最終話 面倒な親子
「ホントに良いの?」
空港で父さんを待っていた時、不意にクロエがそう聞いて来た。
「ん、何が?」
「皆とお別れの挨拶しなくても」
なんだ、そんな事か。
「別に良いでしょ、二度と会わない訳じゃないし。何かしらの理由で帰国することだってあるだろうし」
多分そのうち、生徒会や凛月と美月経由で皆も事情を知る事だろう。
「…真兄は、人に寄り添うときと淡白な時の差が激しいよね…」
「お前に淡白に接した記憶ないけど」
一々見上げないと顔が見えない程度には背の高い渚を一瞥しながら言い返すと、彼は肩を揺らして微笑んだ。
渚のニヤケ面に舌打ちをして、不意に視界に入ってきた人混みに視線を移す。
「…ん……今日なんかあったっけ?」
「さあ?」
クロエが肩を竦め、渚も首を横に振った。
「僕も知らない。真兄がここに居るから、またなんかあったんじゃないの」
「……俺はトラブルメーカーじゃないぞ。巻き込まれるだけだからな?」
呟き、スマホに視線を落とす。
「あ、トラブルと言えば、凛姉が怒ってたよ」
「…今度は何を?」
「クリスマスのライブ来なかったでしょ」
「あぁ……それか…。行ける訳無いだろそりゃ…」
クリスマスと言うと、凛月と美月に今日の日について散々問い詰められた翌日だ。
それはともかく、怒ってるのは俺に対してというより……代表にだろうな。
「…裏方やってたんだよ…。行かなかったんじゃなくて行けなかったんだ。金ヶ崎さんと事務所で二人寂しく仕事してたよ」
「代表さんだっけ。よくそんな間柄で話せるよね」
「あの人、仕事意外では軽いからな」
なんて話していると、覚えのある声がした。
いつもなら足音で近付いて来たことも察知できるが、この人混みではそうもいかない。
取り敢えず顔を上げると…。
「悪い、ちょっと遅れた」
自分と瓜二つの顔があった。それは待っていた奴の顔だから別に問題は無いのだが…。
その横に、あまり歓迎したくない顔が二つあった。
「ごめんね、僕もちょっと用事あったんだ」
「ようお前ら、見送りはついでだ」
拓真さんと、湊さんの二人が一緒に来た。なんで?
三人が来たのはさっき人混みがあった方向だ。
ほんの少し考えてそれに気付いた後、俺は再度人混みのあった方に目を向けた。
…うわぁ…全員こっち見てる〜…。
「なにこんな時まで注目浴びてんだ二ノ宮てめえ…」
「おまっ…父親相手になんだその口の利き方は…」
おっと、心の声が思いっ切り漏れた。
俺はこほん、と咳払いをしてからもう一度父さんに目を向けた。
「警察から逃げてた時と同じくらい静かに動けよ、面倒事を持ってくんな」
「続けんのかよ!?」
「あとなんで追加で目立つの二人連れてきてんだ、こっちはただでさえ金髪と銀髪連れてるんだから自重しろよ」
「あ、そっちに飛び火した…」
そう、ただでさえ俺達は目立つんだ。そこにわざわざ追加で無駄に顔の良い二人組を持ってくるんじゃない。
空港内がまるで海外スーパースターの来日みたいになってんだよ。
それでも、凛月が来る百倍はマシなんだろうな、と考えて心を落ち着かせる。
「…で、拓真さんは父さんになんの用事です?」
「二ノ宮さんに、じゃなくて君にだね」
「え、俺にですか?」
湊さんから渡されたのは真っ白の封筒。
「匿名の手紙だ。お前なら読めば誰からか分かる」
「え…匿名……?」
一体どこの誰が、何故に今どき匿名で手紙を渡そうとするのか…。しかも湊さん経由かよ。
「僕からは、中村さんから伝言ね『観光するならオススメはローテンブルク』だってさ」
「いや、は…真緒さんから…?あ、そっか…。父さんの同僚ならドイツ行ったことあるか…」
それとは別に、こっそりと拓真さんから耳打ちをされた。どうやら伝言の本命はそっちのようだ。
俺達から意識をそらすように、湊さんがクロエに声をかけた。
「クロエの出身はベルリンだったか?」
「はい。知ってる事は少ないですが…」
「いやまあ、真兄が行くのはブレーメンだけど」
「あ?そうなのか。ブレーメンの音楽隊の奴か。なんでそこに?」
拓真さんの話す伝言をしっかりと頭に入れてから、湊さんの質問に返す。
「通う高校とは別で、母さんの伝手にでっかい総合大学があるんで…。あと、博物館目的ですね」
「お前ちゃんと勉強目的で行くんだな」
「俺の事なんだと思ってんだよ…」
しっかり真面目に勉強しに行くことに間違いは無い。
ただ勉強は正直ついでに近くて、しばらく今の環境から離れないだけであることも事実だ。
どちらにせよ、色々と都合が良かったというのが正しいが。
「おい真、そろそろ時間だぞ」
「ん、そうか。じゃ、行って来い」
「はい。皆にはほどほどによろしく言っといて下さい。俺は面倒なんで連絡してません」
「帰ってきてから怒られろ」
湊さんは呆れた様にそう言って軽く手を挙げた。拓真さんはその横で楽しそうに肩を揺らす。俺も小さく手を振って返し、踵を返した。
この二人はいっつも安定してるな…。
なんて思いながら、誰に見せるわけでもなく俺も微笑んだ。
飛行機に乗り、離陸を待っている間に俺は湊さんから渡された封筒から便箋を取り出した。
すると、隣に座っていた父さんがぽつりと呟いた。
「…お前その手紙…。凛さんの字…」
「……俺は母さんの字とか全く分かんないけど」
と、口ではそう言ったものの、最初の一文に目を通す事もなく、誰からの手紙なのかなんて察していた。
書いた人の性格に似合わず、丁寧な字で、丁寧な文法で、丁寧な言葉遣いで書かれた文に視線を落とした。
けれど、大した内容では無い。
「…何が書いてあった?」
「母さんの実家の事。母さんは俺に口で伝える気は無かったから、手紙に残したって。それだけだよ。まあ、湊さんはかってにそっちも調べてたみたいだけどね。俺も大体知ってたよ」
父さんに手紙を手渡して、俺は窓の外に目を向けた。
「………真緒さん、謝られたんだってさ」
「謝“られた”だと…誰に?」
「母さん」
拓真さんが言っていた伝言の内容。それは、真緒さんが話した一つの予想だった。
同じ人を好きになった義理の妹は、好きになった人と結ばれては行けない関係だった。
母さんからすれば、そう見えていたんだろう。
真緒さんはそれ以前にも、双子の姉妹に好きな人を盗られている。
「…最初は殺すんじゃなくて、脅すだけだった。だけど、母さんが謝った事で逆上して滅多刺しにした。母さんは、多分──」
『──殺して欲しかったんだよ、あの人…』
真緒さんは拓真さんにそういったそうだ。
「……は?なんでだよ、凛さんがそんな事する理由なんて…」
「罪悪感でしょ」
「何に対してのだよ…!」
「そりゃ、真緒さんに対して──」
『───じゃなくて、十中八九…真君に対しての罪悪感…かな』
そう、言っていたらしい。俺も母さんの性格は知ってるつもりだ。
だから、真緒さんの話には納得している。
「…母さんが俺からの離れる様になったのは、俺がアンタに似てきたからだよ」
「…それは聞いたけどな…。俺にはその意味が良く分かんねえよ」
馬鹿なのかこの人。散々家のことで振り回されたんだからソレくらい察しろよ。
「好きだからでしょ、父さんの事が。自分の息子が好きな人に似てきたせいで、色々と良くない方向の感情が芽生えてきたから離れたんだよ」
結局の所、俺の母親で居られなかった事に変わりはないのだが…。
ある意味では、それは白龍先生も紗月さんですらそうだった。
なんにせよ、母さんは父さんが嫌いだから父さんに似てきた俺から離れたわけじゃない。
「……」
「まあ…。母さんも面倒臭い家系の人だからね」
ついでに言うならアンタもだけどな。
まあ、俺も今までは知らなかった。
「……案外、俺と母さんって似てるんだよ」
周囲への迷惑を考えずに行動する所とか。
迷いながらも結局、目についた困ってる人は助ける所とか。
身近な人からの評価と、そこから少し離れた人からの評価が乖離してる所とか。
…同じ人に、殺されようとする所とか、ね。
まあ、何だって良いよ。
これからの時間はある意味、母さんの事を知るためでもある…という目的が一つ追加されただけに過ぎない。
色々と納得が行ってスッキリしている俺の隣でモヤモヤした顔をする父さんに苦笑をこぼしつつ、離陸した飛行機の窓から外を眺めた。
☆あとがき
これにて、真君が面倒に振り回される物語は完結となります。
予想外に沢山の方に読んでいただけて、本当に感謝です。他の物語も読んでいただけると嬉しく思います。
真君の面倒な恋路〜双子の天使と雪月花〜 雨夜いくら @IkuraOH
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