特製××××《ピーーー》を×××《ピーー》から××《ピーー》
「前に《報告》しませんでしたっけェ」
平然と通謀をバラして悦に入るゼクトをしり目に青年将校はオレンジの長髪をなびかせて室内を歩き回った。焚きしめた白檀の香りが広がる。
「見失いましたァって」
ブーツの踵が威圧的な鉄のスタッカートを刻んだ。
「役立たずのクソゴミ無能が」
罵倒で一蹴。将校は巨大くまのぬいぐるみ前で立ち止まった。腰高に肩をそびやかせ、オレンジの皮手袋をはめた指で黒焦げの顎を押し下げる。溶けた樹脂の煙がたちのぼった。
「やられたな。高くつくぞ」
隣室の鏡を見ながら薄く笑う。
ようやく緊張がほぐれてきたと見て、ハツネはおそるおそる顔を上げた。顔色をうかがいつつ、青年将校の背中とゼクトの視線を交互に追う。
ゼクトはわざと赤ちゃんめいた仕草でチュパチュパキャンディをしゃぶった。
「んーーパワハラちに来ただけならちゃっちゃと帰ってほちいんでちゅけどォ」
「
「んじゃァご一緒にぶぶづけでもォ」
青年将校は視線を入口へと向けた。
「順番が違う」
壁の向こうに身じろぐ気配があった。食器を重ねる音がわざとらしく小さく鳴る。
青年将校はきびすを返した。かつて入口ドアだった空間を、置き土産の冷笑を残してくぐり抜ける。
「ノックは立ち聞きの前だ」
この男、自分がドアを蹴倒した事実は棚の一番上に放り投げるつもりらしい。やはり同じ穴のむじなだ。靴音が遠ざかった。
白檀の残り香が晴れると、ハツネは天井を仰いでふはぁぁぁぁぁぁぁ、と特大のクソデカためいきをついた。口をぱふぱふさせる。
「何であんなカッコ」
「そやそや何でうちらがこんなカッコせなあかんのやあ!」
アカリは怒り心頭の笛吹ケトルになって脳天から蒸気を吹き上げた。らりっぺたんのハリボテをぶん投げ、いつの間にか着せられていた黒服を脱いで丸めて右に左にとっ散らかす。
ユートは苦笑いしてハリボテ頭を脱いだ。ゼクトはニヤニヤ笑いを隠さない。
「《
「怖いこと言ってくれる」
ハリボテを横にポイと放り投げる。
「マジで助かった」
率直に謝意を述べた。ゼクトはしたり顔で肩をすくめる。
「僕ちんなりの誠意ですゥ」
「借りができたな」
コーヒー(?)とジュース(?)を頼んだ時点で数が合わないのは分かっていた。
紳士協定を結んだとはいえ、そもそも《らんらんホールディングス》自体、敵か味方か分からない。実際に存在するかどうかも分からない正体不明の謎組織だ。そのうえ《
ハクとアルカの行方もいまだ分からぬというのに、わけの分からないハリボテ軍団にからまれたあげくさらに厄介な連中にまでつまらぬ容疑をかけられ身柄を拘束されてはたまらない。
ハツネはまだ腑に落ちないようだった。頭をかかえてうんうん唸っている。
ゼクトは目をほそめた。
「余計な手出しをすんなってことでしょォ? ここはヤツの顔を立てて、あったかいミカンの肉汁でも飲んで落ち着きましょうや。ねェ、レンちん?」
《外にいる誰か》に対して入るよう合図。
同時に長身の黒スーツがワゴンを押して歩み入ってきた。
「お待たせを、いたしました」
男とも女ともつかぬ慇懃無礼がつぶやく。
「ご注文の、三日前にこぼした牛乳を拭いた雑巾汁入りヒリたてクソ汁コーヒー三つと天然果汁100%新鮮ブラッドオレンジジュースでございます」
アカリとハツネの前にはらりっぺたん柄のコースターとよく冷えたオレンジジュース。ユートとゼクトの前には湯気のたつコーヒーのカップが置かれた。病的なほど骨ばった白い手が眼につく。伸ばした指の爪が青い。
「クソ茶ですが」
粗茶にクがついただけで大変なことになってしまった。
ユートは飲み物を運んできた人物を下から上へぶしつけに検分した。レースアップの革靴はいかにも潔癖で神経質な性分をうかがわせてチリひとつついていない。黒服三揃いに直毛の黒長髪、顔半分と背中に垂らしている。青い口紅、青のネイルに、左耳に蛇のピアス。
見下す視線の奥に黄色い軽蔑が灯った。
「こちらの
全文ピー音とはいい趣味をしている。ユートはスカトロ趣味を噛みつぶした顔でゼクトを見やった。前言撤回。こいつにはろくな知り合いがいない。
「おいくら万円?」
「3940らんらんと消費税になります」
「交際費で経理にまわしといてェ。ところで」
ゼクトはポケットから手帳らしきものを引っ張り出した。黒服男に言われた品名をサラサラ書いて上の一枚をちぎり取る。
「さっきはニアミスでしたねェ?」
少々風向きがあやしくなってきた。黒服は無言で支払い明細の控えをひったくった。無表情で部屋を出ていく。ドアを踏む音がいらだちの甲高い反響となって床に伝わった。
「茶飲み友達でロシアンルーレットするのはやめてくれないか」
ユートは半分苦笑いしながらゼクトをたしなめた。
「わざとダブルブッキングしたな?」
こっちは出待ちの楽屋に閉じ込められているというのに次から次へと両手にナイフを持った殺し屋みたいなやつらがご挨拶に来る。ゼクトはいけしゃあしゃあとそっぽを向いた。
「毒を以って毒を制すってやつゥ」
皿ごと食わされるほうはたまったもんじゃない。
「あいつは
ゼクトの代わりにハツネが耳打ちした。
「
コーヒーの表面が揺れた。
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