第2話 伊織凛音の非日常

「それじゃ婆ちゃん、いってきまーす」


「うん、気を付けて行くんだよ」


 とある金曜日、まだ日も昇りきっていない薄暗い日時、凛音は祖母に挨拶し家を出る所だった。時刻にして午前6時30分、学校の始業時間は8時からで登校には大体徒歩で20分ほど時間を擁する。朝ギリギリに登校したりバタバタすることを嫌っていた凛音は、いつも始業時間の1時間前には席につきスマートフォンをいじったり本を読んだりしていた。


 祖母と挨拶を交わした後、凛音はこの日もいつも通りの時間に家を出発し、いつもと同じ通学路を歩いていた。ブロック塀が立ち並ぶ何の変哲もない住宅街で、この時間帯には人通りもまだあまり多くない。


(そろそろ朝でも寒くなくなって来たなー)


 5月ももう中旬に入っており、そろそろ夏の暑さが顔を見せ出す頃合いだろう、そんなことを考えながら少し寂寥とした住宅街を歩いていると、


「ギャ…ギャギャ…」


 不意に何か動物の呻き声のようなものが凛音の耳へと入ってきた。その声は凛音の5mほど先にあるT字路の左側の道から聞こえてきていて、左側はちょうど学校への順路だった。ブロック塀のせいで直接何かを確認することはできないでいたため、散歩の時間の犬の声だろうか、などと考えを巡らせながら凛音は躊躇うこともなく道を進んでいった。そしてT字路を左へ曲がりその正体を見ようとしたその瞬間、


「...?」


 凛音はハッと意識が急に戻るような感覚を味わった。


 凛音には確かに道を左へ曲がった記憶があったが、現在凛音はT字路の5mほど手前にいた。そして聞こえていたはずの何かの呻き声のような音も消え去っており、何よりも明らかに太陽の位置が記憶にあるものよりも高い。凛音は急いでスマートフォンを取り出し時刻を確認してみると


 7:45


 実に1時間もの時間が経過していた。








「何が起こっている?何かがおかしい...」


 1限目の古文の授業を受けながら、凛音は頭の中を精一杯整理しようとしていた。今朝凛音は6時30分に家を出て、そして家から5分ほど歩いたところにあるT字路を左へ曲がった。ところが確かに一度曲がった記憶はあるにも関わらず実際にT字路を左へ曲がったときの時刻は7時45分。凛音の認識している時間と1時間以上もずれがあった。


 スマートフォンの時刻がずれていたのだろうか?それとも道のど真ん中で立ったまま寝ていたとでも言うのだろうか?様々な可能性を考慮してみるが結局納得できる理由にはたどり着けないでいた。


(だ、この感覚だ...)


 そして凛音の頭を更に悩ませていたのがこの現象が恐らく初めてではないということだった。凛音は高校へ進学してから今朝のように気が付くと2、3時間ほど経過しており、その間の記憶が全くないという経験を覚えている限りでは二度していた。


 一度目は今年4月の中旬の図書館への道すがら。暇だった凛音はこの日、昼から図書館で過ごそうとしていた。家を出たのが午後1時30分頃、家から図書館までは自転車でおよそ30分ほどで大体2時には図書館に到着している予定だった。


 その日、図書館がある大通りへ出るための小路を自転車で軽快に走っていると、凛音は小さな公園を見かけた。その公園は凛音が小さい頃に友達とよく遊んでいた場所で、ジャングルジムや小さな砂場、鉄棒に地面に埋まったタイヤとあの日に見た光景が寂れつつもそのまま残っていた。ペダルを止めてその光景を眺めながら哀愁と懐古の念を抱いているとフッと意識が遠のいてゆく感覚を味わって一瞬の後、今朝と同じく夢から覚めたように意識を取り戻した。


 当時この奇妙な感覚に戸惑っていると、凛音はふと公園に設置してあった時計が目に入った。その時計の針ははちょうど4:00を指し示しており、思わず凛音は怪訝な表情をした。凛音は公園の前で立ち止まりはしたものの、それはわずか数十秒の間のことでこんなにも時間が経っているはずがない。公園の時計がずれているのだろうとスマートフォンの電源を入れ正しい時刻を確認する。するとこのデジタルな時計でも数字は4:00と表示されており、公園の時計は正確に時を刻んでいることが証明されてしまった。これが一度目の経験だった。


 そして二度目は5月の初め、日曜日の夕暮れ時、家から歩いて5分ほどの場所にあるコンビニから帰る道中だった。ビニール袋を手にさげコンクリートを踏みしめていると、同じように意識が遠のく感覚があり、次にハッと目を覚ますような感覚に襲われる。混乱しながらも落ち着きを取り戻し、まず気が付いたのは辺りがどんよりと暗くなっているということだった。凛音がコンビニで買い物をしていたのが5時半頃で、日は傾いてはいたもののまだまだ明るい時刻だった。しかし気付いてみると、もう回りの家の窓からは照明の光が漏れ出ているくらい既に辺りは暗くなっており、急いで時間を確認すると7:35と表示されていた。これが二度目の経験だった。


 そして今朝で三度目か、と考えたところで凛音はふと4日前に動画を見て気付かぬうちに寝てしまっていたことを思い出した。その日の午後10時30分頃に家の外から何かの音が聞こえ、窓を開けて確認しようとしたところで記憶が途切れて気が付くと翌日の午前1時30分になっていた。記憶が3時間ほど抜け落ちていたということであり、今考えればあれも一連の現象の一つだったのだろうと凛音は結論付けた。


 整理すると4月と5月の間に、気が付くと2、3時間ほどが経っており、そしてその間の記憶がすっぽりと抜け落ちているという不可解な現象が何度も凛音を襲っていた。


(どうにかしないと...)


 今までは休みの日であったり夜眠る前であったりと奇跡的に何も支障が出ていなかったが、今朝に関してはこの現象のせいで遅刻寸前であり、このまま続けば間違いなく日常生活に影響が出てしまう。しかし原因が全く分からないためどのような対策を取ればよいのかも分からない。


 キーンコーンカーンコーン


 そうしてどうしたものかと頭を悩ませているうちに全く授業内容を聞けないまま1限目の授業が終わってしまった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「珍しいよなー、まさかお前が遅刻ギリギリなんて」


 放課後の廊下は生徒たちの雑踏で賑わっており、教室から下駄箱へと向かいながら話す凛音と足立もまた放課後の学校という景色に溶け込んでいた。


「あぁ...ちょっと寝坊しちゃってな」


 足立から今朝のことについて話をふられる。ありのままを話したところで奇怪な目を向けられることは確かだったので、凛音はそれとない理由を取り繕った。


「中学の時ですら無遅刻無欠席だったお前が...もしや夜遊びか~?」


 茶化して返す足立に凛音は「アホか」と返し、足立の方も特に気にする様子もなく次の話題へ移ろうとした。


「そういえばお前、マジカルハートの動画見た?」


「あの悪いやつは全部ぶっ飛ばす~とかいうタイトルのやつ?」


「そうそうそれ!すげーだろ!あれ!俺もう15分間興奮しっぱなしでさあ!見たか!?マジカルパンチのあの威力!」


「あれのどこがマジカルなんだ...」


「まあまあ細かいことは気にすんなって!やっぱすげーよなぁ、特にあの...」


 話題転換とばかりに足立がマジカルハートについて話し始め、そして段々とヒートアップしていく。その声や動きの騒がしさからすれ違う生徒たちからしかめっ面を向けられる。そんなこともお構いなしに足立がマシンガンようなトークを繰り広げているとやがて二人は正門に到着した。


「おっと、もう着いちまったな、じゃあまた月曜な!」


「ああ、また来週」


 二人は門の前で別れの挨拶を交わすと凛音と足立はそれぞれ別の方向へと歩いていった。


 足立と別れを告げた後、凛音は不可解な現象について考えながら帰路についていた。今日一日ずっと頭を搾ってはいたが、その原因や対処法については何も分からずじまいだった。スマートフォンでとりあえず検索をしてみたが、これといった答えは見つからず、病院に頼ろうにもどの専門の科へ行けばよいのか判断しかねていた。


(確かこの場所で意識が...)


 頭を悩ませながら家路に着いていると、今朝件の現象が起きた場所へ来たことに気が付いた。何か手がかりでも無いだろうかと辺りを見回していると不意に何かの音が聞こえた。


「ギャ...ギャギャ...」


「...!」


 その何かの呻き声のような音に、凛音は確かに聞き覚えがあった。今朝T字路を左へ曲がろうとした時に聞こえていた声だ。現在その声は右の曲がり角から聞こえており、今朝と同様に凛音はブロック塀に遮られて音の出所までは確認できないでいた。


(どうする...?)


 このまま曲がり角を右へ曲がってしまえば今朝と同様にまた記憶を失ってしまうのではないかと考え、凛音はどうするべきか逡巡していた。かといって何も手立ては思い付かず、そもそも曲がり角を右へ曲がらないと家へ帰ることができない。そうして20秒ほど立ち止まって考え込んでいると、凛音は声が段々と近くなってきていることに気が付いた。


 声は徐々に徐々にと凛音のいる道へと近づいくる。手に汗を滲ませながら、凛音はその場から動けないでいた。声は一歩、また一歩と着実に凛音のいる方へと移動してきており聞こえる音もそれに比例して大きくなる。


「ギャギャ...ギャ...」


 そうしてブロック塀の影からのそりと姿を現したのは全身緑色をした背丈は小学生ほどの小柄なヒト型の生き物で、体には最低限の場所を隠す布しか纏っていない。それも一匹だけではなく二匹。一匹の手には木製の棍棒のようなもの、もう一匹の手にはひどく刃こぼれしたナイフが握られており、おおよそ住宅街には相応しくない出で立ちをしていた。


「......??」


 凛音は驚き声を上げそうになるが上手く声が出せず、ただ息を飲み困惑することしかできなかった。


 あれはなんだ?全身真緑だ。背が小さいから子供か?子供がふざけて遊んでいるのか?顔はお面だろうか?それにしても不細工なお面だ、何かのキャラクターなのだろうか。手に持っているのもおもちゃだろうか。にしてはボロボロすぎるし派手な装飾もない。もしくは何かの撮影か?テレビの撮影のために扮装でもしているのだろうか?だが周りに他に人がいる気配はない。いや、そういえばあの姿どこかで...


 突然の目の前に現れた謎の存在に凛音の頭はフル回転し、その正体を突き止めようとしている。そうして一瞬の間に様々な思考を巡らせていると、凛音はその姿に見覚えがあることに気が付いた。


「そうだ...確か勇者グランの...!」


 不意に凛音の脳内に4日前の昼休みに足立から見せられた動画が思い浮かんだ。勇者グランが魔族と呼ばれる怪物たちをなぎ倒していく動画で、その怪物たちの中に今の目の前にいる全身緑色の小柄な生物がいたことを思い出した。動画では『ゴブリン』と呼ばれており、グランの一太刀によってなす術もなく切り伏せられていた。


 そこで凛音はようやく合点がいった。恐らく近辺でキラキライブが動画の撮影をしているのだろうという結論に凛音は達した。


 キラキライブの事務所が近くにあるんだろうか?それともわざわざ撮影のためにこんな何もないところまで出向いたのだろうか?じゃあグランやマジカルハートも近くにいたりするんだろうか?足立を呼んでやろうかな?あいつだったら喜ぶんじゃないだろうか?


 今度はまた新たな疑問が浮かびあってきて、凛音はそれに対して考えを巡らせていた。


「ギャギャー!ギャギャギャー!」


 しかし不意に聞こえた耳障りな咆哮によって凛音の思考は瞬く間にかき消された。ゴブリンたちが腹の底から声をあげ始め、興奮した状態になっている。そして何事かと考える暇もなくゴブリンの一匹が俄に凛音の方へと走り出してきた。


「......!!」


 ゴブリンは瞬く間に眼前へと迫ると手に持った棍棒を矢庭に凛音へと振り下ろした。凛音は咄嗟に肩にかけていた通学用のカバンを前へ構え、盾のようにしてゴブリンの一撃を防いだ。


「いっ...た...!」


 カバンの中には教科書や参考書の類いが詰まっていて木製の棍棒による衝撃をそれなりに吸収したが、小柄な体躯に見合わずゴブリンは大人顔負けの膂力を有しており、攻撃を受け止めた凛音の手はじんじんと痛みだし、目眩がするような感覚に襲われた。


 更にもう一発とゴブリンはなおも凛音に棍棒を振り下ろそうとしたが凛音は大きく右へ飛び退き、着地した後大きく体勢を崩しながらも間一髪で二発目の攻撃をかわした。行き場のなくなった棍棒による一撃は付近のブロック塀に当たり、当たった箇所には大きくヒビが入り窪みができてしまった。こんなものを人間が食らってしまえばただでは済まないことは明らかだった。


「これでも...食らえっ...!」


 しかし次に先手を取ったのは凛音の方であり、持っていたカバンをゴブリンへと思い切り投げつけた。片手が棍棒で塞がれていたこともあってか、投げられたカバンの質量を受け止めきることができずにゴブリンはそのまま大きく尻餅をついてしまう。そしてここぞとばかりに凛音は踵を返して脱兎の如く来た道を走り始めた。


 ななんなんだ?あんなん食らったら死ぬぞ?俺。これも撮影の一環なのか?だとしたらやりすぎだろ、ただの一般人も巻き込むのか?なんで俺なんだ?俺が何かしたのか?もしくはあいつら本当に魔族...


「ギャギャギャー!」

「ギャッ!ギャッ!」


 凛音の頭の中を渦のようにぐるぐると考えが巡っていたが、後ろから聞こえる雄叫びによってその流れが遮られる。凛音が後ろを振り向くと棍棒のゴブリンに加えて、先程までは静観していたナイフを持ったゴブリンの姿も見えており、凛音は二匹のゴブリンに追われる身となっていた。


 どうする?いつまでも逃げ続けられない。反撃に出るか?いや、無理だ。一匹ならまだしも二匹いる。返り討ちにされるのがオチだ。どこかに交番は...いや、一番近い場所でも30分はかかる。絶対に追い付かれる。いっそ誰かの家に逃げ込むか...?でもいきなり家に来て中に入れてくれるだろうか?モタモタしてたら追い付かれる...それにもし逃げ込めたとしてもあいつらから身を守れるのか...?最悪家の人も巻き添えだ...


 なんとか状況を打破できないかと考えを巡らせるがどの案も現実的ではなかったし、他人を巻き込むリスクもあった。こんな状況でも他人のことを考える余裕が存外あるものなんだな、と凛音は奇妙な感慨を抱いたがそんなことを考えている暇はないとすぐに思考から押し退けた。


 なんの変哲もない、いつも歩いている通学路でまさかこんなことが起きるとは。日常の風景の中で非日常な事態が起こっている現状を、半分も受け入れられていない状態でそれでも凛音は走っていた。


 ぐちゃぐちゃにおもちゃが放り込まれたおもちゃ箱の中から目当てのおもちゃを探し当てるように、凛音は頭の中にある記憶を必死に漁り回っていた。


 何か、何かないか、何かこの状況をどうにか好転できるものが。


 そうして凛音は縋るように自身の記憶からその何かをすくい上げようとする。


(いや、待てよ...確かこの先に...)


 不意に凛音の中に一つのアイデアが浮かんだ。そしてその考えが浮かぶや否や凛音はより一層走る速度を上げた。ゴブリンたちもそれに合わせて走る速度を上げる。そうして凛音にとっては全くごっこ遊びなどではない鬼ごっこをしばらく続けていると、凛音はとあるアパートへと入った。そして凛音の走る足音がピタリと止んだ。


 ゴブリンたちは先刻まで逃げていた獲物の足音が急に止まったことに少し疑問を抱いたが、それでも追跡の手を緩めることはない。逃げる道を間違え袋小路へと入り込んだか、もしくはもう諦めてしまったか、大方そんなところだろうと考えてゴブリンたちはすぐに疑念を捨て去った。ゴブリンたちにはもう獲物を追い込み、そして捕えているビジョンしか頭にない。


 そうしてそのままの勢いで凛音の駆け込んだアパートの前へとたどり着き、二匹のゴブリンはその中へとなだれ込んだ。


「お前らが単純で助かったよ」


 そうして何の考えもなく真正面から突撃してきた二匹のゴブリンに凛音は思い切り消火器を噴射した。普段の学校への通り道に何か打開できるものがないか頭の中で模索していた凛音は、このアパートの入り口からすぐの場所に消火器が設置してあったことを思い出し、これを利用することにした。


 勢いよく大量の粉を浴びせかけられたゴブリンたちはひっくり返った虫のようにじたばたと地面を転げ回っており、目や鼻、口から粉が入り込んで視界も呼吸も奪われていた。


 しばらくは自由に動けないだろうと判断した凛音はスマートフォンを取り出した。画面には16時30分と表示されており、凛音が学校を出たのが16時頃であったため実に30分もの間あの化け物たちと鬼ごっこをしていたことになる。とりあえず警察へ通報しておくのが安全だろうと考え110とタップし、そして一刻もこの場から離れようと耳元にスマートフォンを構えながらアパートを出ようとした。


「ギャギャギャー!」


「なっ......!」


 アパートを出た途端、アパートを囲むブロック塀の影に隠れていた3匹目のゴブリンが凛音に襲いかかった。


 飛びかかられた凛音はそのまま背中から地面に押し付けられ、ゴブリンが凛音に馬乗りになっている状態となった。そしてゴブリンは手に持っている刃こぼれしたボロボロのナイフを凛音の喉元へ突き付けた。手入れの行き届いていない刃物とはいえ、人間の喉笛を突き破るくらいは容易にできてしまうだろう。すんでのところで凛音はゴブリンの手を掴み、どうにかナイフは凛音の喉元に届かずにいたがそれも時間の問題だった。


「ぐっ...!」


 やはりゴブリンの膂力は小学生程度の背丈とは思えないほどに強く、凛音の抵抗も徐々に押し負けていた。じわじわとナイフの刃先が凛音の喉へと近づいてゆき、遂には喉仏に金属の冷たい感触がした。そして凛音の喉元を一筋の赤い血が伝う。ひやりと冷たい金属の感触がしたかと思えば、次に凛音は喉元にじんわりとした熱を感じた。喉に圧迫感を感じ始め、いよいよ息苦しさを覚えてきたその瞬間、


破魔の閃光ホーリースパーク


 突如凛音の眼前がまばゆい閃光に包まれた。視界は奪われ、一瞬の熱波を肌に感じた。数秒経ち視界が戻ると先程までは凛音に馬乗りになっていたゴブリンは跡形もなく消え去っていた。


「遅くなってすまない、大丈夫かい?」


 状況が飲み込めず、呆然としていた凛音に声がかけられる。凛音にとってゴブリンたちと邂逅してから初めて聞いた人間の声であり、凛音は随分久しぶりに誰か人の声を聞いた感覚を覚えた。


「何が...どうなって...」


 凛音は困惑しながら声の主へと目を向ける。するとその人物に凛音は随分と見覚えがあった。


「あんたは...グラン...?」


「お、なんだ。僕のことを知ってくれているのか」


 グランは少し嬉しそうにすると凛音へと手を差し伸べ、凛音はその手を取ってよろよろと立ち上がった。


「災難だったね、ゴブリンに襲われるなんて」


「その...これは一体どういう...?」


 ゴブリンたちと遭遇してからは凛音には訳の分からないことの連続であり、恐らく事情を知っているであろうグランへと疑問を投げ掛けた。


「申し訳ないけど、あんまり悠長にここで話す暇はないんだ。それじゃあ行こうか」


 しかし凛音の疑問の言葉はバッサリと断ち切られてしまう。


「へ...行こうかって、どこへ...?」


「キラキライブの事務所さ。君にはこれからキラキライブに所属してもらわなきゃいけないからね」


「......は?」


 そして唐突に凛音は謎の事務所への所属を宣告されてしまった。


 この一日で凛音の日常は大きく変わってしまうことになる。

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