第4話 都会へ

 数日後、生まれ育った辺境を発つ日がやってきた。

 フレンシア殿下からの誘いに乗って、いっちょ羽ばたいてみるって決めた。

 殿下の護送馬車に荷物を積みながら、明け方の日差しを浴びている。


 俺にとっての世界は、この辺境がすべてだった。

 でもココだけで終わったらつまらない人生だ。


 俺はもっと色々と知りたい。

 自分がどこまで通用するのか確かめてみたい。


 もう迷いはない。

 おびえもない。

 恐れもない。

 前進あるのみだが、未知の世界に飛び込む緊張感だけはあるかもしれない。


 積み荷をしっかりと固定し、出立の支度を終える。

 荷台から降りて額の汗をぬぐっていると――


「リリンお婆さま、お世話になりました」

「いえいえ、こちらこそこんな辺鄙な土地までお越し頂いて感謝しかございません。世間知らずな孫のこと、何卒よろしくお願い申し上げます」


 殿下とリリン婆ちゃんが、民宿の玄関で頭を下げ合っていた。

 それから婆ちゃんが手招きしてくる。

 なんだろう……?


「ほれ、これ持ってき」


 そう言って婆ちゃんが手渡してきたのは……おぉ、重箱に入った大量のおはぎ。

 婆ちゃんが作るおやつの中で、俺が一番好きなヤツだ。


「一番近い町まで1日掛かるんやから、今日はそれで腹を満たしなね。1人で食らい尽くすんじゃないよ? 姫さんたちの分もあるんやからね」

「わざわざ作ってくれてありがとう、婆ちゃん」

「ええんさ。それより、いずれビッグになって帰ってきな」


 俺を見送る空気にしんみりとしたモノはなかった。

 だから俺も涙は見せない。

 これが今生の別れじゃない。

 軽いハグだけをして、俺は婆ちゃんに背を向けた。


「じゃあ行ってくる」


 殿下と一緒に馬車へと乗り込んで、動き出した車窓から婆ちゃんに手を振る。

 いつまでも見送ってくれる婆ちゃんの姿にやっぱりちょっと泣きそうになりながら、それでも晴れ晴れとした気分で、俺は生まれて初めて辺境の外に向かう。


   ◇


「王都までは10日ほど掛かるでしょうか。幾つかの街を経由して、出来るだけ安全に帰投する予定です」


 スローネさんが御者を務める護送馬車。

 殿下と向かい合って乗車中の現状は身に余る環境で……。

 まだちょっと、金髪碧眼のやんごとなき輝きには緊張してしまう。


「あの、殿下……俺は王都に着いたらどういう扱いになるんでしょうか?」

「――近衛騎士」


 殿下は毅然とおっしゃられた。


「私の近衛騎士として、城に招かせていただく予定です」


 近衛騎士……って言うと、護衛隊とはまた違う、皇族1人1人につく専属の守護者だった気がする。

 確かに殿下は先日、「私の騎士になってください」と誘いを掛けてきた。

 てっきり『城に仕える兵士の1人になってくれ』という意味だと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 まさか殿下の近衛騎士として招かれていたとは……。


「……じゃあ殿下には現状、近衛騎士がおられないということですか?」

「はい。無理に任命する必要はありませんでしたから、それに見合う者が現れるまでその座を空けておりました。スローネが男性だったら、もしかすると近衛騎士を頼んでいたかもしれませんが」


 ……男じゃないとダメ、ってことなんだろうか。

 まぁその辺は、色々しきたりめいたモノがあるのかもしれない。


「俺のような存在が……近衛騎士で大丈夫なんですか?」


 家柄もなければ学もない、辺境の田舎モン。

 そんなヤツが誉れ高きエバリンス皇族家の近衛騎士を拝するというのは、いささか恐れ多い気分になってきた。


「大丈夫です、問題ありません」


 けれども殿下は、力強く肯定してくださった。


「リングス殿の強さは本物ですもの。何か文句を言ってくる輩が居たとしても、私がその戯れ言を説き伏せてみせますから」


 心強いお言葉だ。

 皇女殿下にそう言わしめる自分がどこか空恐ろしくて、ぶるりと震えてしまう。


「それと、話は変わりますけれど」

「……あ、はい」

「リングス殿には夏季休暇明けから、私と一緒に学院にも通っていただきたいと考えております」

「お、俺が学び舎にですかっ?」

「そうです。リングス殿には色々と経験していただき、その武勇に更なる磨きをかけていただきたいと思っておりますから」


 学び舎かぁ……辺境には子供が俺1人だけだったから、分校すらなかった。

 学校生活というモノには、割と憧れがある。

 もし主席とかを取れれば、婆ちゃんと約束したビッグな存在に近付けるだろうか。


   ◇


 そんな風に考えながら、護送馬車に揺られ続ける。

 色んな街を経由して、たまには夜営。

 その際に野盗から襲われることもあったが、問答無用で斬り伏せた。


 そしたら、その野盗がなんか周辺地域を牛耳る大悪党だったことが判明し、翌朝通りかかった近場の街で感謝されたり、褒章を貰ったりして、俺は気付けば箔が付くことになっていた……。


「偶然とはいえ、大悪党の始末。さすがでした、リングス殿」


 再び動き始めた護送馬車の中で、殿下は機嫌良さそうに口を開かれた。


「騎士王を継ぐ者が世に憚ると、周囲に救いをもたらすのかもしれませんね」

「……と言いますと?」

「騎士王アーサーは救世の英雄だった、と言い伝えられております。彼が通ったあとの道には笑顔が溢れていた、と。リングス殿はその性質も、ひょっとしたら継承なされているのかもしれないです」

「なるほど……だから野盗を倒すことで、周辺の大衆が救われたと」

「はい。いずれにしましても、此度の箔は良き手土産となりますね。リングス殿が近衛騎士となることに文句を言われても、説き伏せるための材料がひとつ増えた形ですから」


 こうして――退屈とは無縁の旅路は緩やかに続いて。 

 辺境を発ってからおよそ10日後……

 旅路はいよいよ、終点を迎えることになる――。

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