第60話 闘いのあと 3
……我ながら爛れた夜を過ごしてしまった。
ランスロットの純潔を奪い、その後に浴場へ乱入してきたガウェイン、パーシヴァル、マーリンと立て続けに致してしまった。
部屋に戻ったあとは全員で眠り、俺はそんな夜更けにふと目を覚まし、なんとなく眠れないので庭園を散歩中である。
もう少し節度を持って過ごしたいな、とか考えつつ天を仰げば星が綺麗だった。
都会は星が見えないとか言われていたが、意外と辺境で見ていたモノと変わらない。
……そういえば、婆ちゃんは元気だろうか。
近いうちに手紙でも出したいところだ。
「――夜空を見上げ、新たな騎士王は何を思う?」
「誰だ」
いきなり木霊した背後からの声は、女のモノだった。
敵意を感じないのでゆっくり振り返ってみると、手のひらサイズの美女が浮遊していたので小首を傾げてしまう。長い青髪と水色のローブが闇夜の中で目立っていた。
「……妖精?」
「いかにも。お初にお目にかかる、今代の騎士王」
そう言って宙に浮いたまま、その妖精はうやうやしく頭を下げてきた。
「私は俗に《湖の乙女》と呼ばれている者だ」
「《湖の乙女》……? ……ひょっとして、騎士王にエクスカリバーの2本目を授けた存在か? 以前マーリンがそう言っていたが」
「その通り。そしてランスロットの育ての親にして契約精霊でもある。あの子の在るところに私も在る。事が落ち着いたので接触を図りに来たのだ」
「……なんのために?」
「お礼だよ」
《湖の乙女》は頭を上げながらにこやかに呟いた。
「育ての親として、ランスロットを正しい道に引き戻してくれたことに感謝を示さずにはいられない。あの子は長らく反抗期でね、私の言うことをなかなか聞いてくれない状態だったが、君のおかげでようやく歯止めを掛けることが出来たと言える」
「……よく分からないが、エクスカリバーを授けられるような存在なら、力でランスロットを従わせることも出来たんじゃないのか?」
「どこの世界に子供を暴力で支配する親が居る? まぁ、意外と居そうなのがなんとも残念ではありつつ、少なくとも私は違うということだ」
《湖の乙女》はそう言って肩をすくめてみせた。
「私は甘ちゃんだ。子供のやりたいことはなんでもさせてやりたいタチでね、だからあの子を止めたい気持ちはありつつも自由にやらせていた。でもそれは、あの子に無駄な時間を積ませてしまっただけなのかもしれない。そういう意味で、私は良くない親だ」
そんな風に独りごちた《湖の乙女》は、俺がこの時間も一応腰に提げているエクスカリバーに目を移しながら、
「ところで、良い状態を保っているじゃないか。大方マーリンが浄化してくれたのだろうが、そのエクスカリバーはまだまだ完全な状態ではない」
「……これでもまだ?」
「そうとも。完全ではない要因は幾つかあるが、そのうちのひとつは鞘だ」
「鞘?」
「今使っているそれは、自分で用意したモノだろう?」
「ああ……故郷で見つけたエクスカリバーに鞘はなかったから」
「それはそうだ。正式な鞘はアーサーの弱体化を望んだ悪党に盗まれ、私が住んでいた湖に沈められている。だが裏を返せば私が回収済みでもある。結局アーサーにはついぞ返す機会が訪れなかったものの、巡り巡って出会った新たな騎士王にこれは渡しておこうと思う。あの子を正しい道に戻してくれたお礼として。そもそも、私が持っていてもガラクタなのでね」
そんな言葉のあと、《湖の乙女》が自らの正面に手をかざし始めていた。
すると宙に燐光が生じて、それがみるみるうちに鞘の形を成していく。
数瞬後には美しい白銀の鞘が、その威容を世界に顕現させていた。
「《魔法の鞘》――非常に安直なネーミングでありながら、この鞘はある意味エクスカリバー本体よりも強力だ」
「……と言うと?」
鞘を受け取りながら尋ねると、《湖の乙女》はこう言った。
「《魔法の鞘》を所持している限り、その所持者はたとえ致命傷を負ったとしても、上位回復魔法を超えた脅威的な治癒力で即座に自動回復に至る」
「……本当か?」
「今、ウソを伝える意義とはなんだろうか? アーサーがかの神話時代を統一出来たのはなぜだと思う? ――答えは簡単だ。圧倒的な膂力と共に、鞘による不死性をも有していたからに他ならない。アーサー同様に魔力がないっぽい君は《規格適用外体質》――すなわち魔法やスキル効果を基本的に受け付けない体質だろうが、身に害のない効果ならば無事に反映される都合の良さがその体質の良いところだ。だから鞘の効果も無事に得られるので案ずるな。それと、鞘の特異性は不死性の付与だけじゃない。鞘の治癒力は君が触れた者にも伝播する。つまり鞘の所持者は非常に強力な衛生兵にもなれるということだ」
それは凄い……。
「……でもいいのか? そんなに凄まじいモノをもらってしまって」
「気にしなくていい。先ほど告げた通り、それはお礼。何より、エクスカリバーとセットでないと鞘の効果は発揮されないのでね」
「まぁ、そういうことなら遠慮なく貰っておく。ありがとう」
ハーレムを築きたがっている人間として、それを守るための強さや手段は幾らあっても困らない。有効活用していこうと思う。
「では新たな騎士王、今後ともあの子をよろしく頼む。ちなみに私のことは母と呼んでくれて構わない」
「あー、まぁ……気が向いたら」
「ふむ、そうか。――あぁそうそう、もうひとつちなみに、私は身体のサイズを自由に変えられるのだ」
そう呟いた直後には、手品か何かのように《湖の乙女》が普通の人間サイズに変貌していた。ローブのサイズもなぜか一緒に変化しているので、破けて裸とかにはなっていない。それでも、美人な顔に似合うだけのプロポーションであることが分かって、俺はなんだか見とれてしまう。
「ふふん、親子丼を貪りたくなったら言うがいい。食わせてやろう」
……そしてなんだか妖しい笑みと共にそう告げられてしまった。
「なんなら単品で今から食べられてやってもよいが?」
「い、いや……さすがに今夜はもう……」
「むぅ、残念だ。まあアレだけ致せば仕方が無いか。では今後ともよしなに。またいずれ」
そう言って《湖の乙女》は元のサイズに戻り、弾けるようなエフェクトと共に消えてしまった。
普段は魔法空間に潜んでいるんだろうか……。
……まぁなんにしても、無駄に実りのある夜間散歩になったのは間違いなかった。
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