知ってた顔

 揮発の陽炎がたなびく。青白い火が燃料の表面を這った。ライダーの腹に巻かれた自爆ベルトはすでに燃料まみれだ。


 見て取ったアカリの眼に火が写り込んだ。

「デカくま、ハツネちゃんを《安全なエリア》に連れ出して」

「へっ?」

 即座に巨大くまのぬいぐるみ(以降デカくまと称す)は動き出した。ハツネをむんずとつかまえ、毛むくじゃらの小脇にかかえて割れた窓へと突進。

「あああああもうオレあダメだぁ! くまにさらわれてりゅぅううーーー!」

 ハツネはこの世の終わりみたいな悲鳴をあげた。デカくまは意にも介さず頭からガラス窓の残骸を突き破りルーフバルコニーをごろごろ転がってピョーン。飛び降りた。

「くゃぁぁぁぁぁあ死んだぁああもう死んだあああ!」

 重力に引かれた悲鳴が落ちてゆく。


 ユートは振り返った。ゆっくりと息を吐く。黙っていれば気づかずにいられたものを。愚かなまま。無力なまま。。奥歯が削がれて軋んだ。

「それはですよねェ……?」

 篭絡の甘いいざないにも似たうかつな一言が、記憶領域の水底に沈んだ声をひそやかに呼び覚ます。あのとき、いったい、何を聞いたのか。


「放っとけユート、逃げるで!」

 必死の声が急かす。アカリはユートの腕を強くつかんだ。

「約束したやろがい、ハクもうちもソーナもルカもアルカも《あの三人》も、ユートが助けんでだれがみんなを助けてくれるんや!」


 ユートはゼクトの手元に視線をやった。中指を一本オッ立てている。強引に現実へ意識を引き戻した。


 廊下の壁をぶち抜いて、生き残りのハリボテ頭脳無しどもががなだれ込んできた。見境なしにロケットランチャーをぶっ放す。轟音と破片と誘導の煙が弧を描いた。着弾。閃光。轟音が室内を埋めつくす。

 血と燃料が首無しライダーを包んだ。自爆ベルトに稲妻が走る。

を止めるな!」

 ユートは誘爆寸前の死体をぶっ壊れたバイクもろともゼクトめがけて蹴り滑らせた。ゼクトはぱきんと指を鳴らす寸前で硬直。悲鳴をあげて逃げ出した。


「あああぁァァァナンデあと《一秒》ってところでこっちに丸投げすンですかァァ僕ちんのこと愛してないんですかァアァァァァーーッ!」

「ええから総員、退避ーーーーッ!」


 アカリの号令のもと、全員もみくちゃ団子になって窓へと突進。ガラスの残骸をまき散らして脱出。

 運命の秒針が、チッ、と音を立てる。

 バイクとライダーと自爆ベルトが爆発した。

 爆炎が部屋を舐め尽くした。赤と黒と黄色の奔流が窓から噴出する。

 身体が遠心力で縦に回転した。ルーフバルコニーを越えてバウンド。宙に舞う。


 熱気に目と喉と意識を焼かれる。ユートは自分でも聞こえない声で何か怒鳴っていることに気付いた。気が付けば足元には何もない。

 風が耳元で逆巻く。窓から放り出されたらしい。落下中だ。


「ゼロ」


 寸前までユートたちがいた部屋を、漆黒の金属球が飲み込んだ。コンクリートとガラスの壁面内部から《何もない球形の空間》が瞬時に拡大。

 コンマ一秒後には、側面からアイスクリームディッシャーでくり抜いた形にすっぽりと《消失》していた。上昇気流が一瞬だけ強く空気を吸い上げる。

 ビル全体が、だるま落としのようにがくん、とちぢんだ。壁一枚で支えた上階部分がゆっくりと折れ曲がった。ななめに傾く。湾曲する断面から、階段や屋根裏配線、水道ガスの配管が露出した。

 一瞬止まった泥水が吐しゃ物のごとく流れ出した。ひしめいていたであろうハリボテ軍団の姿は跡形もない。


 軽やかとは言い難い勢いで着地というか墜落した。

 斜めに転がって肩と背中で衝撃を散らす。三階から吹っ飛ばされて無事で済んだだけでもヨシとせねばならない。


「逃げろ! 倒れるぞ!」

 怒鳴るその横を、丸めた雑巾の勢いでアカリが転がっていった。ハツネはデカくまの腕にすっぽりと収まって無事。ゼクトは両手を広げてタケトンボみたいに回転しながら空を飛んでいる。器用なやつだ。


 アカリは鼻の頭を擦りむいた顔で怒鳴った。

「ユートのあほう! また死ぬところやったやないかああ!」

「また死なずにすんだ」

「そこは否定せえっ!」

 ビルが倒壊する。粉塵と瓦礫が放射状に巻き上がる。

 目を三角に剥いたアカリの頭上を、容赦ない発砲音が飛び過ぎた。

 閃光に撃ちすくめられる。ユートは遮蔽物に飛び込んだ。

「待ち伏せされとるやんか!」

「シカタナイネ」


 ビル火災からあぶり出したところを始末するべく配置されていたのだろう。ゼクトの柄付き手榴弾ポテトマッシャーに巻き込まれて消失したのは頭カラッポの突撃する肉壁Ураааааааа!!!! 班だけだ。


「おおお下ろせええ放せえもうやだ死にたくなぁああい助けてええおばあちゃあああああああああああん……!!」

 ハツネの悲鳴が銃火に混じる。

 苛烈な砲弾の交錯する戦場のど真ん中。腕にハツネを抱えたままのデカくまがボケーッと突っ立っていた。完全に単なる射的状態だ。


「ハツネちゃんはユートと違うて普通の神経やな」

 アカリは感心してフムフムとうなずく。

「当たり前だーーッ!!」

 右から左から撃ちまくられ、ハツネは足をじたばた、鼻をひんひん泣きわめく。

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