第11話 新世界より


 コバルト・ブルーのアクアリウムは大きく揺らぎました。そこは昏く、光はありません。「種」の、アズライトのお顔に浮かぶ、アズライトの宝石だけが、怪しい光をはなつのです。

 六体の「核」たち――ラピスラズリやラリマー、サファイア、タンザナイト、ベニトアイト、フローライトただったもの――はゆったりと目をとじて、自分の宝石を隠します。宝石の色は、もはやアクアリウムに生じたです。そして、「核」のシアン・ブルーも。この青いアクアリウムに必要なのは、コバルト・ブルーの青だけなのです。

 

 アズライトはやおら、自分のお顔に爪をたてました。


 目玉をひとつえぐり、ひっぱりだします。ごぼり、と音を立ててコバルト・ブルーがあふれ出します。じくじくとした痛みがアズライトの中を駆けめぐりますが、それすらもここちよく思うのです。からっぽになった目の穴はこぽこぽと小さな水泡を立てるとまた、新たなアズライトが現れました。アズライトは空いた足先で、ラピスラズリだった「核」のお胸をつらぬきました。まるで、春をむかえる前にあったような穴が大きなお乳の間に生じます。ラピスラズリはそのお顔を大きくゆがめて、小さくうめきますが、アズライトは気に留めません。もう片方に持っていたアズライトの宝石をその穴にはめこみました。


 そう、これが「種」なのです。


 ラピスラズリの体は大きく跳ね上がりました。シアン・ブルーは大きく波打ち、ゆらぎます。そして――大きく、大きくその体は膨らんでいきました。それはどんどん、どんどん大きく膨らんで、足も尾っぽもお顔も飲みこんでいきます。大きくなるにつれてラピスラズリは上へ上へと浮かんでいきます。

 こんどは、サファイアだった「核」のお胸をアズライトをつらぬきました。サファイアは大きくのけぞって、悲鳴を上げます。アズライトは自分のお顔に爪を立て、またあらたな「種」をえぐりだします。そしてサファイアに空けられたその穴へそのあらたな「種」を埋めこみます。するとサファイアもまた、膨らみはじめました。大きく、おおきく。また上へ上へと浮かび上がっていきます。


 それはまるで、わき起こった水泡が水面へと呼ばれていくようです。またひとり、またひとつ。あぶくが立っては浮かび上がっていきます。

 

 ごぼり。

 

 ラピスラズリだった大きな球が中でわきたちました。中はごぽごぽと音を立てて、小さな、小さなラピスラズリとアズライトのかけらがわきたちます。それらはお水をつくりだして、中をみたしていきます。そしてつぎにお花や木々。おおきな光るクジラさんが生まれ、宙をただよう小川を流します。そしてつぎからつぎへと小さな羽ごろも魚さんを生み出して、大きなお魚さんをえがけるようにし、あまったかけらで糸あめクラゲさんたちをつくります。

 あぶくはコバルト・ブルーのアクアリウムになったのです。そしてそれはラリマーやサファイア、タンザナイト、ベニトアイト、フローライトたちでできた大きなあぶくも同じで、みんな新しいコバルト・ブルーのアクアリウム


 ――新しい「有」に、「世界」なったのです。

 

 さいごのアクアリウムができあがるのを見とどけると、「種」は、アズライトはうっすらとほほえみました。もう、アズライトに「種」はありません。コバルト・ブルーのお顔には大きなふたつ穴が戻っているのです。もう、何も見えません。音もありませんから、聞こえることもありません。アズライトはかぎりなく、「無」へと近づいていました。そして今――ほんとうの「無」へと戻るときがきたのです。


 ずぶり。


 アズライトは自分のお胸をつらぬきました。お胸にあいた穴からどろどろと溶けていきます。あの、焼けるようなじくじくとした痛みがアズライトをつつみこみます。けれども、これがアズライトにとってさいごの「有」なのです。穴はどんどん、どんどん広がっていきます。溶けた先からコバルト・ブルーは個体から液体へ、液体から気体へとかえっていきます。アズライトをかこむコバルト・ブルーのお水も同じように音を立てることなく「無」へとかえっていきます。アズライトは痛みをたのしみながらも、小さくわらいました。のこされた口元は、さいごまで音にならない笑い声を上げながら、静かにひっそりと消えていきました。








 それから、それぞれの新しいアクアリウムには新しいあたたかさとおだやかさが訪れました。


 おそれることは何ひとつない、やわらかな世界です。ニゲラやシノグロッサム、リナムやデルフィニウムといった青いお花さんたちは上も下もないアクアリウムを旅するように浮かび、それをおおうように木々がわらいます。しゃらしゃらと音をたてて小川は小さな雨をふらせながら流れます。

 そのなかで、新しい蛍クジラさんがきらきらと光をこぼしながら世界を照らし、そのかたわらをすいすいと、羽ごろも魚さんたちの群れがすぎてゆきます。糸あめクラゲさんたちは自由にあちらこちらへただよいます。

 

 すると、青いお花――スコルピオイデス花びらの先からひとつ、なものがそこに生じました。

 

 色はコバルト・ブルーよりもうんと白いペール・ブルー。で、青い宝石で短い棒と長い棒を二本ずつ、にょきりとくっつけています。つるつるの胴体には大きなひとつの穴をあけています。その上にある、ひときわ大きな宝石の上には平たいお顔。ふたつの大きな穴と、音を鳴らすみっつの穴をあけています。頭にはてかてかの長いペール・ブルーの布をくっつけて、ひらひらさせています。

 その生き物は七体ほどあって、みんな同じお顔で、同じくらいの大きさでした。

 きみょうな生き物のうちの一体で、ブルー・スピネルの宝石をもつ生き物が大きなふたつ穴をにっこりとさせて言います。



 

「おはよう、あたらしい世界」

 

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カエルレウム・アルカ ―新世界より― 花野井あす @asu_hana

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