第8話「あれ、幼馴染がたべたがる」
「へぇ、いいね〜学食! 前まで私が通ってた学校にはなかったから新鮮で楽しみだな〜」
「それは良かった。俺もこの学食には結構助けられてるからね。喜んでくれそうなのは良かったよ」
午前中の眠たい授業を終えた昼休み。
今朝、先生に言われたことを全うしようと、春弥はかすみを連れて学食がある特別教室棟へと足を運んでいた。
この高校の学食は公立高校にしてはかなり設備が整っていて、安い割には美味しいという評判で春弥も毎日お世話になっている。
そんな評判のおかげで、学食は盛況としていて一歩中へ入るとかすみは楽しそうに声を上げた。
「う、うわ……でかいんだね」
「若干引いてないか?」
「いやいや、引いてはないよ。なんか、こんなところで食べれるのはすごいなって思ってさ」
「まぁ、初めてはそんな感じか」
空いた口が塞がらない、とはまさにこのこと。
かすみの胸が躍っているのは歩く速度から容易に理解できる。
そんな彼女をやれやれと追いかける春弥も今では落ち着いているが最初はこうではなかった。
入試の時期には県内の公立高校では倍率はトップクラス。
確かに偏差値が高く、進学校ではあったがあまりにもな倍率に当時は彼も驚いていた。
その理由の正体がまさか学食だとは入るまでは理解できるわけもなく、ただ味と値段は別格でこうして毎日使っているのだ。
「うーん、どうしよっかな……悩ましいね、さすがにここまであると」
高校の学食、とは似ても似つかないほうな広い講堂に一面と並ぶカウンター。
カウンターの上のスペースには看板の様に並んだメニューの名前。
カレー、かつ丼、うどん、ラーメンに定食。
メニュー数はそこまで多いわけではなかったものの、やはり人気メニューはかなりの人だかりができていた。
「青山くんからのおすすめとかはないの?」
「俺のおすすめか……コスパで選ぶなら定食だけど、がっつり食べるならカツカレー炒飯ってメニューが一番おいしいと思うよ」
「か、カツカレーちゃーはん……何その、破壊的な食べ物の羅列!」
「ま、まぁ女子で食べてる人見たことないけどね、あんまり」
「それなら私がその一号に……」
さすがに多すぎて食べれないんじゃなかなと心配しつつも、止めない春弥。
理由としては単純で楽しそうな彼女を止められなかったからである。
跳ねるように歩き、すれ違う人たちを流れるように交わしていく彼女。トレイを手にして、カツカレー炒飯の列に並ぶ。
サッカー部男子に野球部男子、柔道部男子に、剣道部男子。
そんなあからさまにも運動系ばかりの並びに身を投げた彼女。
その光景は異質で、さすがに放っておけなくなった春弥は予定にもなかったその列に並ぶことにした。
「あれ、いいの青山くんも?」
すると、後ろを並んだ春弥を不思議そうに見つめるかすみ。
いいのか悪いのか、と聞かれたら勿論良くはない。
何より春弥の方もこのメニューは食べたことはない。知っている情報は唯人から教えてもらったもので、唯人自身も食べれなかったと言っていたほどでもある。
ただ、背に腹は代えられない。と、腹をくくって頷いた。
「わーお」
「す、すごいもんだな、これは」
学食の隅っこの四人席。
そこを占拠する大きなトレイと、その大きさには似合わない小柄な少年と小柄な少女二人組。
周りからのマジマジと見つめるような視線も気にしつつ、しかし余裕もない二人は目の前のその料理に喉を鳴らしていた。
カツカレー炒飯780円。
大きなヒレカツが七切れに、たっぷりと掛けられたゴロゴロ具材のカレー。
そして、その下に隠れた黄金色の炒飯に福神漬け。
まさしく、男子高校生が食べる破壊的な料理で興奮はおろか、不安が心の中を埋め尽くしていく。
しかし、そんな弱気な春弥は見ず知れず、彼の目の前に座った彼女と言えば目をくっきりと輝かせていた。
「……ず、随分と平気そうなんだな」
「え、いやいや、平気なわけじゃ……」
「食べれそうな感じに見えるけどな?」
「ま、まさかーー青山くんがもっと早く言ってくれたらよかったのになーー」
(ぼ、棒読みじゃないかよ)
とはいえ、どうやらまだ彼女にも女子として思われたいと言う気持ちは残っていたのか、言い返す。
春弥からしてみれば逆にこの量を食べられるとは思えないが、世の中にはフードファイターなる職業があるように不思議なこともあり得るのだ。
「じゃ、じゃあ食べてもいい?」
「うん。食べるか」
手を合わせて、「「いただきます」」と一緒に揃える二人。
その瞬間、春弥はチラッと彼女の方へ目を向ける。
し終えた両手で箸と皿を持ち、小さな口でパクパクと食べ始める彼女を見てふと思い浮かべる。
(……いや、ないか)
再び思いだす轍のような風景。
重なる景色を振り払いつつも、消化できず今日も頭に浮かべてしまう。
「あれ、食べないの?」
「ん、いや、食べるよっ」
そうしてスプーンを手に持ち、カレーを一口入れる。
(……うま)
これから起こるお腹の悲劇にはつゆ知れず、春弥は二人だけの食事を居心地よく感じていた。
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