第3話 決意
ダンジョンから戻ったあと、教会で護衛隊の遺体を火葬することになった。
全部で5名分の遺体を焼き終わるまでは時間が掛かるそうで、俺たちは一旦リリン婆ちゃんの民宿に戻った。
フレンシア殿下とスローネさんは、護衛隊が亡くなったというのに落ち着いていた。
皇族とそれに近しい者として、いちいちその手のことで動揺してはいられないのかもしれない。
そんな殿下に夕飯を提供し、外の露天風呂に案内したりしたのち――俺は母屋で遅めの夕飯を摂り始めている。
婆ちゃんも一緒だ。
白米と焼いた川魚、煮物が今日の献立。
いつもならこの程度ぺろっと平らげてしまうが、今日はどうにも食が進まない。
護衛隊の死が、衝撃的だった。
俺が実は……騎士王アーサーの先祖返りかも、っていうのも寝耳に水で。
色々と、思考がまとまらない。
そのせいで喉がせばまっている。
「あんた、姫さんに誘われたんだって?」
ふと、婆ちゃんが口を開いた。タマネギじみた白髪頭をぽりぽりと掻きながら、婆ちゃんは言葉を続けてくる。
「ま、あのダンジョンを軽々とクリアしちまう逸材だからねぇ。姫さんが欲しがるのも無理はないってもんさ」
「婆ちゃんは……あのダンジョンが神話時代のSSSランクダンジョンだって知ってたのか?」
「そんな細かい情報は知らんさね。ずっと昔からある禁域ってことしか知らんよ。口を酸っぱくして言ってきたろ? あそこには行っちゃならんよ、危ないから、って」
「……ああ」
「それなのに、あんたは暇潰しに毎日通って普通に生きて戻ってくる。その時点で、天賦の才が宿ってるんだろう、って薄々分かってただけさ……で、どうすんだい?」
婆ちゃんが俺の目をジッと見つめてくる。
「姫さんと、王都さ行くんか?」
「それは……分からない」
俺は魚の身をほぐしながら漠然と呟く。
「都会には興味がある……けど、ここを離れるのが正解かどうか分からないんだ」
王都はきっと、こんな辺境と違って色々なモノがあるんだろう。
華々しくて、賑やかで、俺の人生に新たな刺激をくれるはずだ。
興味がないって言ったら、ウソになる。
でも俺がここを離れたら、婆ちゃんを1人にしてしまう。
「俺が居なくなったら……婆ちゃん困るだろ?」
「何言ってんだい」
呆れた、と言わんばかりに婆ちゃんは首を左右に振ってみせた。
「あたしを言い訳に使うんじゃないよ」
「婆ちゃん……」
「一番大事なのは、あんたがどうしたいか、だ。……いいかい? リングスがリングスとして生きられる人生は、たったの一度しかないんだよ? その一度きりの人生を、こんな寂れたクソ田舎のクソババアのために費やそうとすんじゃないよ」
婆ちゃんは右腕を曲げて、力こぶを見せ付けながら言葉を続けてくる。
「あんたに心配されなきゃならんほど、落ちぶれてるつもりはないってんだよ。それにあんたも知っての通り、この民宿は基本的に暇さね。あんたが居なくたって回わせるし、あたしが1人になるゆうても、近所に知り合いのジジババが何人も居るしねぇ。いざってときはそいつらを頼ればどうとでもなんのさ」
「……かもな」
「大体、若いあんたがここに残っててもしょうがないやろ? とんでもないチャンスが巡ってきたんだから、迷う必要なんかないんさ。――遠慮せず行ってきな」
皇女殿下に誘われた。
確かに改めて考えるととんでもないことだ。
未だになんかこう……俺自身が強いってことも含めて、信じがたい気分でいっぱいだ。
でも、夢でもなければまぼろしでもない。
俺は強さを見初められて、誘われたらしい。
光栄なことだ。
一生ここで刺激のない生活を送ると思っていた俺にとって、それは願ってもない機会だ。
だったら……答えは決まっている。
婆ちゃんの後押しもあればこそ、もはや迷う必要はないんだろう。
~side:フレンシア~
「姫様、皆の骨を受け取って参りました。荷馬車に積んでおります」
「ご苦労様です」
――幾ばくかあと。
黒服の従者スローネが、火葬された護衛隊の骨壺を受け取って戻ってきた。
フレンシアもスローネも涙こそ見せないが、心持ちとしては神妙である。
皇族家の命を守るために編成された護衛隊。
彼らにはいつ死んでもいい覚悟があったと思うが、避暑地で亡くなるとは思いもしなかったかもしれない。
「迂闊でした……SSSランクの高難度ダンジョンだという見立てがあるなら、彼らを安易に踏み込ませるべきではなかったですね」
「姫様のせいではございません。振り返っていただければお分かりの通り、彼らを踏み込ませたのは私です。……それに、リングス様の実力の裏付けに一役買ったのですから、彼らの死は無駄ではなかったかと」
護衛隊は、Sランク等級の実力者たちで構成されていた。
そんな彼らが勝てない
世界全体を見渡しても、クリア者は限られるであろう場所。
そんな化け物じみたダンジョンを日課攻略している化け物が、この辺境には居たわけである。
「騎士王アーサーの先祖返り……確固たる証拠はありませんが、姫様は事実とお思いですか?」
「ええ、リングス殿にはマナの流れを感じませんでしたから」
他人の魔力を見抜く
「魔法が一般常識であるこの世界において、すなわちリングス殿は欠落者です。ところが驚くべきことに、この地においてそれは彼だけに限らなかったのです。この辺境の人間は皆、私が見かけた限りマナを保有しておりません」
「それは……」
「かつてこの地で隠居後の最期の時間を過ごしたとされる騎士王アーサー……彼もまた、マナを持たぬ人間だったという伝承が残っております。マナを持たぬ代わりに、恐るべき武の持ち主であった、と」
魔法の一切を使えず、それでも武芸一貫で魍魎跋扈の神話時代に名を馳せた騎士王アーサー。
彼の伝説が残るこの土地であれば、民の血にそんな騎士王の血が今も脈々と流れ続けていても不思議ではない。
「そしてリングス殿は恐らく、先ほど本人にもお伝えしました通り、騎士王アーサーの先祖返りです。隔世遺伝よりも更に遠い、いにしえからの継承パターンのひとつであるかと」
「ゆえにあれほどの強さを、ということですか……」
「その可能性が高いでしょうね」
それこそ、彼はエクスカリバーを台座から引き抜いて保持している。
エクスカリバーに見初められた正当後継者であるのは間違いない。
「いずれにせよ、リングス殿は比類無き存在……ですから私は、彼が欲しいです」
フレンシアは、学院の夏季休暇中に自らを高めようと思い、エクスカリバーを追い求めてこの土地までやってきた。
情報が少なかったので、エクスカリバーの伝承を探すのには苦労した。
皇族家の情報網が使えなかったら、たどり着けなかったかもしれない。
しかしそんな苦労の果てに、エクスカリバーはすでに獲られていた。
護衛隊の死も含めて笑えない話だが、笑えないなりに収穫はあった。
リングスという少年。
この辺境に眠らせておくには勿体なさ過ぎる存在。
フレンシアにとって、自らを高められなかった事実はもはや些細なことだった。
護衛隊の遺体を回収する際、彼にゴブリンの排除を頼んだが、動きが別格過ぎて見惚れた。
あの天賦の力を世に知らしめたい。
フレンシアの傍でより高みを目指して欲しい。
羽ばたかせたい。
彼女は今、そうした考えに包まれていた。
「彼……返事はどうなさいますかね。姫様がお望みとあらば、薬で昏睡させた彼を拉致することも厭いませんが」
「そ、それはやめてください……あくまでリングス殿のお気持ちを尊重したいですからね」
――と。
そう呟いた直後のこと。
コンコンコン、と。
部屋のドアがノックされた。
スローネがドアを開けると、廊下に佇んでいたのは黒髪の少年。
ちょうど話題に上がっていたリングスである。
そんな彼は何か決心したような表情を浮かべていた。
そして彼から直後に伝えられた言葉は――この上ない吉報であった。
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