第5話 特訓開始!

「さてここにいるメンバーの紹介も終わったし、凛音君には今からやってもらいたいことがある」


「やってもらいたいことですか?」


 現在この場にいるキラキライブメンバーの紹介が一段落し、凛音に次の指令が下されるところであった。


「取りあえず移動しよう。茜さん」


「はいはーい」


 グランは茜に声をかけ茜も呼び掛けに軽く応じた。


「申し訳ないんだけどまた私の手を取ってくれるかしら?」


「は、はい」


 茜に促されるまま凛音は茜の左手を取り、グランは右手を取った。


「お、もう行くんですか?」


「ああ。あんまり悠長にもしていられないからね」


「それじゃあ凛音君、頑張ってねぇ」


「ばいばーい、またねー」


「またどっかでお話でもしよなぁ」


「じゃあ行くわよ、瞬間移動テレポート


 他のメンバーに見送られながら凛音、グラン、茜の姿は忽ち事務所から姿を消した。


 一瞬激しい浮遊感と吐き気に襲われた後、凛音は周囲の空気や音が変化したことを感じ取った。茜の瞬間移動を体験するのはこれで4回目になるがまだまだこの感覚に体が慣れる様子はなかった。


「はい、着いたわよ」


「ここは...」


 目蓋を開けた凛音の目の前に広がっていたのは一面に広がる木々たちだった。見渡す限り360°全てに鬱蒼と樹木が生い茂っており、背の高い木々のせいで太陽の光が遮られまだ昼時だというのに辺りは薄暗く肌寒い。耳を澄ますと鳥の鳴き声や何か小さなものが草木を掻き分ける音が聞こえてくる。


「うちが所有している森だよ。周りには民家もないから人目につかない」


 現在凛音たちは事務所からどこかの森深くに移動したようだった。


「ここで何を...」


 薄暗い森の奥深くに何も分からないまま連れてこられた凛音は一抹の不安を覚えてしまった。絵面だけみれば何か事件性を疑ってしまうような状況だった。


「早速で申し訳ないんだけど凛音君、まずはその場に立って目を瞑ってくれるかな?」


「はい」


 凛音は言われた通りに目を瞑って直立不動になった。


「心配しないでね。何かあってもすぐに対処できるから」


 凛音の不安を察知したのか茜が優しく声をかけた。しかし何かあってもすぐに対処できるという言葉は裏を返せばこれから何か起きるかもしれないということであり、凛音はかえって不安が増してしまった。


「深く深呼吸して、リラックスして」


 凛音が目を閉じているとグランは背中に回り込んで凛音の両肩に両手を乗せ、静かに凛音に話しかけてきた。


「できるだけ体の力を抜いて、何も考えずに頭の中を空っぽに」


 グランに言われた通り凛音はできるだけ脱力し脳内をクリアにしていった。


「...?」


 数十秒の間グランの指示通りにしていると凛音は何か体に違和感を覚えた。


(あ、熱い...)


 凛音は自身の体が内側からどんどん熱を帯びていくのを感じていた。周りは冷涼な空気に包まれているにも関わらず凛音は肌にじっとりと汗をかき始めていた。特にへその下あたりから猛烈に熱を感じ、凛音はまるで腹の中に焼け石がズシンと鎮座しているような感覚に陥っていた。へその下を熱源としてその熱が身体中を駆け巡っているような感覚であり、旋毛から爪先まで熱に侵されていた。


「はぁ...はぁ...」


 いつしか凛音は息をあげており、とても落ち着いていられるような状態ではなかった。


「凛音君、まだだ。もう少し耐えてくれ」


「お...俺に...何を...!」


 息も絶え絶えに喋ろうとするが喉が焼けるように熱く、凛音はうまく言葉を発することができないでいた。


 そうしている内にグランが凛音の肩に手を置いてからおよそ5分ほどが経過し、凛音の体には熱だけでなく激しい痛みも生じていた。体の節々が痛むが特に頭と尻に割れるような強い痛みを感じていた。全身を蝕む激しい熱と痛みに凛音の意識はだんだんと遠のいていく。


「がっ...があっ...!!」


 そしてそのまま凛音は呻き声をあげながらその場に膝から崩れ落ちてしまった。


「よし、よく頑張ったね。」


 意識を失いかけ、凛音が地面にうずくまってようやくグランは凛音の肩から手を離した。


「あ...がっ...!げほっ...おおぉ...!!」


 グランが手を離した後も凛音の身体にはまだ激しい熱と痛みが蠢いており、凛音は胃の中身を地面へとぶちまけてしまった。


「ごめんね凛音君。すぐに手当てするから」


 思い切り吐き終え肩で息をしながらうずくまっている凛音の背中に茜が手を当てる


治癒ヒーリング


 茜が呟き凛音の背中にしばらく手を当てていると段々と凛音の呼吸が落ち着いてきた。


「な...何が起こって...はぁ...はぁ...」


 途切れ途切れの息をしながら凛音は自身に起こったこときついて説明を求めた。


「斗真君、映像は撮れてる?」


「え...?足立?」


 突然出てきた名前に凛音は当惑してしまう。


『はい、バッチリ撮れてますよ』


 グランが呼びかけるとどこからか足立の声が聞こえてきた。しかしその声はどこか違和感があり、いつもの足立の声ではなかった。


「ありがとう斗真君。さっそくその映像を見せてもらえるかな?」


 凛音は顔をあげ辺りの様子を見回すとそこには謎の小さな球体の機械と話しているグランが目に写った。


「グランさん...それは...?」


「これは、え~と、何て言ってたかな」


『凛音起きたか!大丈夫か...?』


 機械から凛音の身を案じる言葉がかけられ、その声はロボットが話しているような機械的な音声ではあったが確かに足立のものであった。


「あ、足立?」


『びっくりさせちまったな。今俺の声が聞こえてくるこれは簡単に言うとドローンカメラだ』


「ドローンカメラ...」


 どういう構造かは分からないがその球体の機械は空に浮かんでおり、カメラのレンズのような物も確認できる。


『このドローンを通して事務所から話しかけてるんだ』


「そんなことできるんだ...」


 茜の能力のおかげで凛音はかなり呼吸を落ち着かせており、立ち上がって会話もできていた。いきなり謎の機械から足立の声が聞こえてきたため少々驚いたが今は体が悲鳴をあげている状態ではあるためそれどころではなかった。


『映像投影の準備ができました。今から仮想スクリーンにさっき撮った映像を写します』


 足立が何やらよく分からない単語を述べると機械のレンズ部分から光が放射状発せられ、何もない空中に映像が浮かび上がった。


「これは...俺たち...?」


 映像には鬱蒼とした森の中に佇んでいる凛音、グラン、茜の三人が登場しており、目を瞑っている凛音とその凛音の肩に後ろから手を置くグラン、そしてそれを見守る茜という場面から写し出された。


 しばらくして凛音が苦悶の表情を浮かべ始め、グランが凛音の肩に手を置いてから1分ほど経過すると凛音の体に変化が表れてきた。


 まず指先が黒くなり始め、そこから侵食していくように手首、肘、肩とどんどん凛音の両腕が黒く染まっていった。また体の色の変化とは反対に黒かった髪が旋毛から真っ白に染まり始めた。そして2分ほど経つと今度は凛音の額と尻に大きな変化があった。


 額からは小さな黒い突起物のような物ができ始め、それは時間の経過と共に肥大していきやがて禍々しい大きな一対の角が凛音の額から生えていた。また尻からは黒いへびのような物がどんどん伸びていき、それはやがて長大な尻尾になった。


 3分ほど経過すると凛音の姿は完全に人間の見た目ではなくなっていた。額には大きな角、尻からは長い尻尾、そして四肢は黒く、髪は白に染まっていた。またよく見てみると瞳は赤く歯は鋭くなり凶悪な人相になっていた。


 それはまさしく悪魔と呼ぶに相応しい容貌をしていた。


「こ、これは...俺...?」


 目の前に写し出された映像に凛音は唖然とするしかなかった。


「今のが凛音君の中にある魔王の力が発現した姿だよ。僕の魔力を君に流し込んで君の中に眠っている力を呼び起こしたんだ」


『があっ...グルオォォ...!!』


 映像の中の悪魔は呻き声をあげながら悶え苦しんでいたが、やがて角や尻尾は引っ込んで体や髪の色も元に戻り、いつもの凛音の姿に戻って映像は終了した。


「ごめんね凛音君。いきなりこんなショッキングな映像を見せちゃって。でも凛音君のこれからのためにも絶対に見てもらわなきゃいけなかったの」


「本当にすまない、凛音君。でも君に魔王の力を引き出して制御してもらうためには必要な工程だったんだ。君にはさっきの姿に安定して自由自在に変身できるようになってもらう」


「あの悪魔みたいな姿に...?」


 グランの言葉に凛音は動揺が隠せないでいた。


「ああ。あの姿の時になれば凛音君は強大な魔王の力を扱えるようになる。だからさっきみたいに僕が君に魔力を流して力を呼び起こす。そして凛音君には徐々にあの姿に慣れてもらう」


「あんなのを何回も...」


 凛音はさきほど変身する時に体験した発熱や痛みを思い出し身震いした。


「さっきは眠っている状態だった力を無理やり呼び覚ました形だからね。体への負担も一番大きいやり方だった。簡単に言うといきなり水門を開けて一気に水を流し込んだ感じかな?」


 グランの説明を受けて凛音は少し合点がいった。グランの言うように先ほどへその下を中心として、手足の末端まで急流な川のように熱が一気に行き渡っているような感覚を覚えた。


「今まで閉じていた門を開いたから今凛音君には体に魔力の流れができているはず。何か体に変化を感じないかな?全身にエネルギーの流れを感じるとか、体の中心に大きな熱の塊のような物を感じるとか」


「そういえばなんか...まださっきの余熱みたいなのが」


「恐らくその感覚で正解だね。証拠に君から君自身の魔力を感じるよ」


 先ほど苦しんでいた時に感じていた腹の中の焼け石が、小さくはあるがまだ居座っているような感覚があった。グランの言葉を信じるならばこれが魔力の感覚なのだろうと凛音は推測した。


「さて、これから凛音君には魔力を使いこなすための訓練をしてもらうことになる。もう一度凛音君に僕の魔力を流し込む」


「も...もう一度ですか...」


 先ほどグランに魔力を流し込まれた時に自身に起きた体の変化やそれに伴う苦痛を思い出し、凛音は顔が恐怖で歪んでしまう。


「心配しないで。さっきのは君の中に眠っている状態だった力を叩き起こすために強い魔力を流し込んだんだ。今度は体への負担が小さい範囲で流し込むからさっきみたいなことは起こらないよ。でも確かにさっきのは体への負担は相当大きかったはずだ。もし厳しいようなら今日はもう終わって明日にしようと思うけど、どうかな?」


「そうね。凛音君にとっては始めての経験だし、いくら私の力で回復したと言っても無理は禁物よ」


『体をちゃんと休めるのも修行の一環だしな。無理したらできるもんもできなくなるし』


 凛音の身を案じて三人は今日はもう切り上げるという選択肢も用意した。


「...いや、俺やります。やりたいです」


 しかし三人の配慮をありがたいと感じながらも凛音はそれを断った。


「こっちに気を使う必要はないのよ?凛音君のペースでやるのが一番なんだから」


「できるなら早く力を使いこなして自分一人でも何とかできるようになりたいです。それに俺を襲ってくるやつらは俺が力を付けるまで待ってはくれないでしょうし」


 今体に負担がかかることへの恐怖よりも悠長にしている間に危険に巻き込まれることへの恐怖の方が勝っていた。


「分かったよ。こちらとしても早く使いこなせるようになってくれたらありがたいし、凛音君の意見を尊重する。でも本当に危なくなったら、それこそ命に関わるような状態になったら止めるからね」


「はい。そこはお願いします」


 グランが凛音に最終確認をして修行の続行が決定した。


「斗真君の言ってた通り中々肝が据わってるね、凛音君」


『そうなんすよ。見た目に似合わずそういうとこあるんすよ』



「見た目は関係ないだろ」


 足立の軽口を受け流しつつ凛音はグランの次の言葉を聞く態勢に入った。


「じゃあもう一度魔力を流すよ。準備はいい?」


「はい」


 凛音は立ったまま目を瞑りリラックスして頭をなるべくクリアにした。その凛音の肩にグランが手を置くと凛音の中にまた熱が沸き起こってきた。先ほどと同じようにへその下あたりから熱が起こりそれが全身へと広がっていく。凛音はまるでサウナに入った時のような息苦しさを覚えたが、一度目のように激しい割れるような痛みは起こらなかったため少し安心していた。


「おへその下あたりから熱が昇ってくる感覚が分かるかい?」


「は、はい...」


「その熱が全身に広がっている感覚もあると思う。じゃあまずは...そうだね、その全身に広がった熱を右手に移動させるイメージを持ってみて」


「右手に...」


 グランに言われた通りに全身に流れる熱が右手に集中するイメージを作ってみる。がしかし何の変化も感じられず10分ほど経過した。


「一旦止めよう」


「は...はい...!」


 傍目から見れば凛音は10分間目を閉じて突っ立っていただけに見えるが息も絶え絶えに呼吸しており、まるでシャトルランを終えた直後のように全身にはぐっしょりと汗をかいていた。


「ぜぇ...ぜぇ...すいません、こんなに早くバテちゃって...」


「そう卑下することじゃないよ。君の体にとって魔力が流れることは初めての経験だからね」


 不甲斐なさを感じる凛音にグランは軽く励ましの言葉を送った。


「どう?右手に熱が集まる感覚はする?」


「今のところあんまり変化は感じないです...」


「休憩がてら一度イメージや感覚を整理してみよう。魔力の流れはよく水の流れに例えられる。熱の中心を水源としてそこから全身に枝分かれして川のように魔力が流れていく。もし凛音君が東西南北に流れる水を東側の川だけに流したいと思ったときどういう方法を取る?」


「...東側以外、北と南と西の水の流れを止めます」


 少し考えた後凛音はこのように答えた。


「なるほど、良い考え方だね。じゃあ今度は熱を右手に移動させるんじゃなくて右腕以外の場所の流れを塞ぐようなイメージでやってみよう」


 再度凛音は目を閉じて立ち、グランがその肩に手を乗せる。またもやへそを中心に広がっていく熱の感覚が沸き上がり、全身が高熱に浮かされる。


「人間には大きな川が5つある。右腕、左腕、右足、左足、そして首。いきなり右腕以外への流れを全部止めるのは難しいから、まずは左腕への流れだけを止めてみよう。胴体と左腕の間、ちょうど左肩のあたりに水門があって、それを閉じるイメージをしてみて」


 凛音はグランの言葉に耳を傾けながら集中し、左肩に力を入れて熱の流を止めるようなイメージを作った。


「魔力が流れないということは熱もなくなるはずだよ。君の左腕は全身に比べてどんどん冷たくなっていく」


 まるで催眠術にでもかけるかのようなグランの語り口調にあえて乗っかっていくように凛音は意識をグランの言葉に傾ける。


 左腕へ流れる熱を塞き止めるイメージ、左腕の熱がどんどん失われていくイメージ。そのようなイメージを頭の中で浮かべながら集中しているとだんだんと体がそのイメージに引っ張られているような感覚を覚えた。


 左腕に流れている熱がどんどん少なくなってき、どんどん熱も冷めていく。代わりに左腕以外の場所の温度が少し上がったような気配があった。


「よし、止めよう。いいよ凛音君。少しではあるけど魔力の流れをコントロールできていた。まずはこの練習を続けて左腕、右足、左足、首とどんどん魔力を塞き止められる箇所を増やしていって、最終的に一箇所だけに魔力を集中させられるようにしていこう」


「は、はい...!」


 凛音はクタクタになりながらグランの言葉に返事をした。


 この日凛音は日が傾き空が茜色になるまで魔力の修練を行ったため、家に帰ってからはすぐに雑事を終わらせ気絶するように床に着いた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







「オリオーン飯食いに来てやったぞー」


 とある日の昼下がり、和気藹々とお喋りをしながら昼食に舌鼓を打つ生徒たちがいる教室に溌剌とした声が響き渡る。


「なんだその恩着せがましい言い方は」


 来てやったという足立の言い草に凛音がツッコミを入れ、二人のいつもの会話が始まろうとしていた。


「相変わらずキレのあるツッコミだね~オリオン君」


「足立もいつも通り元気だな」


「おう!俺はいつでも元気100倍よ」


 凛音の元気という言葉は誉めたわけではないのだが、足立は知ってか知らずか額面通りに受け取った。


「お?何か動画見てるのか?いかがわしいやつじゃないだろうな~?」


「勝手に見んな」


 スマートフォンで動画を見ながら昼食を取っていた凛音だったが、足立は不躾に凛音のスマートフォンを覗き込んだ。


「ってあれ?キラキライブの動画じゃん。お前も沼に片足突っ込んできたか?」


 凛音が見ていた動画が予想外の物だったのか足立は少し驚きを露にした。


「これから一員になるんだし、ちょっとでもどういう人達か知っておこうと思って...」


 魔力の特訓が始まってから凛音はグランと茜とはある程度会話をしており、この二人に関しては大まかな人柄や性格を掴めていたのだが、他のメンバーに関しては自己紹介の時に顔を合わせただけ、もしくは顔すら知らない者が多数であった。そのため凛音はyoutubeに投稿されている動画を見て理解を深めようとしていた。


「それは殊勝な心掛けですなぁ、でどんな動画見たの?」


 感心したような言葉を述べながらも足立は凛音のスマートフォンを覗き込むことを止めない。


「今はエルフのステラさんの動画見てた。この人はこの前事務所にはいなかったよね?」


「そうだな。何か他に用事あったらしい。ステラさんはグランさんと同じ異世界出身だからお前の特訓の参考になるんじゃないか?」


「え?そうなの?」


 ステラは動画内にて、画面を覆い尽くすような炎で魔族を焼き払ったり、津波のような勢いの水で敵を押し流したり、嵐のような突風でモンスターたちを吹き飛ばしたりしていた。それはまさしく魔法であり足立の言葉に凛音は合点がいった。


「でもすごすぎて参考にならないよ」


「はは、確かに」


 ステラの操る魔法はどれも災害そのものと言ったレベルであり、凛音に真似できるような部分は一つとしてなかった。


「他には?」


「え~と、まだ知らない人だと妖怪と一緒に戦ってた土御門さんと、速水さんみたいに変身してた如月さん...かな?」


 youtubeにチャンネルがあるキラキライブのメンバーは全部で8人おり、グラン、茜、紗良、心音、フレイの5人は先日事務所で顔を合わせたが、残りの3人はyoutubeで顔と名前を知ることになった。


「あ~天理さんと湊くんか。お前...天理さんは分かるけど如月さんって...湊くんは11だぞ」


「年下なのは見て分かるけどそんな馴れ馴れしい呼び方なぁ...」


「ぷっw確かにお前紗良ちゃんも望月さんって呼んでたもんなw」


「うっさい」


 凛音のぎこちない対人処世術を人の懐に入るのがうまい足立がこれでもかとからかう。


「でもびっくりしたな。まさかまだ小学生の子も所属してるなんて」


 自分より年下で中学生の紗良を見た時も驚いたが、それより更に下がいたことに凛音は驚きを隠せないでいた。


「ホントだよな。まあでもキラキライブに所属してる方が色々安全だと思うけどな」


「確かに。俺も知らない間に助けられてたみたいだし」


 足立の言葉にゴブリンに襲われたことやそれよりもっと前日、凛音にとっては記憶のない部分についての話を思い出した。


「そういうこと。にしてもあちいな~」


「もう6月だからね。これからどんどん暑くなるよ」


「魔族とかも大変だけど、温暖化も深刻だぜ全く...お、ちょうどいいところにお茶あんじゃん。ラッキー!」


「あ、馬鹿!やめろ!飲むな!」


「ケチ臭いこと言うなって、俺とお前の仲じゃん」


 初夏の暑さへと苦言を呈しながら足立は机の上に置いてあった凛音の水筒へと手を伸ばし、凛音の静止も聞かずにその中身を口へと運んだ。


「ぶっ!まっず!!!」


 勢いよく水筒の中身を口に入れた足立だったが、次の瞬間今度は口の中身を盛大に吹き出してしまった。


「だから言ったのに...」


「げほっ...!かほっ...!なんだよこれ...!」


 吹き出す瞬間に気管へと入ったのか、足立は苦しそうに咳き込んでいた。


「水筒の中身お茶じゃないんだよ。全く...人の話聞かないから...自業自得だ」


 咳き込んで苦しそうにしている足立を心配するでも介抱するでもなく、凛音はただ冷ややかな目線を向けていた。


「こんなまずいもんこの世にあんのかよ...」


 症状が落ち着いてきた足立は呼吸を整えながら先ほど自ら口にした液体へと恨み言を言っていた。


「これ、グランさんから貰ってるんだよ」


「え?グランさんが?」


 凛音はこの液体の出所を明らかにし、意外な名前が出てきたことで足立は目をぱちくりさせた。


「その...特訓の内容は知ってるでしょ?いつもグランさんに魔力を流して貰ってるんだけど...グランさんがいない時にも練習できるように魔力がこもった水を貰ってるんだ」


 周りにあまり声が聞こえないように凛音は足立の耳に近づき、ひそひそと話した。


 最初の森での特訓の後、土日に練習をするだけでは魔力の操作を習得することは中々時間がかかるということで、平日の暇な時間にも自主練習できるようにとグランから魔力がこめられた水を渡されていた。この水を飲むことでグランから魔力を流された時と同じような状態になることができ、登下校中や休み時間、家に帰ってからの自由な時間に森での特訓と同じように流れる魔力をコントロールする練習を行っていた。


「なるほど...て言うかそれを早く言えよ!」


「足立が何も聞かずに勝手に飲んだんだろ!」


 液体の正体を聞いた足立が逆ギレを起こしたが、凛音がそれに正当にキレ返した。


「ま、まあ...取り敢えずオリオンも色々頑張ってんだな...俺は応援するぞ!」


 分が悪いと感じたのか、足立は意義を申し立てる方向から凛音の努力を応援する方向へと話をシフトし始めた。


「全く調子のいいやつめ...」


「で、成果はどうなんだ?」


 足立の軽い態度に呆れた様子の凛音だったが、構わず足立は会話を続行した。


「最初よりかは魔力を操れるようになってるけど...いざ魔族と戦うってなった時にはホントに対抗できるのかまだ不安かな...」


 日々の努力のおかげか当初より魔力をコントロールする感覚を掴んできていた凛音だったが、その成果がいざ実践になった時に通じるのか不安を吐露せずにはいられなかった。


「まあお前はサボったりしないだろうし、焦らずじっくりやれば大丈夫だろ。ちゃんと力が付くまで皆サポートしてくれるだろうし。もちろん俺も含めてな」


 凛音の不安と焦りを取り除けるようにと足立は激励の言葉をかけた。


「ああ、ありがとう。まあぼちぼち頑張るよ」


 足立の言葉に少し心が軽くなったのを感じながら、凛音は昼食の弁当に箸を伸ばした。

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