【配信×能力バトル】本物の勇者や魔法少女、エルフや超能力者が所属しているライバー事務所に所属することになってしまいました。

緑黄色の覇気

第1話 伊織凛音の日常

「おーい、オリオーン!!」


 とある日のとある高校での昼休み、少年が教室の左端の席に座してぼんやりと窓の外の雲を眺めていると、別の少年が席に近寄ってきて大声で呼び掛けた。


「なんだよ足立、そんなにでかい声出さなくても聞こえるよ」


「せっかく親友が昼飯一緒に食ってあげようってのに、なんだその態度は」


 先程まで窓の外を眺めていた少年、伊織凛音は話しかけられたにも関わらず、気だるげな態度と表情を一切崩さない。返事のトーンは一段と低く、和気藹々と会話を楽しもうという気概が全く感じられない。


 対して凛音に話しかけた少年、足立斗真は凛音とは打って変わって積極的にコミュニケーションを図ろうとしており、その表情や態度は活発そのものだ。


「親友ねぇ...」


 凛音と足立は現在高校1年生で、二人は中学生の頃から付き合いがあった。中学1年生の折、二人が隣の席になった時に、ぐいぐいと距離を詰めるタイプである足立の猛烈なコミュニケーションの果てに会話をするようになった。陰気が服を着て歩いているような性格の凛音と陽気が服を着て歩いているような性格の足立。正反対の性格の二人だが、出会って2、3年経った今でもなんだかんだ一緒に昼食を食べる仲は続いていた。


「数少ない友達と一緒に飯食うんだから、オリオンはもうちょい楽しそうにしろよな~」


 このオリオンという呼び方はイオリリオンという名前の一部を撮って組み合わせたもので、他にもイオリンやリリオンなど様々な呼び名が存在している。初めこそ、この珍妙な呼び方に反応していたが、今では言及することすら億劫になっているのか凛音は全て聞き流していた。


「へえへえ、毎度ありがとうございます」


 凛音とは違って足立は中高どちらでも広く交遊関係を築いているタイプだったが、凛音のこのすげない態度を気に入っているのか凛音と過ごすことが多い。いつも軽口を叩く足立とそれを受け流す凛音、といった感じでなんだかんだ二人は良好な関係を構築していた。


「それよりもこの動画見てくれよ!」


 凛音の近辺にある机と椅子を勝手に拝借し、そこへ弁当を広げて食事を始めていた足立が自身のスマートフォンの画面を凛音に見せた。


「またそのyoutuber?キラキライブだっけ?最近よく見てるな」


 足立がその時に熱中しているコンテンツを凛音に熱弁するというくだりはいつもの流れであり、凛音はこれまでにも様々なアーティストや芸能人、漫画やゲームの話を足立から聞かされていた。


「そんじょそこらのyoutuberと一緒にするなよ、なんたって本物の勇者なんだからな!」


 足立のスマートフォンには金髪の美男子が映し出されており、その背中にはゲームに出てくるような大仰な剣が一本背負われていた。チャンネル名は「勇者グラン」。ここ最近の足立はこの画面の向こうの英雄に執心していた。


 足立は徐に一つの動画を再生し始めた。そこには足立がお熱になっている勇者様と、そしてこの世の物とは思えない奇怪な姿をした生き物達が映し出されていた。大きな角を持った二足歩行の牛のような生物。空を飛び回りながら火を吹く、羽が生えたライオンのような生物。背格好は人間の小学生ほどだが、体色が緑色をした現代の美的感覚に照らし合わせると醜悪な顔をした生物。とこれもまたゲームや漫画に出てきそうなビジュアルをしていた。足立の話によるとこの趣味の悪い姿形をした生き物達を魔族と呼ぶらしい。


 この動画はまず勇者グランと魔族達が相対している場面から始まり、そしてそのまま戦闘へと突入する。そこからグランが剣と魔法を駆使して異形の者たちをなぎ倒していくという内容だった。15分ほどの動画であり、投稿されてから1週間も経っていないにも関わらず再生回数は50万に届こうとしていた。


「へ~、すごいねぇ...」


 動画を見終わった凛音としてはまた足立がよく分からないものにはまっているという認識しか持てなかった。今まで足立から紹介されたものできちんと理解し興味を持てた物の方が少数であったため、凛音は今回もまた同じだろうという考えに帰結していた。


「反応薄いなぁ」


 自身の熱量に比べて素っ気ない反応を返された足立は不服そうな口調で答える。


「う~ん、この人はコスプレイヤーとか、前に足立が言ってたvtuberっていうこと?」


「違ーう!全然分かってない!この前から言ってるけど、グランは異世界から来た勇者で、その力を使ってこっちの世界でも魔族と戦ってるの!グランが所属してるキラキライブには他にもエルフとか魔法少女とか陰陽師とか...」


 キーンコーンカーンコーン


 足立の熱弁が始まろうかと言うところで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。不満げな表情を浮かべながら足立は自分の席へと帰っていく。


「うわ最悪、足立に机使われてた...。ちょっと足立ー、ちゃんと席戻していてよねー!」


 先程まで足立が座っていた席の女子生徒が足立に向かって思い切り苦言を呈する。


「あいつ、女子の席使ってたのかよ...」


 足立のある意味での大胆不敵さに戦慄と辟易を覚えながら、この日の凛音の昼休みは終わりを迎えた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「じゃあ凛音、夜更かしせずに早く寝るんだよ、おやすみ」


「うん、おやすみ、婆ちゃん」


 食事や入浴、その他諸々の雑事を終わらせ祖母と就寝の挨拶を交わすと凛音は自室へ入っていった。幼い頃に両親を亡くした凛音は現在祖母と二人で暮らしていた。祖母はしっかりと愛情を注いできたため、両親はいなかったが凛音が寂しい思いをしたことは皆無で、凛音と祖母は慎ましやかで平穏な日々を過ごしていた。


 凛音は布団に入るとスマートフォンをいじり出した。時刻は午後10時、一日の用事を全て終わらせると、布団の中で本を呼んだり動画を見たりしてそしてそのまま眠りにつくというのが凛音の毎日のルーティーンだった。


 凛音は足立から「この動画も見ろ!」と念押しされていた動画を開いた。『悪いやつらはぜ~んぶ私がぶっ飛ばしてやるの~』という不穏さを全く隠しきれていないタイトルの動画で、チャンネル名は『魔法少女マジカルハート』。


 昼休みに見せられた動画の主役である勇者グランと同じ『キラキライブ』というあまりにも安直すぎる名前の事務所に所属しているライバーで、アイドルのような派手な衣装に身を包んだ可憐な少女が、これまた派手な意匠の施された杖を持っており、女児から大きなお友達にまで人気のアニメに登場するようなこれぞ魔法少女という姿をしている。


 キラキライブには勇者や魔法少女の他にも超能力者や陰陽師といったメンバーが揃っており、限りなく胡散臭い雰囲気を醸し出している集団である。ただその人気を見てみるとマジカルハートのチャンネル登録者数は100万人を超えており、キラキライブ公式チャンネルの登録者数は150万人に届こうとしている。足立の話によれば彼ら彼女らが表舞台に姿を表してからまだ1年あまりしか経っていないということなので、インターネット上の文化に全く詳しくない凛音でもその人気の高さを伺い知ることができた。


 そして急速に人気を集めた理由が足立から昼間に見せられた動画と、現在凛音が見ている動画に詰まっていた。それがキラキライブ所属のライバーたちによる『バトルパート』だった。


「悪い奴らはぜ~んぶ私がぶっ飛ばしてやるのー!」


 足立に勧められた動画を開くや否や暴力的な掛け声と共にマジカルハートは画面に向かってウインクをした後、グランの動画にいたような異形たちと正対した。そして持っている杖の先を敵に向け「マジカルビーム!」と何やらすっとんきょうな声をあげる。すると杖の先からは眩い光が放射状に射出され、ゲームなどでよく見る巨大なスライムのような生命体がその光に照らされる。そして数秒の後、光が止むとそこには何かが焦げた後が残るだけでスライムの姿は跡形も無くなっていた。


 ''出た!マジカルビーム!!''

 ''ひえ~''

 ''スライム消し飛んでて草''

 ''いけ~!ぶっ飛ばせ~!''

 ''これが生マジカルビームか~''


 マジカルハートのマジカルとは思えない威力の攻撃に視聴者たちは大盛りあがりしていた。


 マジカルビームを放った直後、人一人は容易に飲み込めてしまうであろう巨大な火の球がマジカルハートへと迫るが、彼女は垂直に浮かび上がるとそのまま空中で停止した。そして二の矢三の矢と自身へ放たれる火の球を空を駆け巡り悠々と回避しながら「マジカル~ボンバー!」と叫ぶ。すると火の球を浴びせていた元凶である、体を燃え盛る炎で覆われた巨大な3匹の鳥たちの周辺に光が集まりだしそのまま強烈な閃光とともに大爆発を起こした。そして爆音と閃光が止んだ頃にはスライム同様何も残ってはいなかった。


 ''マジカルハートはがんばえ~!''

 ''マジカルボンバーも来た!''

 ''あ~あ、ハートちゃんに喧嘩売るから...''

 ''カメラ、もうちょっと下...見えそう...''


 お次のマジカルボンバーにより一部別の意味で興奮している不埒な輩も存在しているが、視聴者のボルテージはますます高くなっている。


「よ~し、最後はお前だな~」


 圧倒的な力で怪物たちを殲滅した後地面に降り立ち、まだ足りないとでも言うかのようにマジカルハートは最後の獲物に照準を定める。その怪物は一見すると悪魔を象った石像で西洋建築で見られるようなガーゴイルという彫刻に似ている。驚くことに意思持っているかのように動いており、仲間を見るも無惨に消し去られたことに憤っているのか固い石製とは思えない速度でマジカルハートへ突進していき、そしてその質量を持って彼女を押し潰そうとした。


 普通の人間なら恐らくただの肉塊となってしまうであろう質量の暴力にマジカルハートは微動だもしないでいた。そしてあわや押し潰されそうになる直前で「マジカル~パーンチ!!!」と大音声をあげると自身の右の拳を石像へ真っ直ぐと打ち放ち、そのまま5、6mはあろうかという巨大な石の塊を粉々に粉砕してしまった。


 ''うおおおおおおおお!!!''

 ''やっぱすげえ!ハート様!!''

 ''これが324あるうちのマジカルマジックのうちの一つ...''

 ''これ魔法少女のやることか?''

 ''ボッコボコで草''

 ''世界よ、これがマジカルハートだ''

 ''マジでどういう技術使ってんだろうなー''


 最後の敵を倒したことで視聴者の興奮は最高潮になり、コメントの流れもどんどん加速していく。


「う~ん、この技術は確かにすごいなぁ...」


 動画を見て思わず感嘆の声を漏らす凛音。キラキライブのライバーたちが他のyoutuberたちと差をつけそして人気を獲得しているのが、このファンからはバトルパートと呼ばれているコンテンツだった。高度なcg技術を用いているのか、はたまた高額な機器や道具を用いて俳優やスタントマンといった人々に演じてもらっているのか、凛音にはどういった方法で動画が作成されているのかは皆目検討がつかなかったが、とにかくアニメやゲームに出てくるような人物が、アニメやゲームに出てくるような敵とアニメやゲームで繰り広げるような戦いを披露する。この今までには無かった新しいコンテンツによってキラキライブはわずかな期間で絶大な人気を博していた。


「う~ん、でも俺の好みじゃないなぁ...」


 戦闘での映像の技術は今までに見たことないほど素晴らしいものであり、各ライバーの個性やスター性も十分だった。凛音からしても人気の理由も納得できるグループではあったが、やはり人には合う合わないがある。マジカルハートの動画を閉じると凛音は『ニャン吉の部屋』という登録しているチャンネルを徐に開き新しい動画をチェックする。


(う~ん、やっぱり猫が一番だなぁ...)


 ニャン吉という名前の猫の日常を撮影した映像をただただ垂れ流しているだけというチャンネルで、凛音が最も気に入っているチャンネルの一つだった。今日の動画はニャン吉が海老のおもちゃと戯れている動画で、布団に入ってニャン吉を眺めるのが凛音にとって至福の時間だった。


 ドンッ...!


 凛音が至福の時を過ごしていると、不意に家の外から大きな音がした。疑問に思い凛音は自室の窓を開け外を確認しようとする。


「...!」


 そして窓を開け外の景色を視界に入れた瞬間、凛音はハッと我に帰る感覚に襲われ布団の中にいた。


(...何だ?)


 数秒の間考え込んだ後凛音はスマートフォンの時間を見る。するともう既に時計の時刻は12時を回り午前1時30分、凛音の記憶ではニャン吉の動画を見始めたのが10時30分ほどであったため気づけばおよそ3時間ほどが経過していた。


(しまった...動画を見ているうちに寝落ちしちゃったか...)


 部屋の電気はまだ明るいままであり、恐らく動画を見ている間に寝てしまったのだろう。そう結論付けた凛音は電気を消し今度はきちんと寝る態勢に入る。


(う~ん、でもなんか体が痛いんだよなぁ、こんな短い間に寝違えちゃったかなぁ...)


 激しく運動した後の、筋肉痛のような鈍い痛みを身体中に感じながら凛音は眠りについた。

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