もうヤダこんな一分ごとに心臓麻痺しそうな日常
バイクに轢かれ跳ね飛ばされて踏んだり蹴ったりのあげくに黒革ソファもろとも壁に挟まり玉突き事故。壁が崩壊した。
ボーリング状態でごろごろ転がり、がれきと一緒くたに廊下へ放り出される。
「ぐへえッ!」
まぶたの裏に紫の火花が散った。後頭部から収納ロッカーに激突。事故に巻き込まれた哀れなモップがバタバタ倒れる。
「ストライーーーーーッ!」
ゼクトは親指を立ててバチンとウィンク。
「るせえ!」
トタンのバケツを投げ返した。
漏れたバイオ燃料が廊下の床一面に塗り広がるなか、らりっぺライダーは土留め色の導火線をひきずって起き上がる。
「逃がすかオラァ!」
ゼクトは壁から生えたマシンガンを引きちぎった。嘲笑の弾丸をまき散らす。
「グヒャヒャヒャヒャヒャァ踊れ踊れ踊れェエエhッヘヘヘヘらったったァアッァーー!!」
フルオートの血しぶきミシンがライダーの全身を床へと縫い付けた。
糸の切れたでんでん太鼓が血とオイルの床に踊り狂う。
駆け戻ってきたアカリが狂喜乱舞するゼクトの頭をモップでぶん殴った。
「ダイナマイト見えとらんのかボケェ!」
「んぶッ!」
ゼクトは口にモップを突っ込まれてフガフガと悶絶。その隙にアカリは近くの壁から生えていた銃を三本まとめてかっさらい、1、2、3のジャグリングでユート、ハツネ、ゼクトに投げる。
「ヤッホイ、ユート死んどる?」
がれきとソファに埋もれたままユートは銃をキャッチした。
「たぶんまだ」
「階段から増援がウヨウヨ来よるで」
アカリの背後に巨大くまがぬぅっと仁王立ちした。
「来る前にぶっ飛ばした連中かもしれん。ほら、ハツネちゃんもメソメソしとらんと
階段を駆け登ってくる足音は十人以上。こんこんと
「ふああああんオレぁもうダメだーーッこんなやつらと一緒にいたら40秒で死ぬるゥ!」
渡されたショットガンを胸に抱いてハツネは泣きべそをかいた。巨大くまの毛皮にしがみつく。
「無理オレもう無理! オレはかよわい民間人なの! ごく普通のごく一般的な横流し密輸業者でちょっとヤンチャな元女子高生トレーラー乗りを戦闘偏執狂どもの抗争に巻き込むとか、テメーら鬼だああもうヤダこんな一分ごとに心臓麻痺しそうな日常!」
「死んだらうちが一秒間に600回の超振動マッサージして蘇生さしたる」
「全身が破裂するわ!」
「大丈夫やて、イケメン校長先生も
アカリはけろりと笑いかけた。
「あごがもげるほど殴っといてそれはねェすけ」
ゼクトは割れたサングラスを鼻に乗せ直し、ゆらりと上半身を起こした。
ライダーに冷笑ぶくみの横目を走らせる。血の痕だらけでもう生きているはずのない身体が、なぜかぶよぶよと動いていた。
「……また大行列じゃないですかァ」
口元にだらしのない笑みがのぼった。青い眼の底に喜悦の光がゆらめく。
「敵さんがか?」
ユートはバケツをむしり取って投げ捨てた。トリガーに指をかけて待ち受ける。
誰だか分からないがたぶん敵さん(だと思う)一団が階段を駆け上がってきた。壁に貼りついたまま手りゅう弾をブラインドファイアで投げ入れる。
「ご挨拶だなおい!」
手から離れた瞬間の弾体を狙って一発ぶっ放した。
手りゅう弾は鋭角度で跳ね返り、壁の向こうで爆発。胴体とおさらばしたハリボテ頭だけが
交錯した鉄片が頭上を飛ぶ。
背後のどこかで鉄板のひしゃげる音がした。誤動作のサイレンが大音響をがなり立てた。
「火事です。火事です。火事です」
スプリンクラーの底が抜けた。泥雨が降り始める。
「そんなに迫ってくんなって、顔の圧がつええよ圧がよ」
ひとしきり毒づいてから泥水の垂れ幕をはねのける。ちょうど邪魔な首なし死体を蹴り倒した後続の黒服軍団がショットガンの雁首をならべて構えるところだった。
発砲の寸前に両膝を撃ち砕いて火線をそらす。連射の破裂音と火線が螺旋に走った。壁に蓮コラの花が咲く。
焦げた臭いと腐った水煙とが立ち込めた。
足元に泥水。割れたガラス窓から、瞬断するネオンの赤色光が斜めに差し込んだ。水しぶきが視界を奪う。状況はますます悪い。それでも闇に白いハリボテ頭は実によく目立った。
銃声が止む一瞬をついてヘッドショット。
中身をまき散らすことなく空っぽのハリボテだけがはじけ飛ぶ。
入れ替わりに、コン、コン、コン、と煙の立ち込める廊下を硬い音が転がった。足元に手榴弾3つ。ちょっぴり青ざめる。
「ヤベ……」
身をひるがえす前に手榴弾を蹴り返す。
一秒後。ビルの上半分がもげるほど揺れた。真っ赤な爆風が廊下を突き抜ける。廊下の窓という窓が割れて煙とガラスのバックドラフトとなって盛大に夜空へ噴出した。
ユートはぬれねずみの焼きモモンガ状態で吹き転がされた。元のヤクザオフィスへと叩き込まれる。
「無理無理無理無理これ以上は残業手当をもらわんと無理」
「時間稼ぎご苦労さん」
「だから新しいコートと作業服と長靴とチェストリグ4セット買いたいんだが」
「服ならいくらでも売ってやるから助けてえ!!」
アカリがぴいぴい泣きわめくハツネの襟首をつかんだ。
「人聞き悪いこといわんといてえ。まるでうちらが脅しとるみたいやん」
「おいゼクト非常階段はどっちだ案内し……」
ゼクトはらりっぺライダーの枕元に立っていた。力むようすもなく、だらりと銃口を下げたままだ。
足元に差し込む赤光が、ふっと消える。
慈悲の弾丸がハリボテ頭を破片に変えた。軽はずみな発射音と銃火の閃光が口元の微笑みを断続的に照らし出す。
ハリボテの中身はやはり空洞——
では、なかった。
ブラックライトを浴びて薄青く光る液体が床に広がる。なめらかな蛍光を発する切断面から、赤く蠢く小指ほどのものがポトリ、と。生まれて落ちた。またひとつ、ポトリ。ポトリ。ポトポトポトポトポトポトポトポト——
ゼクトは甘ったるい微笑を横目に流してユートを見た。黒手袋をはめた右手の親指をくいとしゃくって示す。
どす黒い燃料に浸かってなお蠢き続ける赤い小さな蟲の行列を。
「世界を壊す厄災その2をもたらしたのが《誰》なのか」
手足が感電したかのように動かない。
「もしかしたら……オニィチャンも本当は知ってんじゃねェのォ?」
眼の前に見えているのに、ゼクトの声も聞こえているのにどうしても現実を受け入れられない。恐怖が脳を萎縮させ、思考と理解の信号を停止する。意味がわからない。昨日からずっと同じ過去のヒット曲を流すラジオみたいに。
黒と赤のガラスアンプルを思わせる色の組み合わせを、ハリボテ頭を、薄青い蛍光を、首の後ろのむずがゆさを。
知っているのに、見えているのに、覚えているのに。
あえて目を逸らせば、真実を見ずに済ましてしまえば、少なくとも今だけは忘れられると思ってごまかしてきた《事実》。それが何を意味するのか、どうしても。
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