第2話 まだバレてない最強 2

「到着しました。ここがこの辺境唯一のダンジョンです」


 リルガラーティア帝国第3皇女、フレンシア=エバリンス殿下とその護衛隊を引き連れて、俺は森の中の遊び場ダンジョンにやってきた。


 殿下は、その入り口を眺めて「ふむ……」と顎に手を当てている。


「……ダンジョンの入り口は、神話時代に隆盛していたとされる神殿様式。壁面の紋様も、当時の流行が取り入れられたデザインですね」


 ……当時の流行りを熟知しているとは、さすがは皇女なだけあって学がお有りらしい。

 学び舎に通ったことすらない俺とは大違いだ。


「外観から察するに、このダンジョンが神話時代のSSSランクダンジョンの可能性は高そうですね」

「いや……どうですかね」


 俺はついつい否定の言葉を挟んでしまう。


「僭越ながら、俺は娯楽代わりに毎日このダンジョンを攻略しています。それこそ幼い頃からです。このダンジョンが本当に神話時代のSSSランクダンジョンであるならば、俺はすでに内部の魔物にやられて死んでいないとおかしいはずです」

「確かに……リングス殿の見解は一理ありますね。だとすれば……紋様だけ当時のモノを再現したレプリカダンジョンなのでしょうか」


 考え込んでうつむくフレンシア殿下。

 一方で、スローネと呼ばれていた黒服の女性が口を開く。


「念のため、私と護衛隊とで内部状況を確認してきます。姫様はこの場にて待機を」

「分かりました」


 ……内部調査に向かうらしいな。

 殿下がおっしゃるようにレプリカだろうに、熱心なことだ。

 俺が攻略出来るようなダンジョンに一体なんの価値があるというのか。


「では行って参ります」


 スローネさんと護衛隊が侵入していく。

 俺は殿下と一緒に待機することになった。


「先ほど、このダンジョンを娯楽代わりに毎日攻略しているとおっしゃっておりましたが」


 殿下がふと言葉を発してくる。


「最初にクリアした際、最奥で何かお宝を入手したりはしましたか?」

「あ、はい……俺が初の攻略者だったようで、お宝がありました。この錆びた鉄剣です」


 腰に提げた鞘から、相棒の剣を引き抜いて見せる。

 およそ10年前、俺が7歳のときにゲットしたモノだ。


「――っ、それは……!」


 そんな錆びた鉄剣を捉えた瞬間、殿下の目付きが変わった。


「待ってくださいっ……その刀身の紋様は、やはり神話時代の……しかもそれは――騎士王アーサーの刻印……!」


 ……え?


「す、すみませんリングス殿っ、少しその剣を触らせていただけませんか! よく見せていただきたいのです!」

「え、あ、はい……」


 と、錆びた鉄剣を殿下に渡そうとする。

 しかし――


 ブォンッ……!! と。


 鉄剣が未だかつてない波動じみた振動を生じさせた。

 虚空さえ揺るがす大気への伝播。

 俺と殿下は思わずたじろぐ。

 な、なんだ……。

 さながら、この剣が殿下に触られることを拒絶したかのような……。


「――姫様……っ!!」


 そのときだった。

 ダンジョンの入り口から、スローネさんが飛び出してきたことに気付く。

 黒服がところどころ破けて、血を流した状態で駆け寄ってきたのだ。

 な、なんだ……何がどうなってる……?


「――スローネ! その傷はっ!?」

「ご、ゴブリンですっ!!」

「ゴブリン……?」

「ご、護衛隊が全員――入り口付近で遭遇したゴブリンにやられて死亡しました!!」

「なんですって!?」


 ……は? なんであんな雑魚にやられてるんだよ……?


「ひ、姫様っ、このダンジョンは危険過ぎますっ! モブエネミーすら相当な強さを有する高難度ダンジョンですっ! 恐らく等級はSSSランクであるかと……っ!」


 は……?


「っ、やはり――……そうなのですね」


 殿下がスッと俺に目を向けてくる。

 な、なんだよ……。

 なんだっていうんだ……。

 な、なんで……護衛隊が死んでんだよ……。

 俺みたいな田舎モンが攻略出来るレベルのダンジョンだぞ……?

 殿下の護衛隊って言ったら、相当な練度のはずだろ?

 そいつらがなんで死んでるんだよ……。

 入り口のゴブリンなんてクソ雑魚だろあんなの……。


「リングス殿、心して聞いてください……」


 そんな中、殿下が、重々しい雰囲気と共に口を開かれる。


「このダンジョンは恐らく……いえ、ほぼ間違いなく、私が探し求めていた神話時代のSSSランクダンジョンであると思われます……そしてだからこそ――あなたはタダ者ではありません」


 語る表情は、どこか高揚しているようにも見受けられた。


「リングス殿は……このダンジョンを毎日攻略していらっしゃるのですよね? 正確なところはまだ思索中ですが、あなたはなんらかの理由で生まれながらに別格であるのだと思われます」

「いや、そんな馬鹿な……」

「ですがご覧の通りです。Sランクの人材で固めた私の護衛隊が帰ってきません……そんなダンジョンを悠々と毎日周回し続けているあなたは……率直に言って化け物ですよ?」

「……っ」

「それと……」


 殿下は俺の手中に目を向け直し、


「あなたが所持しているその剣は、現状を鑑みればまず間違いなく――神話時代に創られし至高の聖剣……エクスカリバーです」


 !?


「私が欲していた最強を担保する武器エンハンスウェポンは、すでにあなたの手中に収められていたということです……しかも先ほど私を拒絶しましたので、その聖剣はあなたを主として認めておられます。ひょっとしたらあなたは……その聖剣に選ばれていることといい、このSSSランクダンジョンを周回出来る強さといい――総合的に判断致しますと……」


 一拍あけて、


「この地で最期の時間を過ごしたとされる……騎士王アーサーの先祖返りかもしれませんね」


 一陣の風が逆巻く。

 殿下の言葉が、どこか遠い異国の言語のように聞こえた。

 それくらい、俺は今の状況が受け入れがたかった。


 ずっと遊び場として攻略してきたダンジョンが、実は神話時代のSSSランクダンジョンだった……?

 待て待て……。

 けど……。

 護衛隊が全滅して、スローネさんが傷付いて戻ってきた……。

 俺が雑魚扱いしていたゴブリンなんかに、やられて……。

 しかも俺は……騎士王アーサーの先祖返り?

 なんだよそりゃ……。

 一体全体……どういうことなんだよ。


「……リングス殿、折り入ってお願いがございます」


 色々と混乱している俺に対して、フレンシア殿下が居住まいを正して語りかけてくる。

 長い金髪を風になびかせ、透き通った碧眼で俺を見つめながら、


「もしご迷惑でなければ――私の騎士になってくださいませんか?」


 それは……オファーだった。


「もうエクスカリバーが手に入らないのでしたら、せめてエクスカリバーの所有者を連れて帰りたいと考えた所存です――無論、あなたの実力に見惚れたがゆえのこと」

「それは……」

「避暑のためにもう数日、こちらに滞在する予定です。もしよろしければ本気で考えてみていただけませんか? 私はもちろん、本気でお誘いをかけております。あなたはもっと広い世界を知るべき存在です……――王都で、羽ばたいてみませんか?」


 なんだか……偉いことになった。

 俺は悶々としながら、このあと護衛隊の遺体を吐き気を催しながら回収しつつ、殿下のお誘いをどうするかについて、悩み始めることになる。

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