第9話「あれ、幼馴染が怖がる?」
時の流れというのは遅いようで早く進み。
彼女がこの高校に転校してきてから――約一週間が経った。
季節は変わらず初夏。
夕暮れ時には気温も少し冷え込み、学ランを羽織る生徒も増えてきた時間帯。
空模様は何とも言えない灰色で、ぽつぽつと雨が降り始めていた。
「はぁ……」
そんな中。
人気の少ない広々とした図書館で響き渡ったのは透き通る綺麗なため息だった。
件の美少女転校生、漆戸かすみ。
才色兼備で、豪華絢爛。
歩く姿は百合の花。
まさしく美少女という名前がふさわしい彼女は、普通の男子高校生の隣でぐでーっと机に顔を鎮めていた。
「漆戸さん、まだまだ終わってないよ課題」
「疲れた……さすがに、ずっとはきついよぉ」
「そんなこと言ってもなぁ」
へたれ込む彼女の目の前にあるのは数学Ⅰの教科書とワーク。
シャーペンの跡はちょうど2ページほど進んだところで止まり、彼女は力尽きていた。
その隣で4ページほど進めていたのは普通の男子高校生こと青山春弥。
美少女の隣にいるのはちょっと浮き気味であったものの、もはやボディガードのように当然になり、皆も受け入れつつある彼。
やっていたのは今週末が提出期限の数学課題。
彼らが通う高校では毎週末数学課題や英語の単語テスト、現文の漢字テストがあり、こうして彼女の勉強の面倒を見ていたのだが。
かれこれ1時間半。
さすがに詰め込みすぎたのか、かすみの集中力が切れてしまっていた。
「まぁでもずっとやるのもそうか。休憩にする?」
「うん。そうする」
「了解」
二人の距離感は10センチほどで、近くもなく遠くもなく。
この一週間でなんとなく決められた距離が作られていた。
違和感もない。ぎこちなくもない。
あくまで自然な子の距離感で、二人は並んで勉強をしていく。
まさしく、二人は気づいていない過去と同じ。
「何か飲み物いる?」
「あ、うん! お金は……」
「いいよ、別に」
「いやいや、ダメだよ。さすがに。それに私奢らせるの嫌だしさ」
今時珍しいな。
なんて心の中で思いつつ、そういうときの言い訳はしっかりと分かっている春弥は首を振る。
「それじゃあ次奢ってよ。今日は奢るから」
「んぁ……な、なら、じゃあお願い」
「うん。どれがいいとかある?」
「えーっと、烏龍茶かな?」
「渋いね」
「よく言われる。私、結構渋い料理好きだから」
「はははっ。奇遇だね」
これまた偶然。
ちょうど同じものが飲みたいと思っていた春弥はその偶然にくすりと笑い、自販機へ向かった。
数分ほど経ち戻ってくると窓の外の景色はがらりと変わっていた。
ザーザーと降りしきる大粒の雨が窓ガラスを叩き、しんと静寂を保つ図書室に響き渡る。
教室へ入ると、かすみは髪を後ろで束ねて筆を走らせている姿が見えた。
やる気になってくれたのか、と安堵しつつ春弥は声を出す。
「烏龍茶、買ってきたよ」
「わっ。びっくりした。青山くん」
驚いて肩を跳ねる彼女。
その瞬間に揺らめく黒髪も煌めくようで、改めて彼女の美しさを実感する。
「ごめんごめん。でも、ほら」
「ありがとう……これこれ」
嬉しそうに笑みを浮かべ、すぐにキャップを取り外すと口につけて喉を鳴らす。
それを横目に春弥も席に座り、一緒に喉を鳴らす。
五分の一ほど飲み、キャップを閉めた時だった。
窓の外から一瞬、閃光が襲った。
そして、五秒後。
続いて、つんざく轟音が図書室を襲った。
「っ……びっくりしたぁ」
「っ⁉」
あまりのも急なことで体を震わせる春弥。
「近かったね、2キロ圏内くらいかな」
「……う、うんっ」
「雨はいいけど、帰り怖いな」
「……ぁ、ぅん」
声は小さい。
とはいえ、さすがにここまで大きいと驚くのも当然だろうと筆を走らせる。
しかし、動かない彼女。
そしてまた、閃光が教室を包み、轟音が鳴り響く。
「っ……」
「また……漆戸さん?」
やっぱり、と彼は頷く。
彼女が動かない。
それに、まったく声を出していなかった。
さらには体を縮めて、右手は彼の膝辺りをキュッと握りしめていた。
すると、彼女はか細く、見違えた声で呟いた。
「わ、私……その、雷が苦手で……」
なんとも、女の子らしい。
そう思った春弥だったが気持ちも分かるし、答えようとするとかすみの方が笑いを溢す。
「こ、高校生にもなって……恥ずかしいよね、雷苦手って」
「え、いやそんなことは」
「自分でもわかってるんだけど……ね」
どうやら、恥ずかしがっているようだった。
横からほんのりと赤くなった頬が見えていて、握りしめた右手も力が強い。
「大丈夫だよ、そのくらい」
「そうかな? でも、昔馬鹿にされたことがあって……」
「馬鹿に? それはそいつの方が馬鹿だよ」
自分で言いつつ、どこか胸にチクリと刺す違和感。
とはいえ、雷が怖いなんて当然で、女の子がそうなら不思議もない。
男なら確かにバカにする人はいるかもしれないが、気にすることもないと右手を左手で優しく包み込む。
「そ、それは言いすぎだよ」
「そう?」
「うん。でも、ありがとう」
雷が遠くなっていったのか、彼女も顔をあげる。
目を見ると、自分の手が膝辺りを握り締めていたのに気づき慌てて手を離した。
「あ、ごめん。手」
「いいよ。気が済むまで……どっちみち数学は解かないとだし」
「す、すうがく」
「頑張って、あとちょっと」
「い、意地悪だよね。青山くんって」
しかし、過ぎ去ったのは苦手の一つのみ。
残り3ページの苦手は自分の手で乗り越えねばならないわけで。
それを思い出させる彼をジト目で見つめる。
「恨むなら、先生を」
「うげぇ~~」
そうして、再びシャーペンを手にしてノートを滑らせていく。
一問去ってまた一問。
でも、さっきまで険しい顔をしていた彼女の表情がどこか明るくなっていたのは。
—―無論、春弥にも伝わっていた。
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