第4話 ようこそキラキライブへ!
「ま、魔王...???」
『魔王』
ゲームや漫画などでよく耳にする単語でありよく耳にしすぎてかえってチープささえ感じてしまう言葉で、世界征服や人類絶滅など誇大妄想で痛々しい理念を掲げている存在。凛音はこの言葉にそのようなイメージを持っていた。
「お、俺に...魔王の...魂...?」
「そう。魔族たちの王。今日僕たちが君をここへ連れてきたのはそのことについて話すためなんだ」
もちろんだが生まれてきてから15年間、凛音はそのような事実を聞かされたことや実感したことは一度もない。
「そんな、いきなり魔王とか言われても...」
「今色んなことを凛音くんに話してるけど、ここからの話が一番重要なんだ」
困惑しっぱなしの凛音に対してグランは真剣な眼差しを向ける。傍らにいた茜も足立も神妙な面持ちで凛音を見つめている。緊張感が一気に張りつめた。
「まずは大まかな概要から話すと、魔王の魂の断片が君には宿ってる。そして異世界からやってきた魔族たちはその断片を手に入れようと君に襲いかかってるんだ。本当は凛音君に気付かれないように秘密裏に処理して、いつも通りの日常を過ごしてもらいたかったんだけど...、君はこの一ヶ月に5回も襲われてる。さすがに隠し通すことは難しいし君も違和感を覚えながら生活していたはずだ。それにこの短期間にそう何度も記憶を消去すると凛音君の体にどんな影響があるのかも分からない。だから今日こうして真実を話すことになったんだ」
「......。」
グランから一気に情報を与えられ凛音は石像のように固まってしまった。グランや茜、足立から与えられた言葉を整理するのに数十秒かかり、凛音の沈黙を三人は固唾を飲んで見守っていた。
「えっと、つまり...俺はこれからもああいう化け物に襲われるってことですか?」
沈黙の後凛音はなんとか声を絞り出し、辿り着いた結論を述べた。
「とても言いづらいけどそういうことになるね...」
凛音の言葉に沈痛な面持ちを浮かべながらグランが答える。
「俺はどうすれば...」
夢やドッキリだと確信していた凛音だったが、今では縋るような目をしてグランたちを見つめていた。
「もちろん僕たちは君を全力で守りたいと思ってる。でもいつでもどこでも君の元に駆けつけられるとは限らない。だからキラキライブに所属して僕たちと一緒に戦ってほしいんだ」
「た...戦う...?俺が...?そんないきなり無理ですよ...!」
ますます話が突飛になっていき、凛音の中で困惑と不安がどんどん大きくなっていく。凛音は他愛もない日々を過ごす何の変哲もない高校生であり、いきなり戦うなどと言われてはいそうですかと納得できるはずもない。
「そこに関しては君の努力次第としか言えない。さっきも言った通り凛音君には魔王の魂が宿ってる。そして同時に魔王が持つ力の一部も宿ってるんだ。だからその力を引き出し、制御し、操ってもらう」
「魔王の力...?」
もちろんだが凛音は生まれてこの方右腕や右目が疼いたり、もう一人の自分の声が聞こえてきたりといった現象に悩まされたことは一度もない。そこへいきなり魔王の力などと言われても実感などあるはずがない。
「ああ、凛音君は恐らく気付いていないだろうけど僕にははっきりと感じるよ。君の中に渦巻いている大きな力を。もちろん僕たちも尽力するつもりだけど、一番の当事者である凛音君が自分で自分を守れる力を身に付けることが最善だと思うんだ。それに凛音君だけじゃなくて君の家族や友人に危害が及ぶ可能性だってある。だから僕たちとしては君に事務所に所属してもらいたいんだ」
「そ...その...やっぱり全部が急で...」
グランに真っ直ぐと見つめられ、凛音は思わずたじろいでしまう。急に化け物たちに襲われる身になり、更にはその化け物たちと戦わなければならない。やはり夢かドッキリか何かだという疑念が深まるばかりであり、仮に本当だったとしてもそのような決断を軽々と下せるわけがない。
「ちょっとグラン君、少し脅かしすぎじゃない?」
グランの真っ直ぐな視線に当てられながら俯いていると茜が沈黙を破るように会話に入ってきた。
「あ、いや、僕は怖がらせるつもりじゃ...」
「いきなり訳の分からないことをたくさん言われて、挙げ句の果てに化け物と戦えなんて大真面目に言われたらどんな人だってびっくりしちゃうわ。ねぇ凛音君?」
立ちすくんでいる凛音に茜は優しく語りかけた。
「今この場ですぐに決断を下す必要はないわ。今の凛音君に必要なのは落ち着いて考える時間だと思うの。取りあえず今日はもうお開きにして凛音君をお家に返してあげた方が良いと思うのだけど、どうかしら?」
凛音に気づかいの言葉をかけた後、茜はその場の全員に提案をした。
「確かに茜さんの言う通りですね。あまり凛音君を拘束するわけにはいかないですし...」
「そもそもオリオンは家に帰る途中だったもんな」
「そういえば...もうこんな時間...」
自身が下校途中だったことを思い出し、凛音は壁にかけてある時計を見るとその針は既に午後7時を過ぎていた。学校を出たのが4時であるため気付けば3時間も経過していることになる。基本的に学校が終わると凛音は家に直帰しているため、あまり遅くなると祖母にも心配をかけてしまう。
「何か他に聞きたいことはあるかしら?」
「え、え~っと、その...まだよく分かんなくて...」
訳の分からないことはたくさんあるし、疑問なこともたくさんあったが、いざ質問の機会を与えられると凛音は言葉に窮してしまった。
「それもそうよねぇ。今はまだ何が分からないのかも分からない状態だと思うわ。やっぱり今日はもうお家に帰ってゆっくりした方がいいわね」
「やっと...帰れる...」
何が何やら全く理解できていなかったが、やっと家へと帰ることのできそうな雰囲気が漂い始め凛音は安堵した様子で呟いた。
「え~と、安心してるところに水を差すようで申し訳ないんだけど...明日は土曜だから学校はお休みよね?」
「...?はい」
「部活動とか何か予定はあったりするかしら?」
「いえ、それもないですけど...」
安心したのも束の間念押しするように明日の予定を聞かれ凛音は不穏な気持ちを覚える。
「その...明日も事務所へ来てくれないかしら?もちろん今日みたいにこちらから迎えに行くし危ない目には合わせないって約束するから」
「え、え~っと...」
やっと訳の分からない空間から抜け出せると思いきやまさかのおかわりという展開に凛音は面食らってしまう。
「もしかしてここに来なきゃいけないのって一回や二回だけじゃないんですか...?」
「もしかしなくてもそうなっちゃうわねぇ...」
「...ふぅ~、分かりました」
見事に嫌な予感を的中させげんなりとした気持ちになる凛音だったが、またあのような化け物に襲われたときに今の自分ではどうしようもないため、少しの間考えた後答えを決めた。
「よし、じゃあ決まりね!そうねぇ...明日のお昼の2時くらいに迎えに行くからその時間にお家の前で待っててくれる?」
「分かりました」
とにもかくにも今は早く家へ帰りたかったこともあり、凛音は素直に相手の提案を承諾した。
「今日しなくちゃならない話はこれくらいで良かったかしら?」
「はい、とりあえず今日はこのくらい話せれば十分だと思います」
「そうっすね~」
自身の問いかけにグランと足立から十分な返答を貰うと、茜は凛音に近づき手を握った。
「今日はこのあたりでお別れだね、凛音君。分からないことや不安なことはたくさんあると思うけど僕たちは君の味方であることは絶対に保証するよ」
「おう!お前には俺もついてるからな。じゃあまた明日なオリオン!」
茜が凛音の手を握るとグランと足立がこの場を締めくくるように凛音へと別れの挨拶を述べた。全く知らない場所へ全く知らない二人に連れてこられ、かと思えば友人が突然現れて異世界だの魔王だのよく分からないことを散々言われたが、それも一旦はここで終わりを迎えそうだと感じ、凛音の心は幾分か落ち着いた。
「よし、じゃあいくわよ。凛音くんは目を閉じてて」
茜に促されるまま凛音は目蓋を閉じ暗闇へと身を投じた。
「瞬間移動《テレポート》」
茜が呟くとここへ来たときと同じように凛音は強い浮遊感と激しい嘔吐感を一瞬覚えた。そして地面へストンと着地する感触を感じた。
「はい、もう目を開けていいわよ」
茜に促され目を開けるとそこにはよく見慣れた我が家が佇んでいた。
「ここであってたかしら?」
「は...はい...」
学校の帰り道から事務所へ移動したときのように、今度は茜と凛音は一瞬で事務所から凛音の自宅まで移動していた。
「いつも見守ってるから何かあってもすぐに駆けつけるからね」
「は、はい...ありがとうございます」
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
お互いに別れの挨拶を告げると凛音は茜に背を向けて玄関に手を伸ばした。
「ただいまー」
ドアを開けると見慣れた玄関の光景が広がっていたが、今の凛音にはとても新鮮でありがたいもののように感じ、凛音は人生で最も安堵した気持ちで自宅の敷居を跨いだ。
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『オリオンー起きてるかー』
『今日の昼の2時に茜さんが迎えにいくからなー』
『起きてる』
『ちゃんと準備してるよ』
「やっぱり夢じゃないよなぁ...」
とある土曜日の昼過ぎ、時間にして13時50分頃。凛音は足立とのLINEを見て嘆息していた。
午後2時頃に家の前まで茜が迎えに来る手はずになっており、約束の時間がもうすぐやってこようとしていた。昨日に起きたこと全てが未だに信じられずやはり夢か何かかと疑わずには要られないのだが、足立から予定確認のLINEが来ており少なくとも今日茜が凛音の家まで訪ねてくることは確定事項だった。
家に帰ってきてから現在まで凛音は昨日体験したことや聞いたことを頭の中で反芻して情報を整理していた。グランや茜といった特別な力を使える人間の存在。自身に宿る魔王の魂。その魂を狙って凛音に襲いかかる化け物たち。
疑いの気持ちはまだまだ強い状態ではあったが、グランと茜が行使したと思われる超常的な能力や自身に襲いかかってきたゴブリンたちの姿を目の当たりにしているため、世迷い言であるとばっさり切り捨てることができないこともまた事実だった。
「おや凛音、出かけるのかい?」
「うん、婆ちゃん。ちょっと出てくるよ」
様々な考えごとをしながら階段を降りていると凛音は祖母から声をかけられた。
「今日も遅くなるのかい?」
「う~ん...分かんない。遅くなりそうだったら電話するよ」
「はいはい、気を付けて行くんだよ」
「うん、分かった」
昨日はいつもより遅い時間に帰宅することになり、しかも何も連絡がなかったため凛音は祖母に少し心配をかけてしまった。何をしていたのか祖母から聞かれたが体験したことや聞いたことを話せばもっと心配させることになるため、凛音はうまく誤魔化していた。
「それじゃいってきます」
「いってらっしゃい」
祖母に挨拶を告げ扉を開けて外へと繰り出す。
「あら、凛音君。今ちょうどインターホンを押そうとしてたところだったのよ」
「お、オリオン!おはよー!」
玄関から出るとすぐそこには足立と茜の姿があった。
「茜さん、おはようございます。足立もいるんだな」
「おう。ついでに俺も事務所まで送ってもらおうと思ってな」
「おはよう凛音君。昨夜はよく眠れた?」
出会った三人はそれぞれ挨拶を交わし合った。足立がいたのは予想外であったが約束通り茜が現れたことで昨日の事柄がいよいよ夢ではないことが確定していく。
「え~と案外普通に眠れましたね」
「そう、なら良かったわ。寝不足なことには何もできないものね」
「冴えない感じだけど案外肝据わってるんですよこいつ」
「冴えないは余計だ」
「ウフフ。周りに人もいないみたいだし、取りあえず事務所に行きましょうか。二人とも私の手を取ってくれる?」
軽い会話を交わすと茜は二人に手を差し出すような要求した。凛音も足立も言われたように手を差し出し凛音は茜の左手と、足立は右手とをそれぞれ繋いだ。
「二人ともちゃんと握ったわね?じゃあ目を閉じてて」
手を握ることに続き凛音と足立の二人は茜に要求された通りに目をつむる。
「瞬間移動《テレポート》」
茜が呟くと住宅街に佇んでいた三人の姿は忽然と消え失せた。
激しい浮遊感と嘔吐感を一瞬感じた後、凛音は周囲に人混みや車両の喧騒が聞こえ出したのを感じた。
「はい。二人とも目を開けていいわよ」
茜に促され目蓋を開けると一面には灰色のコンクリートが広がっており、見回すと階段や扉が見え、どこかのビルの一角であることが窺える。
「ここは?」
「事務所がある部屋の前よ。今日は他のメンバーが結構集まってるから、急に室内にテレポートするとびっくりさせちゃうでしょ?それにいきなりたくさんの人に囲まれてたら凛音君だって困るでしょうし」
「なるほど」
説明を受けて状況を把握すると凛音は少し深呼吸して呼吸を整えた。
「それじゃあ入るわよ。準備はいい?」
「オリオン、びっくりすんなよ~」
まず茜が扉を開け一番手に中へ入っていく。それに足立が続き凛音は最後に室内へ入る形となった。これから何が起こるのか皆目検討もつかなかったからか、凛音の胸中に緊張や不安といった類いの感情はかえって湧きあがってこなかった。
「みんな~、帰ってきたわよ~」
「皆さんお疲れ様で~す」
茜と足立が中にいるであろう人物たちへと軽く挨拶をする。
「このクソアマ...今日こそぶちのめしてやる...!!」
「それはこっちの台詞なんだけどー!この脳筋単細胞!!」
足立と茜の友好的なアクションに対して返ってきたのは怒号と罵声だった。
「またやってますね、あの二人...」
「も~、今日は凛音君がいるのに...」
剣呑な雰囲気を感じ取った足立と茜の二人は驚くでも焦るでもなく慣れきった様子でげんなりとした表情をしていた。
室内の様子は昨日と全く変わりはなく、pcや事務用の机が立ち並んだスペースと来客用のソファと長机が置かれたスペースが広がっていた。変わっていたのはその空間にいる顔ぶれで確認できるだけで五人の人物がいた。
五人の中の一人はグランであり、残りの四人は凛音の全く面識がない人物だった。凛音の面識のない二人の男女がお互いに罵声を浴びせあっており、それを宥めようと四苦八苦しているグラン、ソファに座りまた始まったとばかりに冷ややかな視線を送っている少女、最も目立つ位置のデスクに座り面白がっている様子で喧嘩を傍観している一人の男性、という構図ができあがっていた。
「も~二人ともまた喧嘩してるの?」
落ち着いた内装のオフィスに喧騒を作り出している二人に茜が割って入り喧嘩を一時的に中断させた。
「あ、茜さん!」
「ちっ...なんだよ...」
喧嘩をしていた二人のうち女性の方は茜に気付くと朗らかな表情を見せ、対照的に青年の方は罰の悪そうに不機嫌な顔になった。
「茜さん!良かった...」
「あ、茜ちゃん!おかえり~」
「おぉ~茜くん~。お疲れ様だねぇ~」
茜の登場に喧嘩を見守っていた三人は三者三様の反応を見せる。グランはやっと助け船が来たという感じでほっとした表情を見せ、ソファに座っていた少女は明るく朗らかに茜に声をかけ、デスクに座っていた男性は落ち着き払い、間延びした声で茜へと労いの言葉をかけた。
「いつも言ってるでしょ?仲良くしなきゃダメだって」
揉めていた二人にまるで子供を諭すかのような口調で茜は注意をした。
「え~、でも聞いてよ~茜さん~」
「うるせぇなぁ...お前には関係ねーだろ...」
茜の言葉を受けて女性は話を聞いてもらおうとして、反対に青年はつっけんどんな態度を取った。
事務所へ入るや否や繰り広げられているいざこざに凛音は呆気に取られてしまい、ただただ固まって静観するしかなかった。
「な、なんか喧嘩してるみたいだけど...」
「あ~、あの二人顔を合わせる度にあんな風に喧嘩してんだ。いつものことだから」
困惑した凛音は足立へ声をかけたが足立の反応はあっさりとしたものだった。
「二人とも落ち着いて?今日は大事な話があるんだから喧嘩は一旦お預けね?」
「「...?」」
茜が入ったことで言い争いは一旦中断され、会話の主導権は茜が握っていた。茜の言葉に喧嘩をしていた二人は怪訝な顔をする。
「足立くーん!凛音くーん!こっちに来てくれるかしらー!」
「えっ...!?」
しばらくの間玄関口で成り行きを見守っていた凛音だったが、いきなり名前を呼ばれ驚き硬直してしまう。
「やっと呼ばれたな。いこーぜオリオン」
「お、おう」
足立に促され二人は皆が集まっている来客用のスペースへと足を運んだ。
「二人ともまーたやってたんすかー?よく飽きないすねぇ」
喧嘩をしていた二人に対して嫌みを混ぜた軽口を叩きながら足立は皆の輪の中へ入っていった。
「あ、斗真君も来てたんだ。おはよー」
「るせぇ...好きでやってるわけじゃねーよ」
軽口を叩きながら現れた足立に対して喧嘩をしていた女性の方は素直に足立を歓迎し、青年の方はとげとげしく言葉を返した。
「やぁ斗真君。昨日ぶりだね」
「あ、斗真君やん。やっほー」
「あ~斗真くん~。おはようだねぇ~」
「どもっす」
足立は他の三人とも軽く挨拶を交わした。
「...え~と、その子は...?」
足立の存在を確認した後、喧嘩をしていた女性は不審そうな顔をしながら凛音へと視線を向ける。女性の疑問の言葉を皮切りに一人また一人と凛音に注目を集める人物が増え、やがてその場にいた全員から凛音は視線を集めることとなった。
「え、え~っと...こんにちは...」
一斉に注目を集めどうして良いか分からず凛音は思わず立ちすくんでしまった。
「よし、やっと落ち着いて話ができるわ。紹介するわね。新しくキラキライブのメンバーになる子よ。皆仲良くしてあげてね」
「よ、よろしくお願いします...」
茜の紹介に凛音は縮こまって挨拶をした。
「新しいメンバー...。あっ!そういえばそんな話してたような...」
「そう、前に僕たちの世界にいた魔王の話をしたの覚えてる?」
「そういえばそんな話してたな...」
茜とグランの言葉に先ほどまで喧嘩をしていた二人は何かを思い出した様子だった。
「へぇ~、じゃあこの子が...」
「こんな弱そうなガキが?本当か?」
喧嘩をしていた二人はしげしげと凛音を品定めするように眺め、それぞれ感想を漏らした。
「よ、弱そう...」
「ぷっ...!弱そう...ww」
青年のあまりにも忌憚のない意見に凛音は苦言を呈したい気持ちになったが、まだ名前も知らない相手に抗議するのは気が引けてぐっと言いたいことをこらえた。対して足立はぐっと笑いをこらえていた。
「コラ!変なこと言わないの。ごめんね凛音君。あんまり気にしないでね」
「あ、はい...大丈夫です...」
現状への困惑が強すぎて青年からの言葉に対して不快感や怒りといった感情は湧いてこなかったため、凛音は取りあえず茜に返答をした。
「よし!じゃあとりあえず凛音君に自己紹介をしてもらおうかしら」
「...!?えっ...」
思わぬ展開に凛音はすっとんきょうな声を上げてしまう。確かに今部屋にいる半数が凛音にとって名前も知らない人物であり、反対にその人々にとっても凛音は得体の知れない人間である。よくよく考えれば自己紹介は当然の流れではあるのだが何も知らされないまま事務所まで来てしまったため、当然凛音は話す内容の準備も心の準備も全くできていなかった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。名前とか年齢を簡単に言ってくれればいいわ」
「...はい。え~っと、名前は伊織凛音っていいます。年齢は15歳で高校1年生です」
茜に促され最小限の情報を述べたが、次に喋るべき内容が思い浮かばず凛音は黙り込んでしまった。高校の入学式の日に新しいクラスで自己紹介をしたことを思い出したが、その時にもこれくらいの簡素な自己紹介を行ったためこれ以上何も喋ることができなかった。
「ん?それだけか?能力とか力の説明とかはいいのか?」
しばらくの沈黙の後、喧嘩をしていた青年が口を開き疑問を呈した。
「それについては僕から話すよ」
凛音が青年の用いた奇妙な単語に首を傾げているとグランが話に入ってきた。
「凛音君には魔王の魂と同時に魔王の力も宿っている。けれど今その力は完全に眠っている状態なんだ。だからこれから徐々に力を目覚めさせて、凛音君には力を使いこなせるようになってもらう予定なんだ」
(そういえばそんな話昨日してたような...)
凛音は昨日ここで話した内容を思い出した。その時は混乱の真っ只中であったため話をきちんと聞いていなかったが、今改めて落ち着いて聞いてみても凛音には全く自分に関することだと思えなかった。
「ほ~ん。じゃあ今はただのガキンチョってことか」
「あんたもそんなに変わんないけどねー」
「んだとコラ...」
「もう二人とも!」
青年と女性はまたもや喧嘩を始めようとし、茜がそれを静止した。
「まあまあ落ち着いてくださいよ、お二方。オリオンの質素な自己紹介が済んだんだし、今度は何も知らないこいつにここのこととか皆さんについて紹介してやりたいんですけど、どうですかね?」
再び場が剣呑な雰囲気に支配されそうになったとき、足立が空気を変えようとおちゃらけながら次の話題を提示した。
「確かに!足立君、ナイスアイデア!」
「そうだね。これから一緒に活動をしていくんだしその提案には僕も賛成だよ」
足立の提案に茜とグランが賛成の意を示した。
「それもそうだねぇ~。こちらも自己紹介をしないと失礼だからねぇ~」
「お!皆で自己紹介タイム?面白そうやん!」
デスクに座っていた男性とソファに座っていた少女も足立の提案に同意を示す。
「ん~確かに、このままだと私、怖いお姉さんだと思われちゃうし。さんせ~い」
「ちっ...めんどくせぇなぁ...」
先ほどまで剣呑な雰囲気を醸し出していたとは思えないほど女性は朗らかに賛成し、対して青年は不服そうな態度を示した。
「よし!この場の8人全員賛成ということで自己紹介タイムに入りま~す」
足立が高らかに宣言した。明らかに一人だけ賛成の意思を示していない者が含まれており、そもそも凛音に至っては意見を述べてすらいないのだが頭数に入れられていた。
「と、言うわけで各々の紹介に入る前に、まずはキラキライブについて大まかに説明してやろうと思うんですけどいいですかね?」
「そうね。昨日の説明だけじゃ不十分だものね」
足立の司会進行に茜が同意し、他のメンバーも異議を唱える者はいなかった。
「まず我らがキラキライブは表向きは動画投稿サイトや配信プラットホームで活動するライバーの事務所ということになっている。ここはokだろ?」
「ああ、足立に何本も動画見せられたし、家でもいくつか見たよ」
昼休みに足立からいくつもの動画を見せられたことを凛音は思い出した。アニメや漫画のように魔法のような力を使って化け物たちと戦っている光景が繰り広げられており、この場にいるグランも登場していた。
「俺が昨日襲われた化け物と戦ってる動画がいっぱいあって迫力あったのは覚えてる」
「そう!すごかっただろうちの動画!」
凛音の半ば社交辞令気味の賛辞に足立は些か興奮気味にリアクションをする。
「色んな動画があるけど、あれがうちの一大メインコンテンツだ」
「最初見たときは最近の技術はすごいなぁ思ってたけど...」
足立から動画を見せられた凛音は時代に取り残されたおじいさんのような感想を抱いていた。
「ところがどっこい!あれはcgとか着ぐるみとか、そんなちゃちなモンじゃなくてホントに現実世界で起きてることなんだ!」
ボルテージが高まった足立はまるで映画の予告のナレーションのようにオーバーな話し方をした。
「あ、ああ...」
「...いや、もうちょいでかいリアクションしてくれてもよくね?」
「何かごめん...」
凛音の冷めたリアクションに足立は思わずツッコミをいれてしまう。しかし足立のテンションに付いていけている者はこの場にいないようで、凛音以外のメンバーも誰も反応しておらず、少しばかり場が沈黙に包まれた。
「え~と、要するに私たちのメインの活動はああいうモンスターと戦って平和を守ることで、youtubeとかの活動はその副産物なの」
「そ、そう、そうなんだ」
気まずい沈黙に茜が助け船を出し足立もそれに乗っかった。
「さっきも言ったようにライバー事務所って言うのは表の姿で、本当はキラキライブは人知れず平和を守る正義の秘密組織ってこと」
「な、なるほどぉ」
一応は納得を示した凛音だが、その心境はまだまだ半信半疑だった。
「じゃあここにいる皆さんは全員異世界から来たってことですか?」
ここまでの話を自分なりにまとめ、凛音は思い浮かんだ疑問を口にした。昨日の話ではこの世界とは別の異世界からやってきた魔族という生物たちと戦っているという話であり、実際に襲われたゴブリンも異世界からやってきた魔族ということだった。
「...?私は名前の通り純日本人よ?」
凛音の疑問に茜は不思議そうに答える。他のメンバーも凛音の疑問に少し首を傾げていた。
「あれ?でも昨日異世界から来た魔族たちと戦ってるって話してたような...」
「あ~そういえば中途半端にしか話してなかったわね。そこも詳しく説明しないとダメね」
「そういえばそうでしたね~」
凛音の言葉に茜は何か納得したような反応をし、足立もそれに続いた。
「凛音君の言う通り異世界から来た魔族たちと戦っているのは事実なんだけど、相手をしているのは魔族だけじゃないの」
また新たに告げられる情報に凛音は訝しげな表情をした。
「今私たちが交戦している勢力は主に4つ。一つは昨日話した異世界の魔族。二つ目がこの世界に元々いる妖怪やもののけと言われている存在。三つ目が世界中で暗躍している秘密結社。そして四つ目が遠い宇宙からこの地球を侵略しようとしている宇宙人」
一気に怪しい名前を畳み掛けられ、凛音の顔はとんでもなくしかめっ面になってしまう。
「今お前うさんくせーって顔したな?」
「い、いや...」
足立に心の中をしっかりと読みきられてしまい、凛音は思わずしどろもどろになってしまう。
「まあしょうがないわ。実際怪しいワードがてんこ盛りだもの」
「それはそうなんですけど...」
凛音の感情に茜はフォローを入れ、足立も今した話が胡散臭いという事実は認めざるを得ないようだった。
「まあとにかく!キラキライブはこの世を脅かす色んな敵と戦ってるんだ!」
少しムキになりながら足立はこれまでの話をまとめて凛音へとぶつけた。
「わ、分かった分かった。取りあえずキラキライブがどういう組織なのかはよく分かったよ」
今自分が所属させられそうになっている組織についての概要を大まかに知らされ、凛音は取りあえず納得の意思を示した。
「よし、じゃあキラキライブについての話は一旦終わるぞ。皆さんもこんな感じでいいですか?」
足立は話に一区切りを付けようとし、周囲に意見を求めた。
「う~ん、今の所はそんな感じでいいと思うよぉ~」
「そうだね。あまり詰め込みすぎても覚えられないだろうし」
デスクに座っていた男性とグランが足立に同意の言葉をかけ、他のメンバーも異議はないようだった。
「よし、じゃあ皆さんお待ちかね、自己紹介タイムといきましょうか」
キラキライブについての概要が終わると、今度は各々の自己紹介の時間に入るようだった。
「て言っても俺はもういいだろ?今さら紹介することなんて携帯のパスワードくらいしかないぞ」
「別に興味ないよ...。まあでも確かに足立のことは今さら紹介されてもな」
足立の軽口を流しながらも凛音は足立の言葉に賛成の意を示した。凛音と足立は中学生の頃からの付き合いであり、今さら改まって自己紹介をされても恐らく照れ臭さが勝ってしまう。
「ん~、じゃあ私から」
全員が互いを見つめ合い、数秒誰が先陣を切るか空気を読み合った末、まずは茜が立候補した。
「改めて自己紹介させてもらうわね」
茜は凛音の方へ体を向け直して話し始めた。
「え~とフルネームは立花茜。年齢は27歳。みんなからは基本的に下の名前で呼ばれることが多いわね。茜さんとか、茜ちゃんとか。凛音君も好きなように呼んでね」
はじめに茜は基本的な情報を共有した。
「そうねぇ...自己紹介だから...趣味とか話そうかしら。最近は観葉植物を育てるのにハマってて、みんなすっごく可愛いの。機会があったら見せてあげるわね。凛音くんはどんなお花が好き?」
「え、え~とそうですね...その...あんまりちゃんと見たことなくて...」
予想外の角度から質問され凛音はどぎまぎしてしまう。普段の凛音は道端の草花に関心を向けるような雅な感性を持ち合わせていないため、いきなり質問されても全く頭に答えが浮かんでこなかった。
「おい。そんな話より先にどんな活動してるかとか、どんな能力があるのかとか話した方がいいんじゃないか?」
凛音が返答に窮していると喧嘩をしていた青年が話に入ってきた。
「そ、それもそうね。あんまり一人で長く話してもあれだし、凛音君もそこが一番気になってるわよね。それに今日はまだ凛音君にやってもらいたいこともあるわけだし」
「やってもらいたいこと?」
茜の言葉に凛音は疑問を呈する。
「その話については皆の自己紹介が終わった後でね」
「は、はい」
「じゃあ趣味とか最近ハマってることとかはまた今度にして、今日は手短に大事なことだけ話すわね」
少し残念そうな顔をしながら茜は自己紹介を再開した。
「さっきも話したけど私たちは色んな敵と戦ってるの。でも普通の人間が生身で戦うなんて危険すぎるわ。だからキラキライブのメンバーはみんな普通の人にはない特別な力を持っているの。私もその一人。私の力は端的に言えば超能力と呼ばれるものよ」
そう言うと茜は応接用の長机に向けて手をかざし、その手を上へ上へと移動させた。すると茜の手の移動に呼応するように長机が上へ上へと持ち上がり、宙に浮いた。
「お、おお...」
自身の言葉を証明するように茜は机を浮かせて見せた。基本的にリアクションというものが希薄な凛音だが、目の前で起こった光景に思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
「今のが念力とかサイコキネシスとか呼ばれている力ね。超能力って聞いて真っ先にイメージする力じゃないかしら」
凛音の反応に少し嬉しそうにしながら茜は今披露した力の正体を明かした。
「他にもたくさんあるけど...空中浮遊とか瞬間移動とか、あと治癒は凛音君に見せたわよね」
「は、はい...今日も気付いたら一瞬で家からここのビルにいて...」
茜の言葉を聞いて凛音は昨日のことを思い出していた。茜がいきなり空から舞い降りてきてその手を取ると一瞬でここへ移動し、そして茜が凛音の背中に触れるとゴブリンとの鬼ごっこで貯まった痛みと疲労が一瞬で消え失せた。あの時は混乱の真っ只中で理解できなかったが、今は何が起こったのか大方予想がついた。
「私はこの力を使って悪い奴らと戦ったり皆のサポートをしているの。あとは超能力を使った動画を撮ったりしてるわね。私の自己紹介はこんなものかしら」
超能力を見せ茜は自身の紹介の終わりを告げた。
「昨日は傷を治していただいてありがとうございました。家までも送ってもらっちゃって」
「そんないいのよ。君を守れなかったのはこちらの落ち度なんだし、それにこれからは助け合っていく仲なんだから。そんなに畏まらないで」
茜の自己紹介を聞いて昨日起きたことを正しく理解した凛音は軽く彼女へと謝辞を述べた。それに対して茜は優しく言葉を返した。
「俺なんかがお役に立てるか分からないですけど...」
「大丈夫よ。初めは私もこの力を上手く扱えなかった。きっとあなたも力を使いこなせるようになるわ」
そもそも自身に特別な力があるという自覚が凛音には一切なかったのだが、取りあえず茜の励ましを受け入れることにした。
「次は僕が話してもいいかな?」
茜の話が一段落すると次はグランが立候補の意思を示した。誰もグランの言葉を遮る者はおらず二番手はグランに確定した。
「それじゃあ始めさせてもらうよ。まずは僕も名前から。フルネームはグラン・ド・ザントライユ。年齢は22歳。昨日も話したけどこの世界とは違う別の世界から来たんだ。あちらの世界では魔族から人々を守ることを生業としていてね。こちらの世界でも現れた魔族を討伐することを第一に活動しているよ」
「よ、よろしくお願いします...」
「うん、よろしくね」
声色や話し方から圧倒的な好青年の雰囲気が溢れ出ており、自身と比べて少し気後れを感じながら凛音は友好を示した。
「昨日ゴブリンを倒してくれたのはグランさんですよね?ありがとうございました。気が動転しててよく覚えてないんですけど...」
茜の時と同様に凛音は昨日助けてもらった礼を短く述べる。
「いいや、僕は自分の仕事を果たしただけだからね。むしろ助けるのが遅くなってこちらこそ申し訳ない」
「い、いえ、そんなこと...」
助けられた礼を伝えるつもりが反対に謝罪され凛音は思わず焦ってしまう。助けたことを恩に着せる様子は微塵もなく、むしろ自身の不手際であると感じ謝罪する。この少しの会話だけで凛音はグランの実直さと誠実さの片鱗を感じ取った。
「その...昨日何か強い光でゴブリンを消し去っていたように見えたんですけど...」
少し気まずく感じた凛音は少し話題を転換させた。
「あれが僕たちの持つ力だよ。魔法と呼ばれている力で、僕の世界では魔法を用いて人間は文明を発展させ、魔族に対抗しているんだ」
「すごい威力だった...」
実際にゴブリンが消し飛んでいるのを目の当たりにしているためその力の強大さはあの一瞬でもひしひしと感じることができた。
「そういえばチャンネル名にも書いてますし、足立も言ってたんですけど勇者って言うのは...?」
凛音は気になっていたことを思い出し、疑問をグランへとぶつけた。凛音の記憶を辿るとチャンネル名はフルネームではなく『勇者グラン』となっており、足立も本物の勇者であると熱弁していた。
「ああ、それはね、魔王という存在は何度倒しても甦る半ば不死のような存在でね。そして復活するたびに僕たちの一族が打ち倒してきた歴史があるんだ。初めに魔王を倒したご先祖様が勇者と呼ばれるようになって、そこから僕たち.の一族に代々受け継がれてきた称号なんだ」
「な、なるほど。すごく由緒正しいものだったんですね」
「あはは。そんなに大したものじゃないよ」
ほんの少しの自己紹介を聞いただけで非の打ち所のない人物のように見えるが、それ故に心の余裕があるのかグランは謙遜の手を緩めることはない。
「どうかな?少しは僕のこと知ってもらえたかな?」
「は、はい。とてもすごい人だということが存分に...」
顔も良く性格も良く特別な力も持っている。話し方や立ち居振舞いから恐らく家柄も良い。正しく勇者と呼ばれるに相応しい人物であると凛音は感じた。
「僕の紹介はこの辺りでいいんじゃないかな?そろそろ次の人に譲るよ」
グランが自身のターンの終了を宣言しバトンが次の者へと渡された。残りの4人は凛音が本日初対面の人物のみであり、凛音はグランと茜の時と比べて些か緊張を覚えた。
「次ウチが喋ってもええ?」
「どーぞどーぞ」
「私も後で大丈夫だねぇ~」
グランの次に声をあげたのはソファに座っていた少女だった。喧嘩をしていた女性とデスクに座っている男性はどちらも少女に譲る意思を見せた。喧嘩をしていた青年は何も喋らずしかめっ面をしていたが、かといって否定の意思も見せなかったため次は少女が話すことになった。
「それじゃーお言葉に甘えて。ウチは望月紗良。望む月って書いて望月。糸偏に少ないと良い悪いの良で紗良。14歳のピッチピチの中学二年生やで~」
紗良と名乗った少女は軽快に自己紹介を始めた。セーラー服に黒髪のショートカットという出で立ちで、非常に愛らしい印象を与える風貌をしていた。
「あと喋り方で分かると思うけど関西出身で生まれも育ちも奈良県や」
勢いの良い喋り方や先ほどまでの他のメンバーとの会話の様子から活発で明るい性格であることが窺え、方言がその印象に拍車をかけていた。
「よろしくね。えっと、望月さん」
凛音はほんの一瞬、言葉に詰まってしまう。初対面であるため気安い接し方ができるはずもなく、かといって年下の女の子にお固い敬語で話してしまうとかえって気をつかわせてしまうかもしれない。そう逡巡した後、凛音は敬語を用いることはないが敬称は付けるという折衷案に落ち着かせることにした。
「うん。よろしくね~、伊織君」
そういった凛音の考えを知ってか知らずか、紗良も同じように対応した。
「で、今までの流れ的にウチの能力の話になるんやけど...、ウチの家、いわゆる陰陽師ってやつやねん」
「陰陽師...」
またもや胡乱げなワードが登場したが昨日今日で胡散臭い話を聞きすぎたため、凛音はここで話の腰を折るような真似はしなかった。
「陰陽師って言っても色んな流派があるんやけど、ウチは妖怪の力を借りて戦うんや」
「あれ?でもさっき茜さんが妖怪と戦ってるって...」
先ほどの茜の話では交戦している4つの勢力のうちの一つに妖怪がいるということだったため、妖怪の力を借りるという言葉に凛音はひっかかってしまった。
「ひと括りに妖怪って言っても色んなのがおってな。人間に悪意を持って傷付けたりする奴もおれば、人間に友好的で助けてくれたりする子もおる。そういう子たちの力を借りてるんや」
「なるほど」
紗良の説明に合点がいき話を続ける。
「ちょっと待っててな。茜ちゃんみたいにウチも力を見せてあげるわ」
紗良はそう言うと目を閉じ呼吸を整え集中し始めた。
「
少しの沈黙の後、紗良は目を見開き何かを呟いた。
「耳...尻尾...!?」
すると紗良の体からまさしくきつね色の耳と尻尾が生えていた。
「あら~、相変わらずとっても可愛いわ~」
「ふふっ、ありがと茜ちゃん」
耳と尻尾の生えた紗良を見て茜が端的に感想を述べ、それに対して紗良は満更でもなさそうな表情だった。
「どや?すごいやろ。他にも色々あるんやけど、こんな感じで妖怪の力を自分に憑依させんねん」
紗良は驚いている凛音を見て満足げな顔を浮かべている。
「解除」
解除と呟きパンと紗良が軽く手を叩くと耳も尻尾もたちまち消え失せ、元の人間の姿へと戻った。
「よし。ウチの自己紹介タイムはこんな感じでええかな。これからよろしくな、伊織君」
「うん、こちらこそ」
自身の説明をあらかた話し終えた紗良は締めの言葉を述べ、凛音も軽くそれに返す。
「ほな次は...」
「じゃあ次は私いこっか」
次は誰にバトンパスしようかと紗良が残りの三人を見回していると、喧嘩をしていた女性が次を引き継いだ。
「よし、やっと私の印象を挽回できる。凛音君に怖いお姉さんだと思われちゃうところだった」
「別にいいだろ、事実なんだし」
「は?」
「ちょっと二人とも!」
青年の言葉にまたもや険悪な雰囲気に早戻りしそうになり、そしてまたもや茜がそれを静止する。
「もう、口挟まないで!」
「へいへい」
女性は抗議の声をあげながら青年に釘を刺し、青年はそれをうざったそうにしながら聞き流した。
「ごめんね、凛音君。それじゃ改めて」
「は、はい」
凛音は終始二人の空気感に気圧されており、少し緊張した面持ちで女性の話を聞く態勢に入った。
「名前は速水心音。今は大学2年生。最近20歳になったんだよ~。これから困ったことがあったらなんでも聞いてね!先輩としてなんでも教えるよ」
少し茶色がかった髪色のショートカットに落ち着いた色合いのワンピースで身を包んでおり、可愛らしさを残しつつ大人っぽさを感じさせる風貌をしていた。
「あ、ありがとうございます」
先ほどまで青年と火花を散らしていた姿はどこへやら、現在凛音の目には明るくて親しみやすいお姉さんの姿しか写っていない。
「それで、私の能力なんだけど...どうやって説明しようかなぁ」
心音は自身の能力をどう説明しようかと思案し始め、話す口がぴたりと止まった。
「オリオンは心音さんの動画見たことありますよ」
「あ、そうなんだ!じゃあ話が早いね」
「え?速水さんの動画を...?見た覚えないけど...」
足立が助け船を出すが凛音には足立の言葉に全く身に覚えがなかった。
「あれ?昨日マジカルハートの動画見たって話してなかった?」
「え?マジカルハート?」
唐突に出てきた名前に凛音は思わず訝しんでしまう。確かに凛音は数日前にマジカルハートの動画を視聴し、昨日の放課後に足立と話しているときに話題にあげた。しかしその話が今何の関係があるのか凛音には判然としなかった。
「もしかしてお前気付いてない?」
「私がそのマジカルハートだよ~」
「え?」
予期せぬカミングアウトに凛音は思わず言葉を失ってしまった。
「でも、髪の色とか...話し方とか...」
確かによくよく見てみると顔立ちは記憶にあるマジカルハートにそっくりだったが、現在の姿と違って髪色がピンクであること、着ている服も現在のような落ち着いた雰囲気のものではなくアイドルのような煌びやかなものであること、そして何より口調が全く異なっていること。これらの要素により凛音は心音がマジカルハートであるとは全く気付いていなかった。
「あ~、あの姿は『変身』した時の姿なの。話すと長くなっちゃうからあれだけど、あの姿に変身することで悪い宇宙人をやっつけてるの」
「な、なるほど...」
これも普通であれば冗談か何かの類いだと処理してしまうような話だが、これまでにも突拍子もない話をいくつも聞かされたため、凛音はすっかりすんなりと受け入れる態勢になってしまっていた。
「その、あの口調は...?」
姿や能力については理解できたが、一つ凛音の中ではまだ一つ疑問が残っていた。
「魔法少女なんだから可愛いほうがいいでしょ?何か問題でも?」
「そ、そうですね...?」
口調についての質問には有無を言わせぬ語気で対応され、先ほどまでの親しみやすさは消え失せていた。凛音にこれ以上の質問をする勇気はなく、場の空気も一気に冷えきってしまった。
「そ、そのマジカルハートの動画...とてもすごかったです...」
「ホントに?ありがとー!」
一瞬にして強ばってしまった空気を元に戻そうと凛音は社交辞令の世辞を述べた。
「よし、じゃあ私の自己紹介はこれで終わり!次はアンタね」
初対面の自己紹介としてはもう十分だと感じたのか、これ以上の詮索をされると面倒だと感じたのかは分からないが、心音は終了を宣言し喧嘩をしていた青年へと話を促した。
「あぁ...?俺?」
「次やらないとアンタがトリになるけど?」
「うへぇ...それは勘弁」
心音に促された青年は面倒臭そうな態度を取るが最後になるのは嫌だったようで不服そうではあるが話し始めた。
「名前はフレイ。年齢は多分18くらい。以上」
フレイと名乗った青年は灰色の髪と青い瞳が特徴的であり、恐らく日本人ではないことが窺える。整った顔立ちではあるのだが目付きが狼のように鋭く、その気だるげな態度と相まって少々威圧感のある人物だった。また身を包んでいる黒色のパーカーがその威圧感に拍車をかけており、この場にいる中で最も近寄りがたい雰囲気をを醸し出している人物だった。
「えっと、他には...?」
フレイは自身の名前と年齢を述べるとあまりにも早く終了を宣言してしまった。
「他に何かいるか?」
何かの間違えではないかと凛音が追加の会話を促すが、フレイはそれをバッサリと一刀両断してしまった。
「いやいや、さすがにもっと話しなさいよ。と言うかそもそも力とか能力の話をしろって言ったのはアンタでしょ」
見かねた心音がフレイに苦言を呈した。
「て言ってもなぁ、俺の能力なんて別に何の面白味もないだろ」
「まあ確かに。単純でつまんないもんね、アンタの能力」
「あ?やんのかテメェ」
「もう!ストップストップ!顔を合わせるとすぐこれなんだから...」
本日何度目になるか分からないフレイと心音の諍いに、本日何度目になるか分からない茜の制止が入った。
「早く言いなさいよ、アンタの能力w」
心音は少し小馬鹿にするようにフレイに能力の説明を求めた。
「ちっ...俺の能力は...その...」
フレイはなぜか能力の説明をするのを言い澱んでいた。
「フレイ君の能力は簡単に言うと、とてつもない怪力ね」
「おい!茜!」
「ブフッ...ww」
「おい!テメェ!」
言葉を濁すフレイに変わって茜がフレイの能力を説明した。
「魔法とか超能力とか陰陽師とかいる中で力が強いだけ...ププッw」
「ぶっ殺す!」
「心音ちゃん、からかっちゃダメよ。それにフレイ君はそんな言葉使っちゃダメ!」
フレイの能力を蔑むように心音が吹き出し、フレイはその態度に怒号をあげていた。そんな二人を保護者の様に茜が諌めていた。
「怪力ですか...?全然そうな風には見えないです...」
フレイにはボディビルダーやプロレスラーのように屈強な筋肉は窺えず、服の上からの感想ではあるがどちらかと言えば細身に見えた。
「特異体質ってやつだ。もう俺の話はいいだろ。次いけ、次」
自身に注目が向くことがあまり好きではないのか、フレイはさっさと自分の自己紹介を終わらせたいようだった。
「もう、しょうがないんだから...」
「まあまあ、いいじゃあないの。フレイ君がどういう人柄かは今のやり取りで十分伝わったと思うよぉ~。よし、じゃあ最後に私だねぇ~」
嘆息する茜に対してデスクに座っている男性は先ほどのやり取りに満足そうな表情をしており、最後に自身の自己紹介を始める旨を表明した。
「というわけで、私の名前はトミー冨岡。年齢は永遠の18歳ということでお願いするよぉ~」
凛音がトミー冨岡と名乗る男に抱いた第一印象としては、とにかく胡散臭いという印象だった。全体的にウェーブがかかった金と茶色が混じった長い髪にサングラス、加えてうっすらと生えた口ひげと顎ひげ。更に目を引くのは茶色と赤が交互にデザインされたストライプのスーツにピンクのネクタイというあまりにも派手な格好でその姿は町で一瞬すれ違っただけでも覚えていられそうな姿をしていた。
加えてふざけているとしか思えない名前と年齢、そして不自然な間延びした喋り方とこの世の胡散臭さを全て詰め込んだような人物だった。
「え...え~と...」
「ああ、失敬。力や能力の話だったねぇ」
凛音はただ名前や年齢や外見についてどうツッコんでよいのかどうか迷っているだけだったのだが、冨岡は凛音が能力を見せることを期待していると勘違いしたようだった。
「実は私はただの一般人なんだよねぇ。ここにいる皆みたいに特別な力を持ってるわけじゃあないんだ。これといって何の特徴もない平凡な男だよぉ」
「い、いや...」
本心なのか冗談なのか自身を平凡と言ってのける冨岡だが、特別な能力を持っているのとはまた違った方向で個性的であることは間違いなかった。
「まあ強いて私の特徴的な所をあげるとするなら、私がこの事務所の社長であるということくらいだねぇ」
「...え?」
いきなり出てきた社長という単語に凛音は思わず耳を疑った。
「しゃ...社長...?」
「そうだぞオリオン、びっくりしただろ?こんなに早く社長に会えるなんてよ」
「い、いや...そこじゃなくて...」
足立は凛音が唖然としているのをいきなり社長と顔を会わせたからだと勘違いしているが、凛音としてはこんな珍妙な人物が代表であるということに驚きを隠せなかった。
「びっくりしたでしょう?凛音君。うちの社長すっごく個性的な人だから」
「ハッハッハッ、トミーでも冨岡でも好きなように呼んでくれたらいいよぉ。社長というのはただの肩書きだから、私は皆とフランクな関係を築きたいと思っているよぉ」
「が...頑張ります...」
一目で変わった人物であると分かるが友好的に迎え入れている様子であったため凛音はひとまずホッと胸を撫で下ろした。
「ようし、これで今いるメンバーの自己紹介は終わったねぇ」
「そっすね、他のメンバーはまた今度でいいんじゃないですか?ひとまずは終わりにしますか」
「そうね。最初から沢山話してもパンクしちゃうだろうし」
茜、グラン、紗良、心音、フレイ、そして冨岡。足立以外のここにいるメンバー全員の自己紹介が取りあえず完了し、冨岡、足立、茜の三人もこの辺りで終わっていいだろうという判断を下していた。
「凛音君、君を新たなメンバーとして歓迎するよ。よろしく」
「年の近いメンバーが増えてウチ嬉しいわ。よろしくね」
「先輩としてできる限り助けるからね、よろしくね!」
「まあ、せいぜい頑張りな」
グラン、紗良、心音、フレイの四人もそれぞれの言葉で凛音に歓迎の意を伝えた。
「え...え~と、まだ何が何だかよく分かってないですけど...取りあえず頑張ります...」
凛音としては何が何やら分からないままこの場にいるのだが、ここのメンバーに仲間入りしないとまたゴブリンのような化け物に襲われてしまう可能性を考えるともう後には引けなかった。
「それじゃあ改めて、キラキライブへようこそ。私たちは君のことを歓迎するよぉ」
冨岡の宣言高らかに凛音の新しい生活が幕を開けようとしていた。
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