びっくりドッキリ再生機能

「夕方ごろこっちに着いてさ、おキ……ゃくもいることだし先にコイツんとこ報告行こうと思ってタワー寄ったららりっぺ団どもがワヤワヤ邪魔してきやがっ」

「ぁはッ美味ちィー」

 わざと覆いかぶせるかのようにハツネの説明セリフをさえぎって、ゼクトは両手でコーヒーカップを包み持った。湯気でサングラスがくもる。

「レンちんのヒリたてクソ茶最高ォーー♡」

「飲めるかいンなもん」

 アカリは顔をひきつらせる。

「そういうときはこーすんだよ」

 ユートはオレンジジュースのグラスを巨大くまのぬいぐるみの鼻先に持っていった。

「ほれ、あーん」

「あーん」

 おとなしく口を開けた巨大くまに一口飲ませる。ガラスレンズの眼がキランと光った。プリントした感熱紙を長々と吐き出す。


 アカリはハツネと頭を寄せあってレシートの内容を読み上げた。


「えーとエネルギー197 kJ炭水化物11.75 g糖分9.35 g食物繊維2.4 g脂肪0.12 gトロイホース0.11g飽和脂肪酸0.015 g一価不飽和脂肪酸0.023 g多価不飽和脂肪酸0.025 gタンパク質0.94 gトリプトファン0.009 gトレオニン0.015 g」

「ん?」

「何?」

「何かヘンなもんまざっとらんかった?」

「何が?」

スカトールうんこ臭なしですゥ。よかったですねェ?」

 クソは入ってないらしい。安堵してユートはク粗茶のカップを口へと運んだ。

 まずは優雅なコーヒーブレイクを楽しむ。深煎りの芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。いつも飲んでいるパチモノ根っこコーヒーとはものが違う。本物を知るとはまさにこのことか。


「なかなか良い豆を使ってる。マンデリンか」

「特注の納豆ですゥ」


 肩をすぼめてゼクトが言う。ユートは手にしたカップを乱暴に皿へと戻した。がちゃんとスプーンが跳ねる。

「もういい帰る。それより弑瀬シセ恋矢レンヤといったか。何でわざわざあんなヤツらを呼んだ」


 カジノタワーの支配人ともあろうものが配下のハリボテ頭らりっぺ団どもに自社ビルを占拠され好き放題暴れるのを見て見ぬふりとは何たる失態か。正々堂々、多連装ミサイルポッド付トレーラーで正面からひき殺しに来たハツネは横に置いとくとしてこんなに「責任者出てこい」のクレームがふさわしい場面はない。


 ハツネとアカリもそろって首をかしげる。

「おうよ、らりっぺ団どもに調子こかせたまんまでいいのかよ」

「そやそや、あいつらやんかアルカとハクさろうたんは。すぐにカチコミ行かんと」

 ゼクトはいっそう深くソファに身を沈めた。笑う目が糸のように細くなる。

する言ったでしょうがァ」


 がたりとコーヒーカップが揺れた。スプーンが跳ね、皿からころげ出す。テーブルが揺れている。床まで揺れ始めた。いったい何が——

 答えは隣にあった。巨大くまのぬいぐるみがあごがもげんばかりの激しいヘッドバンキングしている。あまりにも揺れすぎてもう残像しか見えない。


 そのときはじめて銀スプーンの柄尻飾りに気が付いた。アーミーグリーンの月桂冠を縦につらぬく十字剣の紋章。意匠を取り巻くスクロールに書かれたモットーは細かすぎて読み取れない。だがそこに書かれている文章を、ユートもアカリもたぶんいやになるほど知っている。


 アカリは完全にひけた腰をぎくぎくと浮かせた。

「な、なんや? なんでくまちゃんガタガタしとんの? なんか変なもん食うた?」

「お前が飲むはずだったジュースにトロイの木馬入ってた」

「毒うう!?」


 巨大くまの口がグワァと開いた。口の中からアームが伸び、折り畳まれていたマニピュレータが死神の爪めいた形に分かたれて展開する。自分が吐いた粒子砲を飲みこんで自爆したはずの腹のいったいどこにそんなびっくりドッキリ再生機能が組み込まれていたのか。


「やっぱ入ってましたねェマルウェアwwwww」

「草生やすな!」


 まともに考える間もなくユートはアカリのサロペットの紐を後ろからぐいと引き寄せた。

「避けろアカリ!」

「ほげぇ!」

 間一髪。マニピュレータは肩に下げていたサコッシュを引きちぎった。中からハクの貯金箱が転がり出る。


「あっ!」

 おもわず手を伸ばすアカリに先んじてマニピュレータは貯金箱をつかんだ。一瞬で奪い去り、口へと運ぶ。

 ガキンと上下のあごが閉じた。口から火花、ケツからは黒い煙が噴きだす。エンジン始動。ぬいぐるみが動き出す。


「あっちょっ何すんの返さんかいそれハクのや!」

 アカリはユートを振りはらい、巨大くまにくってかかった。あごに両手両足をかけ、ぐぎぎぎと力任せにこじ開ける。

「おい待てやめろって」

 ユートはアカリを止めようとした。

 そんなことよりどこかから別のエンジン音が聞こえてくる。巨大くまの尻からブリブリバリバリ噴出する黒煙とは違うエギゾーストノート。


 巨大くまのぬいぐるみはまんまるの眼玉を真っ赤に血走らせた。

 太い両腕を左右に広げた。目にもとまらぬ速度でバァン! と打ち合わせる。

 頭よりデカい手のひらがアカリの顔をプレス。


 鉄骨がスクラップに変わる音がひびいた。

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