第5話 都会の洗礼
「――アレが……王都……――」
緑が少なくなってきた街道の向こう。
照り付ける日差しの彼方に、巨大な城を中心に据えた都が見えてきた。
まだ距離のあるこの車窓からでも、高い建造物がたくさん見える。
辺境とはまるで別世界であることが、もう分かる。
ここに来るまでに色んな街を経由してきたが、別格だ。
視界に収まりきらない、見渡す限りの巨大都市。
蜃気楼が見せるまぼろしだと言われたら、信じてしまいそうだった。
「ふふ、凄いでしょう?」
「……凄いです」
そんな簡素極まるやり取りを経て、護送馬車がやがて通行門に差し掛かる。
他の行商や旅人が列をなしているが、この護送馬車は隣の通路を素通りしていく。
皇族家専用の入り口なんだろうか。
税関による確認などもないままに、王都内に突入した。
「おぉ……」
石畳の幅広い街路。
軒を連ねる多様な商店。
歩道にはたくさんの人々が行き交って、まさに活気というモノに満ちあふれていた。
「フレンシア様ー!」
と、護送馬車の存在に気付いた子供たちが叫んだり、傍に控える大人たちがうやうやしく頭を下げてきたり、思い思いの所作で馬車に敬意を示してくる。殿下はそんな大衆に手を振り返していた。慕い、慕われ、良い関係を築いておられるらしい。
やがて。
護送馬車は都市の中心部――幾つもの尖塔を携える巨大な城の敷地内に入り込んだ。
いよいよ目的地か……。
この威容、今まで見たどんな建物よりも身を震わせるモノがある。
改めて緊張してきた。
「長旅になりましたが無事に到着ですね。ご苦労様でした。では降りましょう」
停車したのちに、殿下に手を貸しながら馬車を降りる。
すると――
「――殿下!」
そのとき、馬車の駐留所に快活な一声が轟いた。
「ご無事に戻られて何よりでございます!」
そう言って駆け寄ってきたのは、長い金髪を後ろでまとめている若い美女。
荘厳な白い甲冑を身に着け、蒼いマントをはためかせている。
……女性騎士?
「あぁ、エヴァリーですか」
「忘却なされておらぬようで安堵致しました、殿下」
うやうやしく跪いて、殿下にこうべを垂れ始めるエヴァリーさんとやら。
はて、どういう身分なのか……。
「時に殿下、我が部下たちより選出した護衛隊がやられたとの報を伝書梟にて承っております。復路をお守り出来ませんでしたこの非礼、聖剛騎士団副団長として謝罪を申し上げさせてください。大変、失礼致しました。お望みとあらば、この首をも差し出す覚悟でございます」
……なるほど、この女性騎士は全滅した護衛隊たちの上司か。
聖剛騎士団……と言えば、王都を守護する皇族家直属のエリート部隊。
その副団長ってことは、結構な立場の人だ。
「その件につきましては、私の方にも落ち度がありますので気になさらないでください。それより、あとで皆の骨を渡しますので、ご遺族のもとにお届け願います」
「御意に。……ところで」
エヴァリーさんの目が俺に向けられてくる。
殿下を見ていたときと違って、なんだか毒気のある鋭い瞳だ。
「僭越ながら殿下、無礼にもあなたの隣に並び立っているその男は何者でございましょうか」
「この方はリングス殿と言って、私の近衛騎士となっていただくお方です」
「――ど、どういうことでございますか!?」
あれ……俺のことは報告されてなかったのか?
エヴァリーさんは驚きと共に怒りさえ孕んでいるような語気で、
「ま、待たれよ殿下! 家柄無き田舎の男をいきなり連れ帰って近衛騎士に据えるなどとは正気の沙汰とは思えませぬ!」
た、確かにそうっすよね……。
「エヴァリー、私はこれ以上なく正気ですよ?」
「で、ですがっ……今まで近衛騎士を任命してこなかったあなたが、こともあろうに余所者を近衛騎士に据えるなどと……幼き頃よりこうしてあなたを気に掛けているわたくしめではダメなのですかっ!?」
「ダメです」
「そ、そんな……」
「もう決めたことですから。のちほど父上にもご報告するつもりです」
「な、なんという……」
ガクッと肩を落とし、一歩二歩と後ろに下がったエヴァリーさんは直後、
「み、認めんっ……!」
キッと鋭い目付きで俺を睨み付けてきた。
……え。
「貴様っ、辞退を申し出よっ! 貴様のような田舎のネズミが殿下の近衛騎士とは片腹痛しっ!」
「――エヴァリー、口を慎みなさい」
「申し訳ありませんが殿下っ、こればかりは納得出来かねる所存……っ!!」
ずびしっ、と俺を指差して、エヴァリーさんは不服な表情を取りやめない。
「不敬を承知で申し上げますれば、どこの馬の骨とも知れぬ、強ささえも分からぬこの男に殿下の近衛騎士はふさわしくありませぬ! よりふさわしきはこの聖剛騎士団副団長、S+ランク等級者エヴァリー=クリフォードでありましょう!」
「なるほど……ではエヴァリー、あなたはリングス殿の強さを知れれば黙ってくださるのですね?」
「それほどの武があるとは思えませぬがね!」
「そうですか。でしたら――」
そう応じた殿下が、スッと目を向けてくる。
ま、まさか……?
「リングス殿」
「は、はい?」
「かくなる上は直接対決にて分からせてあげてください」
やっぱり……。
「はんっ、分からせて差し上げるのはこちらです殿下っ――もしわたくしめが勝ちましたら、そやつを故郷へと送り返していただくくらいの褒美を設けていただきましょうかっ!」
「ええ、いいですよ。リングス殿は負けませんので」
すげえ信頼されてる……。
こうして、なんだか突拍子もない決闘がセッティングされてしまった。
……都会、恐ろしや……。
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