第3話「あれ、幼馴染がすごく可愛い」


「おい春弥、お前せっかく隣になったのに話しかけないのかよ」


 唐突な転校生の来訪。

 蔓延る恋愛漫画の開幕のような出来事から始まった今日であったが、春弥にとってはそんなの単なるアクセントでしかなかった。


 隣に美少女、隣に転校生?

 それも離れ離れになってしまった幼馴染と同姓同名で、何か意味ありげに見つめられた?


 だから何が変わるかと言われれば、答えは明確――だ。


 朝からひっきりなしに続く「かすみさんってどこかのお嬢様なの?」のような質問の連鎖を横目に弁当をつついていた。


「そんなこと言っても、話しかける暇がないじゃないか」

「いやいや、ガツガツ行けばいいだろそんなの」

「それじゃ困るだろ、漆戸さんが」

「うわ……この草食系め。彼女出来ないぞ、そんなんじゃ」

「悪かったなぁ」


 割と痛いところをついてくる唯人の言葉に狼狽える様に箸を止める。

 中学からの3年間。前世も合わせれば31年間。

 生まれてこの方彼女なんかできたことがない。

 

 勿論、多くの理由はある。

 学生時代から積極性に欠け、ことあるごとに誰かの後ろを歩き、女友達すら作ろうとしない。

 二度目の中学生活では多少は増えたかもしれないが、それも部活の先輩だけでもある。


 それこそ、こうして隣に美少女転校生が来て、ちょっと繋がりがありそうだとしても繋がれるわけではない。


「んまでもよ。春弥にはいるもんな、美人で仲のいい女がさ」

「記憶にないな、そんな人」

「最低だな。ほら、部活だよ部活。文芸部の部長――相川あいかわ先輩」


 唯人から口に出たのはついさっき話題に上がった唯一の女友達。

 友達と言うのはちょっと違うかもしれないが、知り合いよりは親密と言える、少なくともこの学校で今のところ仲のいい女性である。


 フルネームは相川佐那あいかわさな

 学年は3年生で、二個上の先輩でもあり、文芸部の部長でもある。

 関係性は中学の頃からで、小学校で奨励賞をもらった文芸コンテストで名前を知られていたのか猛烈アピールを繰り返され、3年を経て先月入部するに至った。


 人数が少なく廃部危機だったというのと、前世では入ることもなかった部活というのが入部理由であり、すでに文芸製作はやめている。

 勿論、してしてアピールは続いているが。


「部長……か」

「部長かってな。相川先輩もすっげー美女じゃねえか」

「まぁそうかもしれないけど。別にそういう感じの中じゃないし……というかむしろ鬱陶しいかな」

「うっとう……春弥、お前まさか男が好きなのか?」

「俺はストレートだ! 確かに可愛いとは思うけど、そういう仲ではないってことだよ」


 唯人が言うように佐那はすごく可愛い。

 おそらく、この学校でも一二を争うほどの実力を持っている。

 ただ、若干変人なところもあり、それを知っている先輩方や春弥はそういう対象にはならないわけで。


 関係のない唯人のような低学年の男子からは人気が高くある。


「んじゃ、ちょうど真横のかすみちゃんと比べてどうだ?」

「……なんでそういうことを聞くんだよ」

「いいから、言ってみ。さもないと俺がお前の恋人候補になっちゃうから」

「だから俺はストレートだよ」

「はいはい。いいから」

「ん、ん……」


 そう言われて春弥はゆっくりと横を向く。

 目は合わない。

 かすみは何人かの女子や男子に囲まれて質問攻めされながら食事をとっていて、忙しくしている。


 そんな彼女を凝視する。

 

 長い睫毛に、輝く碧眼。

 サラサラで艶のある黒色の長髪に、しっかりと存在感を放つ胸。

 どこか大人びた雰囲気を落ち着かせる髪留めに、より清潔感を際立たせる高校のセーラー服。


 綺麗、美麗、美しい。

 一言で言えば、可愛い。


 一概には言えないし、もはや好みの問題でもあるが――――なんか懐かしさがあるような気がして答えられない。


「—―いや、うん。唯人はもう話さなくていいのか?」

「逃げやがったなお前」

「どっちもでいいよ。俺は」

「っち。んじゃ、オレも話しかけてくっかな!」


 そうして席を立つ唯人はすんなりとその輪の中に入り、話始める。

 さすがだなと思いつつも目を離す春弥は、弁当をつつき始めた。


「……彼女、ね」


 作りたくなくて作っていないわけではない。

 ただ、それよりも過去の思い出が邪魔するだけで……そう思って重めのため息をついたのだった。






「っ――――」





 しかし、知る由もなく。

 すれ違うようにかすみの目は彼の方へと向いていた。




 



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