴブリンが振るう棍棒の方が速かったので」

「SSS《トリプルエス》ランクダンジョンで鍛えられたリングス様の感覚ですと、そう思われてしまうのですね……つくづく、常人とはかけ離れていらっしゃるようで」


 苦笑されてしまった。

 エヴァリーさんの剣技は他の人からすれば凄い、ってことなんだよな……。

 俺は辺境に毒されているらしい。

 感覚を正していく必要がありそうだ。


 ……ところで。


 エヴァリーさんを敗北させたという情報は、観覧していた聖剛騎士団員から伝わる形で、すでに城を席巻する話題になっているらしい。

 すれ違う使用人や執事、帝国政府関係者の好奇の視線がさっきから向けられっぱなしだ。賞賛寄りの眼差しばかりだが、どうにも落ち着かない。辺境にはこんなに人、居なかったしな。


「――聖剛騎士団副団長を誰とも知れない新参者が倒したとあらば、目立って当然ですね。良きことです」


 ふと、横の通路からそんな言葉が飛んできた。

 見れば、お花を摘み終わった殿下が合流を図られたところだった。


「リングス殿は大いなる名声を得るべき逸材です。近衛騎士として迎え入れたのは、それすらも踏み台にして世に憚っていただきたいという思いがあればこそです」

「いや……踏み台になんて出来ませんよ。引き受けるからにはしっかりやるつもりです」


 人生を田舎で終えたくないからこっちに出てきたのは否定しない。

 婆ちゃんと交わした「ビッグになる」という約束を守りたい。


 でもそれはそれだ。

 辺境から出る機会を与えてくださった殿下に対して、非礼で応じるわけにはいかない。近衛騎士として見出されたからには、それを全うするのが筋だろう。


「ふふ。人間性まで素晴らしいのですから、言うことなしですね」


 殿下は微笑まれ、それから歩き出した。


「では、父上のもとに帰郷の挨拶をしに参ります。その場でリングス殿を紹介致しまして、併せて近衛騎士の承認も行っていただく予定です」


   ◇


「なるほど、そなたが城内を早速賑わせているフレンシアのお気に入りか」


 謁見の間、と呼ぶべき広々とした空間に、聞き心地のいいバリトンボイスが響き渡った。

 殿下の斜め後ろにスローネさんと一緒に並び立ちながら、俺はそのバリトンボイスの主に目を向けられている。


 最奥の玉座。

 そこに腰掛けているのは、煌びやかな意匠が凝らされた衣服に身を包む、ブロンドヘアをきっちりと撫で付けた偉丈夫だった。

 見るからに、王。

 そんな気風を纏わせた、威厳ある存在が俺に小さな笑みを向けている。


 リルガラーティア帝国第38代皇帝――フィルンギルド=エバリンス。

 殿下の父上であるその人の言葉が、改めて俺に届く。


「して、名はなんと申す?」


 殿下が帰郷の言葉すら述べておられないのに、皇帝陛下の興味は俺にしか向けられていない。

 しかしそれが好ましいことであると言わんばかりに、


「リングス殿、自ら応じられてください」


 と殿下は穏やかに促してきた。

 俺は頷いて、皇帝陛下に目を向け直す。


 「リングス=アルバラートです」

「リングス……巡る運命、円環の繋がりを意味しているのだとすれば、良い名であるな」

「あいにくと、由来につきましてはさっぱりです」

「左様か。聞けば、エヴァリーを打ち倒したとのこと。率直に言って、賞賛に値する」


 皇帝陛下はニヒルに笑ってみせた。


「アレの実力は本物だ。最上級ではないが、間違いなく一線級。それを相手取って一歩も動かぬまま降参まで持ち込んだ技量とやら、ぜひこの目で拝みたかったものだな」

「いえ、俺に技量はありません……辺境の田舎で我流を貫いてきただけなので」

「貫いた我流がエヴァリーを打ち倒したのであれば、それが技量なのだ。謙遜することはない。かといって過信せず、驕らず、邁進するがよい。――して、フレンシアよ」


 皇帝陛下は今度、殿下に視線を向け始めた。

 俺との対話は終わりだろうか……ふぅ、少し緊張した。


「無事に戻ったことをまず喜ばしく思おう。そして何より、良い男を見つけたな?」

「――そう言っていただけますか?」

「うむ。余の眼が武人の力量をオーラとして捉えられるのは知っての通りだが、その者のオーラはおびただしい。いっそおぞましいほどにな。《無間》攻略隊に今すぐ組み込みたいほどだが、さすがに時期尚早。まずはお前の傍に置いておくのがよかろうな」

「承りました。それと父上、私はリングス殿を近衛騎士にしたいと考えております」

「よいぞ」


 軽っ。

 そ、そんな軽い返事でいいのか……?


「その者ならば、お前のナイトにふさわしかろう。家柄や出自は関係ない。実力がすべてだ。あとで近衛騎士の章飾を受け取りに来るがよい」

「ありがとうございます、父上」


 あっさりだな……本当にいいんだろうか。

 俺、騙されてない?

 いたいけな田舎の少年を、みんなして弄んでいらっしゃらない……?


「――ではリングス殿、このあとは私の生活棟にご案内致しますね」


 俺の心配は杞憂に過ぎず、謁見は無事に終わった。

 廊下に出たあと、殿下がそう言ってどこかに向かわれ始める。


「殿下の生活棟というのは……?」

「このお城は幾つかの棟に分かれておりまして、私個人にあてがわれた棟があるのです。私はそちらで普段の生活を送っておりますので、今日からリングス殿にもそちらで暮らしていただこうと考えております」

「男子禁制ですので、リングス様が初めての男性生活者となりますね」


 そうか、俺は殿下の日常にまでお供を……。

 となれば、リリン婆ちゃんの民宿で鍛えられた家事炊事テクニックが、火を噴くときが来たかもしれない――……。


   ◇


「――なんとっ。リングス殿はお掃除まで得意なのですねっ!」


 生活棟に到着して早速、俺は気になった部分をお手入れ。

 婆ちゃん直伝の知恵でホコリや水回りのカビを綺麗にした。

 そして日が暮れたあとは――


「――んん~っ! お城のシェフが作った料理よりも美味しいですっ!」


 辺境由来の郷土料理を振る舞わせてもらった。

 そこまでやっていただく必要はありませんよ? と最初は止められたが、婆ちゃんのもとで家事炊事を任せられていた俺としちゃあ、そういう雑務をやらせてもらえる方が落ち着くのだ。


「殿下のお口に合われたようで良かったです」


 生活棟の食堂は、その空間だけでどこぞの民家サイズ。

 装飾も豪奢で、皇族の生活は凄いなと思う。

 食材も良いのが揃っていたし、そのおかげで美味しく出来た部分も多分にあった。


「武芸に長けている挙げ句、家事炊事まで出来るというのは、殿方として最高ですね姫様。ゆめゆめ、リングス様を手放さぬように努力致した方がよろしいかと」

「そ、それはどういう意味で言っているのですかっ、もう!」


 照れ臭そうにパタパタと手で顔を煽がれる殿下。


 これからはそんな賑々しい光景の一助になっていければ、俺としては光栄である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る