第8話 異世界ゲート封鎖のお仕事
「あとどのくらいで着きますか...?じめじめしてるし、虫も飛んでるし...正直もう帰りたいです...」
「男のくせに情けないわね。もうすぐ着くからさっさと歩く」
少しばかり不満を漏らした凛音にステラは手厳しい様子で返答した。
現在凛音とステラは人気のない寂れた様子の山道を歩いていた。周囲は背の高い木々に覆われており、じめじめとした湿気や辺りを飛び回る虫、そして昼間だと言うのに薄暗く鬱蒼とした不気味さはあまり気持ちの良いものではなかった。あまり日光が当たらないことから真夏日でありながら冷涼な空気に満ちていたことがせめてもの救いと言えた。
2人が山の中に入ってからかれこれ1時間ほど経過しており、超が付くほどインドアのヤドカリ人間の凛音にとって真夏日の山中というものは中々に堪えるものがあった。反対にステラはこういった山道に慣れているのか悪い足場も意に介さず、ずんずんと力強く進んでいった。
そうして2人が山中を進んでいくとほどなくして大きなトンネルが姿を現した。
「ほら、着いたわよ」
「ここですか...?」
目の前に現れたトンネルは2人を飲み込もうとするかのように大口を開けており、風が通り抜ける音が悲鳴のように鳴り響いていた。
「ちょっ...!」
躊躇なくトンネルの中へ入っていくステラに驚きながらも、凛音もステラに続いてトンネルへと入っていった。
元々付いていなかったのか使われなくなって久しいため壊れているのかは分からないが、トンネルの中には光源と呼べるものが見受けられず、一寸の光りも入り込まない暗闇の世界だった。
「ちょっと暗いわね...」
そう言うとステラは手の平に光球を作り出し、それを衛星のように自身の周りに漂わせた。光球があってもトンネルの先は依然として暗闇に包まれていたが、足元すら覚束ないという事態は避けることができた。
「もう少し先ね」
「まだ入るんですか...?」
ステラは臆することなく暗闇の中へと進んでいった。置いていかれるといよいよ暗闇の中で一人ぼっちになってしまうため、凛音は困惑しながらもステラへとついて行く。
「ホントにこんな場所にゲートが?」
「こんな場所だからよ」
2人が気味の悪いトンネルへと入り込んでいったのはとある目的のためだった。キラキライブの調査によると最近トンネルの周辺の地域に魔族の目撃が多数確認されていた。グランやステラにしろ凛音に襲いかかってきた魔族にしろ、異世界の存在がこちらの世界へ来るには異世界とこちらの世界を繋ぐゲートを通らなければならないという話をグランからされていた。どのような技術なのかは凛音には皆目見当もつかなかったがどうやらこのトンネルにそのゲートが発生しているという情報が確認された。そのため今回凛音とステラの2人は調査に赴き、もしゲートが発生していたならそれを塞ぎ魔族の侵入を防ぐという仕事を任されていた。
このような仕事はキラキライブの日常業務の一つであり、そして凛音にとっては初めての仕事であったため指南役としてステラが同行していた。
トンネルの中は不気味なほど静寂に包まれており、コツンコツンと凛音とステラの足音だけが響き渡っていた。そして暗闇の中を10分ほど歩くとステラはピタリとその歩みを止めた。
「反応的にこのあたりね」
「...?何も見えないですけど...」
歩みを止めたこととステラの言葉で目的地に着いたことが確認でき、凛音はホッと胸を撫で下ろした。しかし光の照らしている範囲を見回してみる限りでは何か異常を見つけることはできなかった。
「ゲートはずっと開いてるわけじゃないの。リオン、今何時?」
「え~っと、午後2時50分です」
ステラから問いかけられた凛音はポケットからスマートフォンを取り出し、時刻を確認してステラへと伝えた。
「焦らなくてもそろそろゲートが開く時間よ。リオン、ちょっと下がってて」
指示された凛音はステラの3mほど後ろに下がる。距離が取れたことを確認するとステラは右腕を水平に持ち上げて手の平をパーの形にし、そしてその手の平に大きく魔力を込めた。するとステラが手をかざした空間が歪み始め何もない空中に大きな裂け目が生じた。
「!...、それがゲート...?」
「違う違う、これは私の魔法の一つ。この裂け目の中は特殊な空間に繋がってて、好きなものを好きな時に収納したり取り出したりできる魔法よ」
そしてステラはその裂け目に手を突っ込み、数秒経ったあと腕を引き抜いた。引き抜いた手には何やら奇妙な紋様が施された鉄製の立方体が握られており、形と大きさはちょうどルービックキューブ程度のものだった。
「それは?」
「これがゲートを閉じるための装置。使い方は...リオン!下!」
「...?うわっ!」
会話をしているとステラが唐突に叫び声を上げ、凛音は驚きながらも咄嗟に下を向いた。足元を見ると何か青紫色に光る水溜まりのようなものができていた。凛音は叫び声を上げながら後ろへ飛び上がった。初めはコップの水を溢した程度の大きさだった水溜まりはどんどん大きくなっていき、やがて資産家や政治家の庭にある池ほどの大きさに広がった。
「ゲートが開いたわ!リオン、構えて!」
「は、はい!」
ステラに喚起され凛音は臨戦態勢に入った。完成したゲートは青紫色に輝いており、星空や宇宙が溶け込んだ沼のようだった。
「ギ...ギャギャギャ...」
「ブルルルルル...」
「カラカラカラ...」
広がったゲートは非常に神秘的で美しいものだったが、その中からその神秘性も美しさも全て台無しにしてしまうものたちが這い上がってきた。全身が緑色の小さな生物、猪のような頭をもった毛むくじゃらの二足歩行の生物、独りでに動いているヒト型の骨、といった魑魅魍魎たちが沼から顔を出してきた。
「...!」
「ゴブリンにオークにスケルトン...、報告通り危険度は低いわね。ゲートも大きいものじゃない...」
動揺している凛音に対してステラは淡々と目の前の状況を整理すると、持っていた鉄の立方体を軽く上に放り投げた。キューブは青白く輝きながらそのまま空中に静止し、そして立方体から一筋の細い光線が地面に広がったゲートに向かって照射された。
「この光がゲートを閉じてくれるわ。魔族は装置を破壊しようとしてくるから、ゲートが完全に閉じるまでやつらを食い止めて!」
「ギャギャギャー!」
ステラが説明するや否や這い出てきた一匹のゴブリンが早くも装置に向かって走り出した。そしてその勢いのまま光を射出している装置に手に持っているぼろぼろのナイフを振り下ろそうとした。
「させるか...!」
「グッ、ギャアアァァー!!」
しかしゴブリンの脇腹めがけて凛音は魔力を込めた掌底を勢いよく放ち、装置への一撃を阻止した。ゴブリンは不愉快な叫び声を上げながら大きく吹き飛ばされ、そのままトンネルの壁へ大きく衝突したのち地面にくずおれそのまま動かなくなってしまった。
「ブオオォォォ!!」
「カラカラカラ...」
ゴブリンが倒されたのを見て装置を破壊する前に邪魔な小僧を始末する必要があることを理解し、オークは雄叫びを上げながら、スケルトンは体からガシャガシャと音を出しながらそれぞれ凛音へと襲いかかっていった。
ゴブリンと同様に二体の魔族はそれぞれ武器を持っており、オークはマンモスを狩っていた頃に人類が愛用していたような槍を、スケルトンは錆び付きぼろぼろになっている剣をそれぞれ得物としていた。
オークが先に凛音のもとへ到着し邪魔者を貫こうと両手に持った槍を凛音へひと突きした。しかし凛音は重心を左へ傾けてその一撃をひらりとかわし、標的のいなくなった槍は鋭い音を立てながら空をきった。
隙を晒したオークに凛音はお得意の掌底を打ち込んだ。ゴブリンの時とは違い一撃で仕留めることは叶わなかったが、それでもオークは大きく後退りしそのまま膝をついた。
「カラカラカラ...」
息つく暇もなく、いつの間にか凛音の後ろへ回り込んでいたスケルトンが錆び付いた剣を凛音の頭部へ振り下ろそうとしていた。凛音は素早く振り向くと両の腕に魔力を込めて交差させ、その剣を正面から受け止めた。ぼろぼろの剣は焼き菓子のように容易く折れてしまい、そしてそのままスケルトンに両の手の平を向けて腕に込めていた魔力を発散させた。
「はぁ...!」
凛音の手の平から一瞬まばゆい閃光が放たれ、スケルトンはその衝撃によって吹き飛び全身がバラバラになってしまった。
(グランさんに比べたら全然なんとかなるかも...)
何度か実戦経験を積んだことに加えグランとの組手を行っていたことから、凛音の動きは初めとは比べ物にならないほど格段に向上していた。ゲートが開いてからものの十数秒で凛音はゴブリンとスケルトンの二体を仕留め、凛音は心中で密かにガッツポーズを決めた。
「やっぱ無理かも...」
しかし次の瞬間に目にした光景を前に一瞬でその自信は霧散してしまう。
「ギャギャギャ...」
「ギャギャー!」
「カラカラカラ...」
「カラコロ...」
凛音がゲートへ目を向けるとそこからそれぞれ二体のゴブリンとスケルトンが湧き上がってきていた。加えて先ほど吹き飛ばしたオークも体勢を立て直しており凛音の目には合計5体の魔族が写っていた。そして5体の魔族たちは一斉に凛音目掛けて走り出した。
「ス、ステラさん...!」
凛音はステラの方を向き助けを求めた。
「何言ってるの、アンタが今後一人でも仕事をこなせるようにするための研修なんだから、一人で戦わないと意味ないでしょ」
「なっ...!」
あっけらかんと述べるステラに凛音は目を見開いて驚いてしまう。
「大丈夫よ、出てくる魔族は弱いしゲートも大きさ的に5分くらいで閉じるわ。それにアンタ変身もあるんだし何とかなるでしょ」
そう言い放つとステラは先ほど見せたものよりも一回り大きい裂け目を作り出し、そこから椅子を召喚した。背もたれと肘掛けの付いた木製の椅子で、ご丁寧にクッションまで敷かれていた。そこに腰を落ち着けてゆったりとした姿勢を取った。
「そ、そんな...!」
完全に観戦する体勢に入ったステラに凛音は困惑を隠せずにはいられなかった。
「ま、ホントにまずい状況になったら手を貸すから安心して」
「ギャギャギャー!」
「カラカラカラ...」
「ブオオオォォォ!!」
これ以上ステラに物申す暇もなく魔族たちは凛音へと襲いかかってきた。
「くっ...!」
まずは素早い動きで二体のゴブリンが凛音の眼前へ躍り出た。そしてそのまま左右に一匹ずつ分かれ凛音に挟撃を試みた。凛音の右側から襲いかかるゴブリンは凛音の右足を目掛けてその手の棍棒を大きく横に薙ぎ、凛音の左側から襲いかかるゴブリンは少し飛び上がり凛音の頭を目掛けてその手のナイフを振り下ろした。上下と左右からの強襲に凛音はそのどちらの攻撃もかわそうと後ろへ大きく飛び退いた。
ナイフが凛音の鼻先を掠め、棍棒が凛音の右膝に少し当たった。凛音の鼻先からは少しばかりの血が垂れ、右膝にはほんの少し痺れを感じたがどちらもダメージと呼べないほどのものであった。
「...!?」
しかしゴブリンたちの攻撃を上手く避けたと感じていた凛音に追撃が加えられる。大きく飛び退いて空中に身を投げ出している凛音へ真っ直ぐと風を切りながら槍が飛んできていた。体勢を立て直したオークは凛音目掛けて己の得物を槍投げの要領で投擲した。そしてその投げ槍は地面から足が離れ身動きが取れないでいる凛音の腹部を容赦なく捉えた。
「うがぁっ...!」
凛音は腹部に重い感触を覚え、空中で大きく姿勢を崩してそのまま不時着し、もんどりうって地面を転がった。腹部を見てみると服には大きく穴が空き、そこから丸見えになった肌には血が滲んでいた。
槍が当たる直前、凛音は腹に魔力を集中させ防護壁のようなものを生成した。おかげで凛音の腹部に槍が深々と突き刺さることはなく、勢いの止まった槍はカランと音を立てて地面に転がった。しかし完全に威力を殺せたわけではないため凛音は腹にジンジンとした激しい痛みを覚えていた。
「げほっ...げほっ...!」
加えて腹部に魔力を集中させたことで他の部位の魔力が希薄になり、結果として地面に激しく打ち付けられた際のダメージを軽減することができなかった。
一瞬にして凛音の体は全身から悲鳴を上げ始めた。
「ギャギャギャ!!」
「ブルルルルルルル!!」
「カラ...カラ...」
しかし地面に膝をついている凛音に対して魔族たちが追撃の手を緩めることはない。今度は二体のスケルトンが凛音へ迫ってきていた。一体のスケルトンが地面にへたりこんでいる凛音へと錆び付いた剣を振り下ろした。凛音は地面を転がるようにして何とか攻撃をかわしたが、もう一体のスケルトンが回避した先へ攻撃を繰り出した。凛音はもう一度転がるようにして身をよじり二体目のスケルトンの攻撃も回避し、そしてそのまま勢いよう立ち上がり何とか体勢を立て直した。
「しまっ...!」
しかし二体のスケルトンの攻撃をかわすことに専念しすぎてしまい、立ち上がったは良いものの5体の魔族たちに完全に包囲される状態となってしまった。
凛音は前方にスケルトンが二体、左右にはそれぞれゴブリンが一体ずつ、そして後方には槍を回収したオークという布陣を敷かれてしまっていた。この好機を見逃すはずはなく、5体の魔族たちは餌に群がる蟻のように一斉に凛音に向かって距離をつめた。
凛音はまず右手に魔力を集中させ魔法を使う準備を開始し、そして次に振り向いて後方のオークを確認した。この中で最も危険なのはその膂力にものを言わせたオークの槍による攻撃であり、まともに食らえば致命傷になりかねない。確実にオークの攻撃だけは避けられるようにはっきりと視界にその姿を収めた。
今度こそと凛音の心臓を目掛けてオークは鋭く突きを放ったが、右足を軸にコンパスのように体を90°回転させることで凛音はこの一撃も間一髪で回避した。しかしオークの一撃を避けたものの、まだゴブリンとスケルトンたちの攻撃が残っており、全ての攻撃をかわしきることは不可能だった。
二体のゴブリンたちは視界の端に何とか捉えることができており、凛音の左側にはナイフを持ったゴブリンが、右側には棍棒を持ったゴブリンがそれぞれ陣取っていた。
オークの方を振り向いてしまったためスケルトンに関しては完全に死角に位置しており、どのように攻撃を仕掛けてくるか全く予想ができない状態になっていた。
オークの攻撃を避けた刹那の後、左からはナイフが、右からは棍棒が、そして真後ろからは二本の剣がそれぞれ凛音へと迫っていた。
「があっ...!」
ナイフは左の二の腕を、棍棒は脇腹を、そして二本の剣は背中をそれぞれ捉えた。右手に魔力を集中させていたため他の部位の魔力はごく少量になっており、凛音は4体の攻撃をまともに食らってしまいその顔は激しい苦痛に歪んだ。
勝負が決したと思われた瞬間、まばゆい閃光が凛音の右手から放たれた。
「ギャギャ!?」
「ギャー!?」
「ブオオオォォ!?」
激しい光に5体の魔族たちは大きくのけぞり、視界は完全に奪われてその動きが数秒ほど停止した。その後視界が戻り目の前を確認すると先ほどまで取り囲んでいたはずの人間の姿はもうそこにはなかった。
「いってぇ...」
魔族たちが周囲を見回すとオークの5mほど後方に、突き刺さったナイフを引き抜きながら苦悶の表情を浮かべている凛音の姿があった。左の二の腕からは血がダラダラと流れ出ていて、背中には二つの大きな切れ込みが入り服の下からじんわりと血が染み出ており、右の脇腹は鈍く激しい痛みに支配されていた。
包囲された状況からは抜け出したものの、凛音は決して浅くない手傷を負ってしまった。
凛音の姿を確認すると5体の魔族たちはすぐさま凛音へと走り出した。全員で包囲してもう一度一斉に攻撃を仕掛ければ次で仕留められると考えたのか、魔族たちは大きく左右に広がり凛音を取り囲もうとした。
「...?」
一定の距離まで凛音に近づき、後は包囲の陣形が整うまで待機していたオークは何か違和感を覚えた。オークは凛音の真正面に位置しており、オークからは凛音の顔がよく見えていた。その表情は苦痛に歪んでおり、まさに追い詰められた獲物といった様子だったがオークが気になったのは凛音の口元だった。その口には飴玉のようなものが咥えられており、そして凛音はその飴玉を思い切り噛み砕いた。
「がああぁぁっ!」
数秒ののち、凛音は呻き声をあげながら突然膝から崩れ落ちた。
俄に苦しみだしながら地面にうずくまる凛音を見て魔族たちもさすがに奇妙に思った様子であったが、激しい痛みに悶絶しているのかはたまた絶望的な状況に錯乱でもしているのだろうと思い、加えて何か企んでいたとしても取り囲んで滅多打ちにしてしまえばなす術はないだろうと考え魔族たちはすぐに疑念を払拭した。
「ギャギャギャー!!」
「ギャギャギギャギャ!!」
「ブオオオオオォォォ!!!」
「カラ...カラ...」
「カラコロ...カラ...」
そして包囲陣を完成させた魔族たちは今度こそ止めを刺そうと雄叫びを上げながら凛音へと迫っていった。一歩また一歩と魔族たちは凛音に近づいていき、包囲の円かどんどん縮んでいく。そして槍、剣、ナイフ、棍棒のどの武器も凛音を射程に収め、魔族たちは一斉に手に持った得物を凛音へと振り下ろそうとした。
「ぐがああああぁぁぁぁぁ!!!!」
あわや全ての凶器が凛音の体を貫こうとした寸前、うずくまっていた凛音は不意に体を起こし喉が張り裂けんばかりに天に向かって咆哮した。
「ギャギャギャー!」
「ギャー!」
「ブオオオォォォ!!」
咆哮と同時に凛音の内側から爆発的に魔力が溢れ出し、体内に抑えきれなくなった魔力はそのまま凛音の周囲に激しい奔流となって発散された。凛音を取り囲んでいた魔族たちはその嵐のような魔力の流れに直撃してしまい、二体のゴブリンとオークは大きく後方に吹き飛び、二体のスケルトンに至ってはそのままバラバラに飛び散ってしまった。その後吹き飛ばされたゴブリンとオークは壁や地面に激しく打ち付けられ、ぴくりとも動かなくなってしまった。
「がぁっ...はぁ...はぁ...!」
先ほどまで魔族たちが取り囲んでいた中央には手傷を負った冴えない高校生がいたはずだが、現在そこには悪魔と形容できるような怪物の姿があった。
「はぁ...はぁ...結局使っちゃった...」
凛音は荒い呼吸をしながら呟いた。以前のように我を忘れて暴れ出してしまうようなことはなく、凛音は変身した状態でもはっきりと意識を保っていた。依然として全身には熱と痛みが駆け巡っていたが、魔力の制御が上達したおかげかはたまた単純に体が慣れてしまったのか苦痛で動きが鈍るようなことも無くなっていた。
「ギャギャギャ」
「ブルルルル」
「カラカラカラ...」
5体の魔族を処理したのも束の間、凛音の耳に不愉快な音が届いた。振り返って見るとゲートからまたもや魔族たちが這い出てきていた。
「ステラさん!あとどのくらいですか!」
凛音は大声を上げ静観を決め込んでいたステラへ語りかけた。
「1分経ったからあと4分くらいよー!気合いいれなさいー!」
呼応するようにステラは凛音へ返答した。
「まだそんなに...」
普段の生活であれば5分間など何もしていなくても気付かぬ内に通り過ぎてしまうが、現在の状況では1分1秒が非常に長く感じられた。
「ギャギャギャギャ!」
不意に一体のゴブリンが装置に近づき攻撃を加えようとした。
「休む暇もない...」
凛音はゴブリンを視認すると愚痴を溢しながら一瞬で装置まで距離をつめた。凛音の位置から装置まで凡そ10mほどの距離があったが、凛音は思い切り地面を蹴りひとっ飛びで装置のもとまでたどり着いた。
「次から次へと...!」
そしてそのまま地面を蹴った勢いを乗せた拳をゴブリンへとお見舞いした。
「グッギャギョゴォ!」
顔面に思い切り拳を入れられたゴブリンは声にならない奇声をあげながら吹っ飛んでいき、ステラの灯している光が届かない暗闇の中へと消えていった。
「ギャッギャギャ!」
「ブオオオオオ!!」
「カラカラカラ」
休む間もなく魔族たちは装置を守る凛音のもとへと押し寄せてきた。凛音は右腕を地面と平行に持ち上げ手をパーの形にし、手の平に魔力が集中するイメージを構築した。すると凛音の手の平に光球が作り出された。しかしその光は禍々しい黒色に染め上げられており、感じられるエネルギーも普段の魔力の出力とは比べ物にならないものだった。
「はあっ!」
凛音は力んで声を上げると、作り上げた黒い光球をオークに向かって大砲のように射出した。
「ブルオオオォォォ!?」
発射された光球はオークの腹部に直撃した瞬間に眩むような閃光と弾けるような音を出しながら小さく爆発した。爆発を浴びせられたオークは意識を失って前のめりに倒れこみ、その体には全身に火傷のような痕が残っていた。
「こっちも...!」
次に凛音はオークの少し後ろにいたスケルトンへ手の平を向けロックオンした。そして魔力を集中させて光球を作り出し同じ要領でスケルトンに発射した。光球はスケルトンの体に当たると炸裂し、オークやゴブリンのようにしっかりとした肉体を持たないスケルトンは跡形もなくバラバラになってしまった。
「があああぁぁぁっ!!」
その後も魔族すら凌駕する膂力と溶岩のように溢れ出る魔力を用いて、悪魔は迫り来る魔族たちをひたすらに蹂躙した。
「ゲートは無事閉じたわ、お疲れ様」
「はぁ...はぁ...」
しばらくした後、トンネルの中を支配していた喧騒が鳴り止んだ。先ほどまでゲートが開いていた位置の周りには倒れ付して動かないオークや腕や足といった体の一部が欠けてしまっているゴブリン、バラバラになったスケルトンの残骸といった見るも無惨な姿になった魔族たちが転がっており、凄惨な光景が広がっていた。
「...ホントに最後まで助けてくれませんでしたね」
「言ったでしょ、これは研修みたいなものだって。それに見立て通り一人で何とかできてたじゃない」
最後まで手を貸さなかったステラに凛音は不満を述べたが、当のステラは良くも悪くも凛音の実力に一定の信頼があるのかそこに申し訳なさや悪びれる様子はなかった。
「よし、とりあえず事務所に報告して...」
「ギ...ギャギャー!」
「...!?」
依頼された仕事を完遂し、その旨を伝えようとスマートフォンを取り出したステラへ背後から一体のゴブリンが襲いかかった。辺り一面には無数の魔族たちの死体が転がっているため発見が遅れてしまい、加えて凛音は変身を解いてしまっていたため気付いたときには凛音にはどうすることもできない距離までゴブリンはステラに近づいていた。
「ギ!?ギャギャ...」
しかし握りしめた棍棒をステラへ振り下ろそうとしたその時、どこからともなく現れた1本の剣がゴブリンの体を貫いた。体を貫かれたゴブリンは一瞬悲鳴を上げたかと思うとそのまま力なく地面に横たわった。
「全く詰めが甘いわね、しっかりしなさいよ」
「え...?何が...」
襲われた当の本人は動揺するどころか声一つ荒らげておらず、凛音には何が起こったのか分からなかった。
「装置を取り出すときに見せた魔法あるでしょ、あの裂け目から剣を飛ばしたの」
凛音が剣の飛んできた方向を向くと、空中にひび割れのようなものが入っていた。裂け目からゲートを閉じるための装置を取り出した時の応用で、先ほどのように物体を射出することもできるようだった。
「私は今から事務所に電話かけるから、アンタはまだ生き残りがいないか確認して」
「は、はい...!」
こうして凛音の初仕事は幕を閉じた。
【配信×能力バトル】平凡な高校生が勇者や魔法少女と一緒にライブ配信をやる羽目になってしまいました 緑黄色の覇気 @midoranger
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