300キログラムの鉄と肉と爆発可燃物のブーメラン
衝撃で窓ガラスが粉々に砕ける。あおりをくったハツネがあお向けに吹っ飛んだ。すかさずゼクトがお姫様キャッチ。ハツネは真っ赤になって往復ビンタ。
「触んなボケェ!」
「理不尽なァ!」
「無事かアカリ」
背後のコントを無視してユートは怒鳴った。腕をかざして爆風から眼をかばい、巨大くまのプレスクラッシャー攻撃からアカリの胴体を引っこ抜く。
「何すんやクマぁ! ハクの貯金箱返せやぁ!」
巨大くまの手を内側から跳ね返してへし折りながらアカリは毒づいた。頭をぺしゃんこにされたように見えたが全然大丈夫のようだ。
飲みかけの納豆コーヒーが大きく揺れてひっくり返り、中身を床にぶちまけた。巨大くまを載せたキャスター付きの椅子が勝手に走り出し壁を突き破り、ビリヤードの玉みたいにジグザグに跳ね返って廊下にアカリを放り出した。
「ほぎゃあっ!」
「チビ!」
追いかけようとしたハツネをゼクトが腕に巻き込んで制止。
「離れたら死ぬよォ?」
「モウヤダテメーらとつるんだら早死にするうう!」
べしべしひっぱたくその隙に上の階から鋼鉄の巨岩が崩落するのにも似た轟音。
「おい待て何だこの音さっきから!」
さらなる爆音が上の部屋から聞こえてくる。ちょうど真上だ。
ユートはソファにでんぐり返るゼクトとハツネを振り返った。転がり落ちる岩に似た音はますます大きく、確実に近づいてくる。
「ダイジョーブ鉄壁の防衛システムに守られてますんで地上からの侵入は不可能」
「屋上は?」
轟音はすでに耳を聾する。ゼクトは冷や汗ダラダラの笑顔で窓の外を見た。
「ごらんくださいいつでもフルタイム外から侵入襲撃し放題の広いルーフバルコニーがすぐ窓の外に!」
ズンッ! と窓の外に爆音が着地した。床が揺れる。
「そう言うことはもっと早く言えーーッ!」
窓の外に闇と光。巨大な影が窓ガラスに映った。ハイビームにしたヘッドライトが壁を斜めに切り裂く。
ブラインドと壁とプロジェクタースクリーンが割れた。外からトレリスフレームの鉄騎が殴り込んでくる。
重低音から高回転域にまで一気にアクセルを噴き上げる音がとどろいた。排気ガスの猛烈な熱気が吹き込む。
「ノックは盗聴の前!」
返事の代わりにまたガラス破片が飛び散った。ルーフバルコニーから飛び込んできたバイクは、重役デスク上に着地。後輪をついてウィリー。空ぶかしのエキゾーストが黒煙と爆音とちぎれた電話をばらまく。
「ってか誰だ!」
「モブ敵っしょ」
「分かりやすい状況説明ありがとうございます!」
乗り手は漆黒のジャケット、肘、膝、胸部すべてに漆黒のプロテクター。ヘルメットは白いハリボテ型らりっぺたんフルフェイス。
当然ハリボテフルフェイスのせいで顔は見えない。
頭以外黒ずくめのライダーは、何のためらいもなくアクセルを全開した。
泣きわめくタイヤに鞭打って突っ込んでくる。完全に轢き殺す気だ。
「家の中をバイクで走っちゃいけませんって学校で習わなかったか」
華麗なマタドール仕草で身をかわす。バイクは膝つきで車体を横滑らせて室内を強引にターン。
ユートはキャスター付きの椅子を引っ掴んだ。
「せめて交通ルールぐらい守れ」
背もたれの軸をつかんでぶん投げる。
椅子はあえなくはじかれた。窓枠をひんまげて外へと跳ね飛ばされる。ガラスの雪景色が真っ赤な夜に舞った。
窓の外はデコボコに入り組んだ廃屋ビル群と彼方の夜にこうこうとそびえる真っ赤なカジノタワー。きらめくレッドオーシャンビューは120億ビット円の夜景。
エンジンの轟音が風に吹き散らされた。風通しばつぐん。眺望ばっちり。なびくカーテン巻きつけていつでも地獄へフライハイ。
ユートはハリボテライダーの腰に電線に繋がった筒をぎっしり並べたベルトが巻かれていることに気づいた。
「こいつ自爆テロする気だ」
笑顔がひきつる。
ゼクトが両手で頭を抱えて悶絶する。
「僕ちんの高級コンドミニアムらんらんレジデンス三階建て築六五年駅近徒歩1800分内装フルリノベーション済みの家具家電血痕付きで個人のプライバシーと悲鳴も完璧に隠匿できる万全のセキュリティ完備事務所兼ヒミツアジトの窓に! 窓に! おっきな穴がァァァ!」
「ご愁傷様。事故物件の告知事項がまた増えるな」
「……あ゛あ゛あ゛ーーーーーッ!」
破れた窓を前にゼクトは足をばたつかせる。
蹴飛ばしたテーブルの天板が割れてデカい赤い丸い自爆スイッチが出現した。
たかだかと足を上げて踵落としの体勢。
「ブッ散らばれやァァァァーーーー!」
ボタンごと蹴り破った。
部屋の光景が一変した。ルーバーが反転して壁が縦に割れる。天井、壁、ソファ。巨大くまのぬいぐるみがふんぞり返っていたデスクの天板までもがまっぷたつに割れた。百八十度、天地が返って、仕掛け絵本のように開く。
次の瞬間。
台座付きの重機関銃が迫り上がる。壁から天井から蜘蛛の足のような幾重にも折れ曲がる漆黒の鋼鉄アームが無数に生えた。マニピュレータの先端すべてに銃がセットされ、標的を自動設定。オプティカルサイトの照準が赤いレーザーの光点となってバイクに一点集中。
自動追尾。
自動照準。
一斉に作動。
「クヒヒヒヒヒャァッーーー!!!」
車体をレーザーがなで斬りにした。
後輪のタイヤとマフラーが輪切りになってバラけた。間にユートが立っていようがお構いなしだ。マフラーが黒煙を噴いた。
「俺まで撃つな! わざとか!」
十字砲火から逃れてソファの裏に転がり込む。背もたれの上半分がスパァンと三角に切れた。
床材が溶けたバターみたいに沸騰する。
バイクの燃料タンクが鈍い音を立てて破裂した。バイオ燃料を床にぶちまける。
制御を失ったバイクは横滑り。300キログラムの鉄と肉と爆発可燃物積載のブーメランが突っ込んでくる。
「何でこっちに来るだぁーーッ!」
室内で轢き殺されるとか、もらい事故にもほどがある。ひよことおイモ畑の走馬灯が脳裏をよぎった。
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