《人類共同戦線》特殊機巧作戦軍呪装武官

「何その無反応。名前ぐらい聞いたことあるっしょ。人間を《やめちまえる》クスリですォ」

 ねっとりとまとわりつくニヤニヤ笑いを無視して、ユートは無表情にガラスアンプルをすがめた。隣室の床に散らばる鏡の欠片を見やる。

「知らん」

 注射を打たれた首筋がやけに冷たい。


「あっそォ」

 部屋が明るくなる。ゼクトはどこ吹く風でせせら笑った。デスクに手を伸ばし、つながってもいない電話の受話器を肩で挟む。

「この辺だと割とヤバイすけどねェー? オニィチャンがいたイナカじゃァ出回ってなかったっすかァーアッソォーーッスカァーーんじゃァしゃァねェなァーーピポパポピーーガァーーポーーチピルルルルルrーーー」

「俺はよそ者だ。てめえらの足元でゾンビどもが這いずりまわろうがどうでもいい、こっちが感染しさえしなけりゃな」

「あァーーモシモーシ? レンちーん? さっき頼んだジュースまだッすかァーー? 待ァちくたびれてんですけどォー? ねェねェまだァーー?」

 ペン回しするついでにせっかちな呼び鈴を叩く。ユートは指をちょいちょいとまげてアカリを呼んだ。


「なんゴボォ!」

 のこのこ寄ってきたアカリの顔面めがけて手にしたハリボテを振り下ろした。ズッポリかぶせてその場で踵を中心にぐるりと一回転。一瞬で早変わりする。

 直後。

 ノック代わりの足蹴一発、金属の反響音とともに扉の蝶番が吹っ飛んだ。

 鋼鉄の防火ドアがぶっちぎれた。倒れた。床にめり込んだ。建物が揺れる。

 コンクリートの粉がパラリと降った。砂塵の向こうから踏み込みざまに男の声。低く凄む。

「声がしたが」

 腰に手を当ててぎろりと室内を見回す。


「モーシモーシ?」

 受話器を小首にはさんだゼクトはテーブルに大股開きの足を投げ出して股間の名刺を大開陳。背後には大小の黒服二人が直立不動。

 ハツネは一瞬ぽかんと相手の顔を見たあと、息を呑んで我に返った。

「きっ……!?」

 顔を伏せて縮こまった。息をつめる。


 ハリボテ内でごくりとアカリが息を呑んだ。

(だっ……だれ)

(反応するな)

 ハリボテ黒服姿のユートは感情を切った。

(読まれるぞ)


 オレンジ髪の青年将校は、溶鉱炉の色をした視線を走らせた。黒服に扮したユートとアカリへと向ける。

「ふざけたツラだ」

 ゆらり、と。

 腰に差した丹塗りの軍刀に片手を置く。

 殺気の火花が手元に散る。ふくれあがる爆発的な殺気に曝され、のけぞりかけるのを必死で耐えた。一ミリでも動けば——悟られれば——首が転がり落ちる。


「……うちらんらん警備保障モブ戦闘員らりっぺたんさんたちを脅さねェでもらえますかァ」

 ゼクトは何食わぬ顔でくわえた棒キャンディをピコピコと上下に揺らした。

「パワハラすよォそれェ」

が」

 青年将校はいつの間にかユートの首筋に添わせていた和刀を引いた。あぜんとする間もなかった。そもそも抜刀の瞬間すら見えていない。


「んで、わざわざ何しに来たんすかァ《人類共同戦線》特殊機巧作戦軍呪装武官ヴリクス・エブドライヒ閣下ともあろう方が、まさか僕ちんみたいなゲリクソキンタマ豚とご一緒に豆の黒焦げ煮汁をお飲みあそばされやがりますとかァ、ん?」


 青年将校の目元がわずかにほそめられた。無言で抜刀。ゼクトの首を刎ねた。本人の膝上に頭が転がり落ちる。


「ァッァーーッ♡」

 横向きの首を抱えた身体がビクンビクンとけいれんする。

「山田ァーーー! 頭が、頭がッ!!」

 ハツネが白目を剥いてテーブル越しに身を乗り出した。膝をついて這い寄り、落ちた首を必死に拾い上げようとする。ゼクトは足をじたばたした。

「あ゛ッあ゛ッ痛い痛い頭もげるゥーーー!」

「もげてるーー!」

「いーのいーの峰打ちだからァ」

 ゼクトは自分で自分の頭を持ち上げた。元あった場所へひょいと乗せ直す。

「さすがはブリ様見事な包丁さばき」

 拍手する手にはどこから出したか青首を刎ねた見事な大根、パックリふたつに割れている。

「おろすぞ貴様」

 青年将校は氷よりつめたい侮蔑をくれた。血振りをひゅんと鳴らして納刀。

「それより、まさか見失ってはおらぬだろうな」

 切れ長の眼がオレンジにゆらめいた。


「《第三の厄災テルシア・カラミタス》を」



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