ねぇねぇ婆さん
猫田 まこと
第1話
これは、私、佐藤茜がまだ中学生だった頃の話だ。
私の住む街は田んぼと畑が広がる田舎で、通学路に街頭なんて物はない。
夜ちょっとでも遅くなったら、暗闇を自転車のライト頼りに帰らなくてはならない。
そんな通学路を帰るはめになったのは、中一の夏休みの初めだった。その日は酷く蒸し暑い日だったのを覚えている。
「あ〜もう最悪!なんなの、あのクソ教師!皆も皆よ!サッサッと帰ってさあ!」
所属する合唱部の練習が長引いたお陰で、時刻は七時半。いくら夏の日が長いって言っても、こんな時間じゃとっくに日は落ちている。
おまけに部室の施錠を顧問が『先生、用事があるから、任せた』なんて言って、とっと逃走するし!
多分お気に入りのアニメの放送時間が迫ってるとかなんだろう!
あんたが細かい部分にこだわって、何十回も同じフレーズを歌わせたせいだろうが!
お陰で塾だか習い事だかに間に合わなくなった部長の機嫌悪くなって、説教という名の憂さ晴らしに付き合わされるし!
私と同じ一年生の娘達は、やれ門限が〜弟の面倒見なきゃとかと言い訳して、さっさと帰りやがるし!
そんな訳で部室の施錠を押し付けられた私は、不満を頭の中でぶちまけながら、暗い通学路を自転車で走っていく。
「あ〜、なんで学校まで四キロもあんのよ〜。てかうちの街田舎過ぎるんだよ!街頭くらいつけろっての!やだも〜」
部活仲間や顧問への怒りは、いつの間にか住んでいる街への文句へとすり替わっていた。
実のところ私は、お化けや幽霊の類が嫌いな上に暗い所が大の苦手。
だからじゃないけど、この通学路は好きじゃない。
「あーそういや例の噂の場所ってこの近くだっけ?」
家まで約半分の距離になった所で、地元の小中学生の間で流行っている噂話を思い出す。
確か『ねぇねぇ婆さん』だっけ?
夜になってこの辺りを通りかがると、「ねぇねぇ」と話しかけるお婆さんが出るらしい。
しつこく話しかけてくるけど、絶対に返事をしていけないし、目を合わせてはいけない。
返事したり、目を合わせたら最後とかなんとか。
学校で流行る怪談話としてはありがちだけど、ただその場所はなにかと曰く付きだ。
「ねぇねぇ婆さんの出る場所って、呪われ屋敷の近くじゃん。最悪!」
呪われ屋敷というのは、この近くに茅葺屋根の崩れかけた大きな屋敷がある。
過疎化が、進んだこの辺りじゃ珍しくもなんともない廃墟の一つだけど、近所じゃ有名な心霊スポットだ。
とある大きい農家が、自分ちの畑だか田んぼを広げる為に、祠か何かを壊してしまった事が原因かわからないけど、跡継ぎの長男が謎の死を遂げたり、そこの当主が発狂して身投げしたとかで、その家は途絶えしまったんだとか。
そのせいで、呪われ屋敷と呼ばれるようになったんだと。
説明が長くなったけど、例の『ねぇねぇ婆さん』が出る場所と『呪われ屋敷』の場所は近い。
「うわー、あーもうー」
恐怖心なのか怒りかわからない気持ちに駆られ、私は部活で疲れた身体にムチを打って、さっき以上のスピードで自転車を漕ぐ。
『呪われ屋敷』の前を通り過ぎれば、国道沿いに出る。
交通量も多いし街頭もあるから、とにかくそこまで猛スピードで突っ切るしかない!
私は、転んだら、足がズル剥けどころの怪我じゃ済まないくらいのスピードで自転車を走らせる。
件の『呪われ屋敷』を通り過ぎると、両側田んぼと畑しかない道路の先が明るくなる。
ここまで来たら安心だ。
と油断したのが間違いだった。
『ねぇ』
と耳もとでささやく嗄声。 今、この自転車は、徒歩の人間、ましてやお婆さんが近寄る事出来ないくらいのスピードなんだけど?
いや無視!無視よ。そう自分に言い聞かせて、ねぇという声を無視していたんだけど……
『ねぇ、ねぇ。ねえってばあ!』
無視を続けていたのに、お婆さんが、急に目の前に現れたんだ。
「きゃああ」
私は、驚いてハンドルから手を離してしまった。
勢いよく身体は自転車から投げ出された同時に地面へ叩きつけられた。
「痛い」
ヘルメットを被っていたんで、頭を打った様子はない。だけど、身体中が、痛い。
『私を無視するからよ』
そうお婆さんの悲しいでるような寂しそうな声を聞いて、私は意識を失った。
次に起きた時には、病院だった。
左腕は骨折していたけど、他は怪我は擦り傷とかくらいだった。
父さんが泣きながら、良かったを繰り返していた。
「いや死ななくてよかったよー」
「どういうこと?」
私は、父さんに訊いた。
あの近辺は昔からまっすぐな道であるにも関わらず、死亡事故が多い。
最近は大分減ったらしいが、十年くらい前は、多い時は、一日に二回も事故が起きる場所だったらしい。
「私ラッキーだったんだ」
「そうだね。あっ今度から遅くなるんだったら、連絡してね。迎えに行くから」
「んーその必要ないよ。私、合唱部辞めて、手芸部にするよ」
「そっ?大会近いんじゃないの?」
「いーの。色々不満もあったし。それに骨折してたんじゃ練習に参加出来ないもーん」
「左腕だから関係ない気がするけどねー」
私は、少しして退院したけど、父さんに言った通り、骨折を理由に合唱部の練習に参加する事なく、夏休み明けに退部し、手芸部へ入部した。
ちなみに私が事故にあってからしばらくして、『ねぇねぇ婆さん』の噂は、ピタッと消え、『呪われ屋敷』が取り壊されて、周りの田畑を含めて、建売が並ぶ場所になってしまった。
けれど、『呪われ屋敷』のあった場所だけ何故か家が建たず、ぽっかりと空いたままだ。
噂じゃあそこに何かしら建てようとすると、関係者が病気になったり、怪我をしたりするんだとか。
『呪われ屋敷』がなくなっても、呪いはあのままなのかもしれない。
ただ『ねぇねぇ婆さん』と『呪われ屋敷』に関係があったか否かは、今となっては誰もわからないままだ。
ねぇねぇ婆さん 猫田 まこと @nekota-mari
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます