第7話「あれ、幼馴染に引っ張られる」


「—―というわけで、この高校に来て間もない漆戸さんに校内を案内してやりなさい」

「わ、分かりました……ふぅ」


 入学から一か月。

 もう見慣れた景色しかない通学路を歩き学校へ到着すると、職員室に呼び出された春弥は岡部からそんなことを任されていた。


 漆戸さんへの校内の案内。

 入学してから一か月と少ししか経っていない一年生に任せることか。

 —―という議論は置いておき、一方、春弥は心底安堵していた。


 考えてみれば分かるが、朝の唐突な職員室への呼び出しだ。

 本来ならヤンキー学生が悪いことをしてされるようなことをされたのだから驚いた。


 ただ、考えても悪いことなんか浮かんでくるわけもなく。

 しかし、蓋を開けてみれば、漆戸さんと話したことくらしか浮かばない春弥には似合うであろう内容だったわけである。


「—―あ、そうだ春弥。もう一つ」

「な、なんでしょうか?」

「……女を落とすときはな、エスコートするのが大事なんだからな?」

「は、はぁ?」


 サムズアップし、片目をウインクする。

 職員室から去っていこうとする春弥を止め、岡部が言い出したのはおかしなアドバイス。

 そのドヤ顔からは言ってやったぞという本音が見え見えなのだが、案の定職員室では異質な視線が彼を囲っていた。


 春弥は何を言ってるのか一瞬理解できなかったが、すぐに理解した。

 

(……教え子に女の落し方教えるかね)


 とはいえ、案外有益な情報かもしれないと思い、懐に収めて部屋を出る。

 

「失礼しました」



******


「青山くん、どうだった? 怒られた?」


 職員室から出ると待ち構えていたのはかすみだった。

 小さめで女子高生らしいリュックサックを床に置き、壁を背にして春弥を見つめる。


 彼女のその立ち振る舞いは飽きないほどに美しく、さっきのアドバイスが頭にちらつく。

 

(余計なお世話だ)


 長年のブランクの差というやつなのか、だからなんだと消化しきれず頭を振った春弥。


「ううん、怒られてない。ていうか怒られることやってないし」

「え~~なんだ」

「どうして、悔しそうなんだよ」

「だって、そっちの方が面白そうだし?」

「俺は面白くないけどな」


 そんな美少女と会話は変に途切れない。

 彼女のボケに、彼が突っ込む。

 構図は漫才中のお笑い芸人そのもので、二人の会話の相性は確実に良い。

 ただ、その理由が、過去に絡み合いがあるからだというのは二人が知るところではなかった。


「……ん、どうしたの?」


 職員室前の廊下。

 その廊下を行き来する1年生や2年生の学生たちで、辺りはガヤガヤと忙しさを増していた。

 2年生や1年生のフロアに行くためにはちょうど、職員室前の階段を使わなくても行けないこともあり、人の流れは多い。

 

 そんな中、春弥は異質なものを感じ取る。

 もの、というよりは視線だった。

 勿論、その矛先は彼女のほう。

 高校内では新鮮だったようで行き交う男子生徒からの視線を身に感じた。



「(でっか)」

「(何、あの子)」

「(新入生?)」


 さすがは美少女転校生。

 そのブランドというのは伊達ではなく、特に上級学年からの視線は配慮に欠けている――言ってしまえばいやらしいものだった。


 無論、春弥としてもその視線は容認できるわけもなく、のほほんと首を傾げる彼女の手を引いた。


「いや、なんでもない。とにかく行こう」

「えっ、うん……」


 引っ張られ踏み出す左足。

 よろよろと歩いている変な人だなと感じていた彼から、唐突なエスコートにかすみは驚いて口を頬ける。


 右手に目をやると、そこには自分の手を包む春弥の手。

 決して大きくはない色白な手だが、どこかゴツゴツしていて力強さを感じる。

 それでいて、優しさを感じ、引っ張ってくれる安心感に浸りつつハッとする。


「っ――あ、青山くん」

「ん、何?」

「そ、その……」

 

 視線が泳ぐ。

 こういうのを直接言っていいものかと思案しつつも、ふと外へ目を向けると行き交う同級生はちらちらと二人を見つめていて、喉を鳴らす。


「あっ――」


 すると、春弥は何かに気が付いたのか声を漏らした。

 かすみの方から告げるよりも先に、右手を包んでいた彼の左手はするりと離れる。

 これまた急な出来事に驚いていると、春弥が視線をすぅっと合わせて呟く。


「……」

「漆戸さん、埃」


 伸びる右手。

 それに身構えるかすみの上半身。

 

 そのまま自分の髪の方へ直進する手は止まらない。

 目を瞑り、終わったかと再び開けると彼が手にしていたのはやや大き目な埃の粒だった。


「大丈夫?」


 呆然と立ち尽くす彼女。

 それを心配そうに見つめる彼。

 

 零れる吐息すら見えてしまいそうになる二人だけの空間。

 さっきまでの、春弥に対して冗談を言う余裕のないかすみは顔を熱く、そして赤くさせていく。


 なんでもない不思議な男の子。

 まだ会ってから一夜しか明けていないのに。

 どうしても意識してしまうのは、彼女にとっても重ねてしまうからだろう。


「な、なんでも……ない」

「そう?」

「うん。埃、ありがとね」


 と言っても、昨日出した結論は変わらない。

 幻想はあくまで幻想。

 面影はあくまで面影のまま。


 春弥の取った埃を目に彼女はにこやかな笑みを浮かべ、今度は私と言わんばかりに手を伸ばす。


「そんな青山くんも、ね?」

「おぉ。分からんかった」


 摘まんだのは学ランの肩についた埃。

 それを見せつけ、教室へ入っていく彼女。


 朝のなんでもないひと時。 

 幼馴染だった彼と、幼馴染だった彼女はこうしてまた一日を過ごしていく。







 しかし同時に、重ねた代償だろうか。

 胸を刺すチクリとした痛みは後から響いてくる。


(……っ)


 笑顔の裏で、顔が歪んだ。

 



******



「抜け駆け、許すまじ」

「ちげーよ」

「は、漆戸さんに振られたんだぞこっちは!」

「……それはご愁傷様で」

「んだとぉ‼‼‼」


 隣にその漆戸さんがいるのにもかかわらず、こっちのひと時も変わることはなかった。

 

 ていうか。

(こいつ、彼女いるだろ……)




 

 




 

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