第6話 分からせ ~side:エヴァリー~

(わたくしめは、あんな田舎者には負けん!)


 王都城の広い敷地内には、常駐する聖剛騎士団のためのトレーニングルームや模擬戦用のフィールドが設けられている。


 聖剛騎士団副団長のエヴァリーは現在、その模擬戦用のフィールドを訪れていた。

 目的はもちろん、フレンシアから売られた喧嘩に応じるためである。


 リングスとかいう馬の骨との決闘。

 この勝負に勝つことが出来れば、リングスを田舎に送り返すことが出来る。

 そういう条件を設定してもらったわけだ。


(必ずや送り返してくれる……田舎のネズミは実家でチーズでも囓っていればよいのだ)


 避暑地への小旅行から帰還したフレンシアが、その隣に連れていた10代半ばほどの少年。

 そんな素性の知れないネズミに近衛騎士の座は譲れない。


(近衛騎士は誉れ高き勲章。なんの実績もない凡夫が承るなど言語道断――それを殿下にご理解いただくため、わたくしめは負けられん)


 リルガラーティア帝国軍のエリート。

 聖剛騎士団員の若き副団長たるエヴァリー。

 将来の主戦力として期待されているS+ランク等級者として、ここは力でねじ伏せねばならない。


 エヴァリーは模擬刀を手に取り、フィールドに足を踏み出す。

 ギャラリーには非番の聖剛騎士団員が集まり始めていた。

 ますます負けられない。


 向こう側の所定の位置には、リングスがすでに待機している状態だった。

 エヴァリーは模擬刀の切っ先を彼に差し向け、大仰に口を開く。


「――辺境の名もなき雑兵よっ。貴様はみじめったらしくわたくしめに敗北し、残念ながら王都の地を踏み締めて早々辺境へととんぼ返りすることとなるだろう! 覚悟するがいい!」

「なんでもいいですけど……ホントにやるんですか?」


 彼は気乗りしていない表情だった。


「なんだ貴様? 怖じ気付いておるのか?」

「いや……なんと言いますか、多分あなたを傷付けてしまいそうで……」

「驕りも甚だしいな! 貴様がわたくしめを傷付けることなどそもそも出来ぬ! 要らん心配をする前に貴様自身が降参したらどうだ! さすれば痛い目を見ることもなくなるであろう!」

「降参は好きじゃないです……なんで勝てる戦いを自ら捨てなきゃいけないんです? あなたが降参してくださいよ」

「抜かせ……っ!」


 ボソボソと話すくせにやたらと不遜な物言いをする彼に、エヴァリーは腹が立った。


「貴様のような者がなぜっ、殿下に見初められたのかは知らんがっ、降参せぬと言うなら殿下の目を覚まさせるために――貴様には地面に転がって貰うッ!!」


 エヴァリーは模擬刀を構える。

 対するリングスも、やれやれと言わんばかりに模擬刀を構えていた。

 その姿は、型もクソもない我流なのがすぐに見て取れた。

 戦いを舐め腐っているのかと思えるほどに、重心の偏りが酷い。

 ひと目見ただけで、基礎も何もかもが不出来なのが分かる。

 こんなワケの分からない男を近衛騎士に据えようとするフレンシアの気持ちがますます分からなくなった。


(まあいい……さっさと片付けて故郷に送り返してくれる!)


 そう考える一方で、自ら主審を務めてくれているフレンシアが「では始めてください」と開始の合図を出してくれた。

 それに伴って、2人の決闘は直後に火蓋が切って落とされた。


「せめてもの情けとして――一瞬で終わらせてくれる……ッ!!」


 エヴァリーは直後、自らの全身にマナを流し込んで身体能力の強化を施した。

 そして一歩踏み込む。

 次の瞬間には、彼の間合いに入り込んでいた。


「――貰ったぁ……ッ!」


 模擬刀を真横に振るう。

《帝国軍式抜刀術:其の壱》――幹薙みきなぎ

 魔力強化を施した腕力による瞬速の居合い切り。

 直径ふた桁メートルの大樹すら輪切りにすることから幹薙ぎと名付けられたその抜刀術は、人間が食らえばもちろんタダでは済まない。

 模擬戦ゆえに力を加減しているが、それでも一撃でリングスを昏倒させるには充分な威力を伴った音速に迫る斬撃。

 普通であれば、それでもう終わりのはずだった。


 ところが――


「遅いですね」


 幹薙が彼の身体に触れる直前、リングスの剣が超反応で鍔迫り合いに持ち込んできた。


(な、なんだと……っ)


 信じがたい気分だった。

 幹薙は、型すら中途半端な者に防がれるような斬撃ではない。

 力をセーブしているとはいえ、剣で防がれたとしてもその剣ごと壁際まで吹き飛ばすほどの威力を伴わせたつもりである。

 にもかかわらず――


「二の手はないんですか?」


 と、彼は涼しい顔で呟いている。

 こちらが鍔迫り合いを打ち破ろうとして模擬刀に力を込め続けても、それ以上の膂力でこちらに剣を押し込めようとしてくる。


(な、なんだこの力は……魔力強化の形跡すらないのに、どうしてこんな……!)


 リングスは一歩も動いていない。

 こちらが前傾姿勢で力を込めているのに、ヤツは直立不動。


 その姿を見て、エヴァリーは冷や汗を流した。

 なんらかの理由で素の身体能力が異常値にあると推測。


(まさか……神話時代の英雄たちの……いずれかの先祖返りか……!?)


 先祖返り――時代を越えし大いなる力の継承者。

 神話時代の血筋に連なる者には、ごく稀に発生しがちな天賦のギフトである。

 もし目の前のリングスがそれなら、フレンシアが目を付けたことにも納得が行く。


(だ、だが……!)


 負けるわけにはいかない。

 大見得を切ってまで負けては大恥である。


「――はぁッ!! てやぁぁぁあ!!」


 鍔迫り合いにあった模擬刀を自ら引いて、体勢を立て直し、改めて斬撃を放つ。

 連続で、乱れ打ちと呼ぶにふさわしい乱打。

 並みの兵士なら、悲鳴を上げて嬲られること必至。

 しかし――その斬撃のすべてを見切られ、楽々と剣で弾かれ続ける。


(くそっ……攻撃が、届かない……!)


 中途半端な型で隙だらけだというのに、攻撃した瞬間に隙が消える。

 圧倒的な反応速度でカバーしているようだ。

 技量など持たないが、その技量不足を元来の力だけで補っているような印象。

 要するに基礎能力が高いがゆえの芸当。

 真っ当な武芸者であればあるほど、なんでこんな者に打ち勝つことが出来ないのだと怒りを覚え、嫉妬さえするような、天賦の才覚を感じ取ってしまう立ち回りだった。


(くっ……認めたくない……認めたくないが……! しかし殿下が……惚れ込まれた意味が分かった気がする……っ!)


 先祖返りだとしても、ここまでの力を引き出すのは本人の資質ゆえのことだ。

 一歩も動かれないまま剣戟をあしらわれる経験など、子供の頃以来である。

 しかも彼は攻撃を防ぐばかりで、反撃してこない。

 それは恐らく、まともに剣を振るえば少なくないダメージをエヴァリーに与えてしまうという絶対的な自負があるがゆえに、手を抜いているということだ。


 つまるところ、遊ばれているに等しい状態である。


 エヴァリーは誇り高き聖剛騎士団員だからこそ、自分がそんな扱いをされていることに悔しさを覚えるのと同時に、畏敬の念を抱いてしまった。


 敵わない。


 妬ましい。


 素晴らしい。


(立ち回りさえ覚えれば、天下無双の存在となれる器……)


 色んな感情が駆け巡ってい交ぜとなってしまう中で、エヴァリーはゆっくりと居住まいを正し、気付けば模擬刀を投げ捨てていた。


「……わたくしめの負けだ」


 見苦しく足掻くのは、己の美学に反する。

 リングスを出し抜くビジョンがまったく見えないがゆえに、エヴァリーは自ら降参を口にしたのである――……。

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