第156話 不満顔
人を見る目が変わったのはいつからだろう。
他人に興味が無かった筈なのに、いつの間にか他者を見る時、無意識に注意深く観察をするようになっていた。
こればかりは天音さんも関係はなくて、俺自身が何処かで心変わりしたんだと認識してる。
大した変化ではないけど、人との付き合い方にも少し変化があったし、それ以上に他人への理解というのが深くなった。
とはいえ、それは小さなきっかけに過ぎなかった。
これが原因で俺は小さなトラブルの芽を結構な頻度で見かけるようになった。
それが良いことなのか悪いことなのかは、今になっても分からないが…。
なんにせよ、今の秘密主義じみた性格に育ったのはそのトラブルの芽が大量に発生して、俺の中にある何かが歪んでいったからだろう。
明らかに怒気の含まれた表情をこちらに向けるのは、銀髪を揺らす双子の天使。
その後ろでは白龍先生が若干申し訳無さそうな顔をしており、そのまた隣で夏芽姉さんが「自業自得」だと言わんばかりに呆れ顔を浮かべている。
生徒会の見送り会が終わったその翌日。
つまりは冬休み初日、ということになる本日な訳だが………。
「……朝から何で集まってんの?」
時刻はまだ午前の六時半だ。
なんでこんな時間に凛月がこっちの家に来てるのか、とか…。皆起きて揃って俺を待ってたらしいところとか、起こせばよかったのにな。
何がしたかったのか分からない。
「…ねえ真、ご飯食べながらでもいいからさ、ちょっとお話聞かせて?」
「……何でも良いけどさ」
取り敢えず凛月からの提案を受け入れ、若干眠い目を擦ってキッチンに移動する。トーストを用意してからリビングに戻り、双子からの強い視線を気にしながらパンをかじる。
「……で、二人揃って何を怒ってんの?」
「逆に聞くけどさ、心当たりはないの?」
「心当たりが多すぎてわかんないな」
「「……」」
茶化してるとかじゃなくて、マジで心当たりがあり過ぎる。そのくらい、この2人には話してないことの方が圧倒的に多いから。隠し事ではなくて、単に機会が無いだけだが。
俺が内心でひやひやしていると、美月がぽつりと呟いた。
「留学の事、なんで私達には何も話さなかったの?」
「……………」
美月の言葉に、俺は思わず咀嚼を止めて白龍先生に視線を移した。
だが、先生はすぐに首を横に振った。白龍先生から言ったわけじゃないらしい。
「ん……誰から聞いた?」
「私があっちで、二ノ宮さんとお父さんが話してるのを聞いたの」
父さんが鷹崎家を当たり前のように出入りしていることに驚きを隠せない。そして何より…。
あのバカ野郎……。
何を当たり前のように口滑らせてんだ。秘密にしろとは言ってないが、俺が周囲に教えてない時点で察しろよ。
なんて、今になって考えたところで後の祭りだ。
だから俺は先回りで、今から二人からされるだろう質問の答えを口にした。
「俺はその話で相談する必要があった人にしか話してないし、その話は中学の頃から考えてたから今の事情はほぼ関係ない。寧ろ、やっと話を進められたくらいなんだ」
「…だったら尚更…!なんで中学の頃には話してくれなかったの!」
美月は顔を近づけてそう聞いて来た。
俺は理由もなく、隣の凛月へ視線を移す。
「それは……。分かるだろ?」
「…その頃は私達とは離れた方が良いって考えだったんでしょ?それは分かるけど……。でも、私が聞きたいのは今もそうなのかってところ」
「流石にそこまで薄情じゃねえって…。一年半くらいで帰って来る予定だよ」
「……そもそも何をしに行くの?」
…そうだよ、まずそこを聞いて来いって。
俺は食器を片付けるのに、溜め息混じりに席を立った。
何をしに行くのかと聞かれて、それに答える事はとても簡単だ。二人が納得するだろう理由も十分だと思ってる。
唯一、二人が疑問を持つ事があるとすれば…。
「一応語学留学ってことにしてるけど…。単純に、母さんが好きだった街で父さんと一緒に生活したいんだ。マジでそれだけだよ、今回ばかりは変なことは考えてない」
……そんな理由そのものが、どう考えても今ここに居る俺らしくないと言うことだが…。
「…昔から思ってたけどさ……」
「……真は割とマザコン」
「なっ……」
あまりにも予想外過ぎる返答が返ってきて、俺は思わず声を荒げそうになった。
なんでそう言う話になるんだ。…っていうか、片親家庭なんだから別におかしくもないと思うんだが…。
「…帰って来ないつもりは無いんだよね?」
「帰ってくるよ。何のためにお前との関係を
「……そんなことしてたの?」
ある程度周りに知らせておけば、俺の意図を汲んで凛月のことも、美月のことも守ろうとしてくれる奴がいる。
「……お前らには信頼されてないな…」
「自業自得だよ」
「居なくなる心配じゃなくて浮気の心配でもしといてくれ…」
「するでしょ」
「まあ、そっちはするよねぇ…」
そっちの信頼はもっと無いらしい。
口に出して言った事はないけど、これでも一途な恋に憧れる普通の男子中学生だったと言うのに。いつからこうなったんだろうな。
「真が何しなくても女の子寄ってくるし…」
「昔はそんな事無かったのにね」
「………それは良いけど…。取り敢えず、納得してくれたか?」
「「全然」」
「…まあ、納得してくれなくても勝手に行くんたけどさ」
分かり切った事を呟き、呆れたまま黙ってる夏芽姉さんに目を向ける。
「姉さん、クロエには言ってないからそのうち言っといて」
「さっき連絡いれたわよ」
クロエは施設を出てから渚と同じく中学に入っており、俺達と同じく冬休み中だ。
「冬休み中に帰って来れるなら、真に案内したい場所があるって」
「……クロエがそう言ってんのか…」
彼女はドイツ出身だし、二ノ宮と行動してた事もあるし、別に問題は無さそうだが…。
具体的なことは俺じゃなくて、父さんに聞いてくれればソレでいいか。向こうに着いて、俺の方で必要な事が済んだらあの人はあの人で勝手に行動するだろうし。クロエの帰国うんぬんも任せられるだろう。
俺と同じ結論になったのか、白龍先生も小さく呟いた。
「真、クロエなら大丈夫じゃない?」
「スケジュール合うんなら、別に良いんじゃないですかね。一応誰かには見てて欲しいけど…」
となると白羽の矢が立つのは…。
「……渚か姉さんかな…」
「は?私が何よ?」
「あ、いや…。父さんとクロエを二人にするのって若干不安だから、姉さんか渚が居ると安心かな…と」
「アッチで話せる渚の方が良いわよねそれ」
「…それもそっか…」
ならクロエにはそう伝えておくとしよう。渚と二人なら考えるよ…と。
「あんたは…そっちの不満顔二人をどうにかしなさいよ」
「大丈夫でしょ、所詮は1年ちょっと離れるだけだし」
というか、大丈夫じゃないと困る。
そんな会話が聞こえても不満を隠そうとしない二人に、姉さんは呆れたように苦笑いを浮かべた。
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