第10話「あれ、幼馴染に言えている」


「雷、収まったみたいだね」


 勉強が終わり、帰る時間になっても天気は変わる気配はなかった。

 雷は随分となっていないものの、窓の外の空模様は灰色でどこか悲し気な雰囲気を抱かせる。


 ザーザーと雨が降り続けているおかげで、以前のように静かと言うわけでもなく。   

 薄暗いいつもの道は自然な喧騒に覆われ、それでいて人気がなく梅雨のよう。


 あの日とはだいぶ変わった雰囲気の中、ゆらゆらと動く二つの傘。


「みたいだな……最初はどうなるのやらって感じだったけど」

「あははは。正直、怖くて勉強どころじゃなかったよ」


 しかし、そんな悲し気な雰囲気を吹き飛ばさんと話をしているのはもちろんこの二人だった。


 まったくもって、似合わない二人組。

 どこにでもいる男子高校生と誰もが羨む美少女転校生。

 人がいれば目を引き、男から嫉妬されるであろう彼らはこの一週間でほぼ当然となったのか歩幅も、速度も一緒であった。


「それは、苦手だったからじゃなくて?」

「う、うわ! 忘れてたのにそう言うこと言っちゃうの?」


 一緒だったのは歩幅までだったようで、考えはまったくもって一緒ではなく。

 苦笑いする彼女に冷静な顔で嫌がらせをする春弥。

 

 案外図星だったかすみは否定もできず、表情を歪ませて答える。

 こういう”いじり”をできるようになったのも、相性が良かったのか。

 とはいえ、乙女心なんて分からない春弥は察することはできない。


「ごめんごめん」

「そういうわけじゃないし、いじわるだね青山くん」

「っふふ。もう言わないよ」

「んもぉ……人の痛みが分からないとモテないよ、今後」

「それはまぁ……生まれてこの方、そういう経験はないんでね」


 自虐っぽく笑みを溢すと、今度は言い出しっぺの彼女の方が目を大きく開きパチパチとさせた。


 どうやら、彼女にはそんな彼の言葉が信じられなかったようだった。

 

「な、ないの?」

「そこ、そんなに驚くところ? 俺、普通だし、普通にないよ」

「普通普通って、そんなことないと思うけど……ないの?」

「ないない。でも、あんまりそれを自覚させられるのは悲しいからやめてくれ」


(何より、美少女に言われるのは心に来る)


 誰がどう見ても、美少女。

 そんな人に言われるのは、例え馬鹿にされていなくても耳が痛い。


 この一週間で錯角しつつはあったがさすがの彼も自分の現状くらいは見つめることはできている。

 というよりも、もっと他の部分に原因があったことは一度目の人生でよく理解しているが、それにしても立っていれば声を掛けられるなんてことはないわけで。


「というか、それに関してはちょっと悩んでるし」


 生まれてこの方彼女がいない。

 こっちでは16年。合わせて、30年以上恋人がいないなんてちょっとヤバいんじゃないかって。

 うすうす感じている春弥は苦笑いを溢した。


「……悩み、か」


 すると、隣を歩いていたはずの彼女がその二言に引っかかったのか足を止めた。

 春弥が気づくころには彼女は数歩ほど、後ろで立ち尽くしていた。


「漆戸さん?」

「—―ねぇ、青山くん」


 それに気が付いて春弥が声を掛けるのと同時、被せる様に彼女の方から名前を呼ばれる。

 いつもなら普通に答えるところも、なんだか今のこの瞬間だけかのじょの雰囲気がちょっと違う。


 彼を――もっと奥を見据えたかのような真面目な眼差しで。


 そして、彼の返事よりも先に彼女が動き出す。


「……聞いてもらってもいいかな?」

「聞く? い、いいけど」


 急だなと思いつつも、耳を傾ける。

 ザーザーと振っていた雨もやや弱まり、今度は彼女の声がはっきりと聞こえてくる。


 そんな中。

 明るく元気な透き通る高音はやや震えと迷いを帯びながら彼の鼓膜を揺らし始める。


「—―昔ね。私には幼馴染がいたんだ」

「……、」


 その瞬間、春弥の体がぶわりと鳥肌を帯びる。

 幼馴染、なんとも懐かしいその響き。

 ちょうど隣の彼女がやってきた瞬間も、浮かんできたことだ。


「その人とは毎日遊ぶくらい仲が良くて、当時友達が多くはなかった私にとっては唯一の友人って呼べた人だったと思う」

「……」

「でも、その頃、家の事情があってね。色々あって、引っ越すことになって会えなくなったの」

「……」

「さよならの挨拶も言えなくて、それがずっと心残りでさ」

「……」

「それからはずっとその人のこと思い出すばかりで、新しい友達を作る気にもなれなくて、小学校とか中学校はあんまり馴染めなくて」


 一呼吸置く。

 それで、自分の口を押えて何言ってるんだろうって隠すための溢し笑みを見せる。


「—―って、な、何言ってるんだろうね私、あははは。ごめん、ほんと」


 なんて馬鹿な話を。

 そんな言葉を言いたげな様子で誤魔化そうとする彼女に対して春弥は遮るように声を掛ける。


「大丈夫、続けてよ」

「い、いいの?」

「うん。聞きたい。それに、ここで終わっても気になるし」


 何よりも、親近感が湧いた。

 幼馴染の過去話。

 中学三年間生きてすら会えなかった。

 自分はもうほぼ諦めかけた幼馴染にまつわる悩みは、他の悩みとは一線を画すほど大事だとよく分かっている身からすれば。


 たかが会えなくなった幼馴染の話でも、やっぱりそれでも自分には見捨てていいものとは思えない。


 ましては、それを誤魔化して済むものなわけがない。

 

 あの28年間はそれくらい、重かったから彼にはよく分かる。


「……わ、私は……酷い女の子かな?」


 迷った果て、彼女から投げかけられたのは叱責の様な質問だった。


 それも、自分側ではなく、離れていくことになった側の気持ち。

 離れられた側の自分の意見は、あくまで当時は「辛い」と思った。

 あれだけ一緒にいて、仲だって決して悪くなくて、むしろ幼馴染かれから引っ張るような感じだったのに、ある日突然いなくなったのだから。


 でも、それからかなり生きてきて、胸の内には引っ掛かりつつも。

 だからって相手が酷い人だと思ったことはない。


 相手にも事情があって、それはお互い様で。

 だから、仕方のない事だったと結論づけた。




 そんな結論を出せるわけもない高校一年生の彼女は、悲し気な表情で俯き呟いている。


 どれほど、悩んでいたのかは分からない。

 ただ、それでも言えることはある。


「—―酷くはないんじゃないかな?」

「そ、そう、かな」

「俺も、昔似たようなことあったからちょっとだけは分かるよ」

「……」

「大切な人がいなくなるのは辛いことだし、なんでなんだろうって疑いたくもなると思う」


 勿論、自分がそうだったから。

 何度も疑って、小学校が始まってからしばらくは友達と言える人を作れなかった。

 好きな人だってできなかった。


 だったとしても、答えは違う。


「でも、仕方ないことだよ。それで、漆戸さんが酷い人になるのは違うと思う」

「……でも、私は」

「いう余地があっても、それは後の祭りだし。後悔はあるのは当然だと思うけど」


 だとしても。


「こうして思い悩んでほしいなんて思わないんじゃないかな」


 それだけは明確だ。

 相手がこうして苦しむ姿を見たかっただなんて思っているわけがない。

 自分に色のある世界を教えてくれた人に対して、仲が良かった人に対して思うわけがない。


 何よりも、証拠として。

 何十年も前から、春弥が伝えたい言葉だった。



 だからこそ。


「大切だって思ってるから……こうして悩んでるわけだし。その人も嬉しがってるんじゃないかな」

「嬉し――がってる……」


 まさか、そんなことは。と。

 思うはずもなかった言葉を言われた彼女は固まった。


 勿論、こんな言葉じゃ彼女と幼馴染は救えない。

 いつまでも会えなくて。

 謝ることだって、仲直りすることだって。


 また、二人で笑いあうこともできない。


 聞こえだけはいい綺麗ごと。

 あくまでも、他人事。


 二人の立場にいない、諦めた彼だから言えることだった。


「……だから、悩んでる」


 大切だから悩んでる。


 しかし、その甘いその言葉は、彼女に刺さってしまった。

 まるで、魔法のようにしっくり来てしまう。


 傘に雨が当たって、落ちて、足元に水たまりを作り出す。

 変わらない街並み、その道を立ち尽くす二人。


 復唱して、手を胸に抑える。


「……そ、そうなんだ」


 目に涙すら浮かびそうな彼女の隣を立つ春弥。

 格好いいなと自画自賛しながらも、思う。


 何を言っているんだと。

 本来それは伝えたかった言葉で、それを関係のない彼女に言って満足してしまっている自分にちょっと腹が立つ。


 でも、なぜか、それが分かっていても喜んでいるかすみの表情がやっぱりなんだか引っ掛かって。


 妙に、不思議にも、「言ったんだ」という納得感を出してきて。


 密かに拳を膝に押し当てた。

 


 


 


 



 




 



 

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あれ、幼馴染に胸がある?~10年ぶりに再会した幼馴染が超絶美少女になってたんだが。~ 藍坂イツキ(ふぁなお) @fanao44131406

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