第5話「あれ、幼馴染に重ねてしまう」
二ページほど問題集を終わらせたところで、時計の針は18時を切っていた。
さっきまで図書室を照らしていたはずの太陽は沈み、夕暮れももう終わりかけ。
グラウンドでは照明の灯りに照らされながら練習をする野球部とサッカー部が見え、ぽつぽつと歩道を照らす街灯が街の静けさを物語っていた。
そんな中を歩いているのは言うまでもなく。
勿論、春弥とかすみだった。
「いやぁ……こんな時間までごめんね。付き合ってもらって」
「ううん。大丈夫だよ。俺も、色々教わったし」
「あははは。でも、青山くんってもの教えるの上手いんだね」
「そうかな? 別に普通だと思うけど」
「そんなことないよ。すっごくうまかったし、一瞬で理解できたし。なんなら家庭教師になってもらいたいくらいかな?」
「そんな大げさな……」
「真面目にね」
まぁ真面目に思ってくれるのならやりたくないわけでもないのだが。
なんて本気で考え始めるのは春弥の悪いところだろう。
ただ、何せ金銭的な余裕が彼にはあまりない。
働いていた時はむしろ、自分の物欲の無さに驚かされたくらいでお金に困ってはいなかったがこうして高校生になるとあまりの余裕の無さに身構えてしまうことがある。
買い食いなんて、やすやすとできたものでもない。
「ま、同学年の家庭教師なんておかしいかもだけど」
「うん。大学生の方がきっといいよ」
「それはないない。青山君なら満点目指せるし」
「満点って、そう言う割にはケアレスミスが目立つけどな」
「あぅ……そ、そういうことは言わない約束だよ!」
春弥の落ち着いた分析とツッコミに、気分が高まっていたかすみはぷんすかと頭を震わす。
まさに図星をつかれたようだ。
「でも、古文とかは助かったよ俺も」
「……急に褒めてくるんだね、青山くん」
「事実だよ。助かった。ありがとう」
「そ、そう言われると照れるなぁ……えへへ」
さすがに悪いところばかり言っても意味がない。
春弥は自分もためになったと感謝をすると、かすみは嬉しそうに頬を赤らめた。
どうやら、ここまでの美少女でも照れることはあるらしい。
案外、美少女な転校生だからと身構えていた自分が馬鹿らしく思えてくるほど。
ただ、やっぱり可愛いから気を抜くと緊張してしまうことがある。
「……反則だな」
「は、反則? 私、なんかルール違反でもした?」
「っあ、いや別に……」
心の中で漏らしたはずの言葉がどうやら漏れていたらしい。
春弥は慌てて否定し、そっぽを向く。
そりゃ、その意味を悟られてはいけない。
反則級に可愛いってことを。
「……何々?」
「なんでもないって、ほんと。ただその――」
「その?」
「—―反則って良くないよなって」
「え?」
「だ、だろう?」
「それはまぁ、うん?」
「……うん」
そして、訪れる静寂。
そんな静けさを切り裂くのは道路を行き来する自動車のエンジン音。
(まずいな)
変な空気にしてしまった。
そう責任を感じて、余計に黙り込みながらもその歩みは止まらない。
少し歩いて、考え半分でかすみが呟いた。
「変なの、青山くんって」
「よく言われるよ」
「も、もしかして、そう言うキャラなの?」
「そういうって……別に。言うなればそうだな、あんまり話さない感じのキャラだと思うけど」
「あんまり話さない……変なの」
そして、会話が途切れる。
不自然ではなく、自然と流れで黙り込んだ。
高校から離れ、見えてくる鉄道橋を通り過ぎ。
都会の喧騒とは少し離れたなんでもない住宅街を歩いていく。
自動車の音にかき消されつつも、コツコツと響く足音が耳に入ったり。
そんな流れに不思議と居心地の悪さは感じなかった。
まるで、昔の……彼。
「あ、そういえばさ。へんてこくん」
「へんてこくんってなんだよ」
こういうお茶らけた冗談も、感じたことがあるユーモアで。
でも、やっぱりその顔は美少女で。
過去のカスミとは似ても似つかないほどだった。
「あははは、ごめんね。その青山くん。話変わるんだけど関係ないこと訊いてもいいかな?」
「まぁいいけど、何?」
「御影君って仲いい感じなの?」
「え、唯人?」
「うん。なんだかね、今週の土日に街案内するから遊びに行かないって言われたんだよね」
「お、おぉ」
(あいつ、結構えげつないことするんだな)
「ナンパみたいだな」
「そう言われたらナンパかも。ナチュラルに可愛いって言ってくれたし」
「へ、へぇ」
ナチュラルに可愛い。
そんな言葉を聞いて、春弥はバツが悪そうに視線を逸らした。
生憎と、彼には言える勇気はない。
「でも、髪褒めてくれたのは嬉しかったな」
「そうなんだ」
「うん。昔はショートカットだったんだけどね。やっぱり女の子らしくしないといけないかなって思って」
「そんなこと……気にしなくてもいいのに」
「気にするんだよ、女の子は」
「そっか……」
「だって――き……ぃ、……た……もん」
そして、かすみはそこまで口に出して立ち止まる。
急に止まった歩みに春弥は気づかず、数歩前で立ち止まって振り返った。
すると、見えたのは図書室でも見た――不思議にも思える辛そうな表情。
「?」
「いや、やっぱりなんでもない」
声が小さくて聞こえなかった。
しかし、過去の不満の様な何かを言ってることだけは理解できた。
「で、でね、それでさ」
離れた歩幅分を彼女はすぐさま詰めてきて、再び春弥の真横に並ぶ。
「彼の誘い、嬉しいんだけど断りたくてね。でも傷つけたくはないの。どうすればいいかな?」
さっきまでの荒んだ表情は消え、心機一転。
聞いてきたのは、なんとも唯人には申し訳なく思える話だった。
「普通に言えばいいと思うよ」
「え、いいのかな、それで」
「うん。大丈夫」
(すまん、唯人。ドンマイ)
別に自分がデートに行く約束を漕ぎつけたわけでもなく、嬉しくなったのはなぜだろうか。
性格の悪さに笑みがこぼれる。
「な、ならそうしよっかな……また変な相談。ありがとね」
「うん。こちらこそ」
「じゃ、じゃあ。私はここで」
にこやかに一礼をし、十字路で立ち止まる。
まっすぐ家に向かう彼とは違い、右に曲がろうと指をさす彼女。
「せっかくなら、家まで送るよ? 近いんでしょ?」
「いやいや大丈夫。近いけど悪いし」
「そ、そっか」
「うん。だからまた明日ね」
「また……」
そう言って、スカートをはためかせやや早歩きで離れていく彼女に小さく手を振り、別れる。
寂しいというか、名残惜しさというか。
別に明日からも顔を合わせるのに、そういうことを思ってしまうのはなぜだろうかと思案しつつも理解できず。
結局、何も分からず仕舞いで踵を返すと同時に彼女の足音は遠くなっていく。
(また、明日)
そんな言葉の響きに懐かしさを覚えつつ、チクリと刺す胸の痛み。
「……何、重ねてるんだろう俺は」
何気なく、思い返してしまう面影に苦笑いを浮かべる。
さっぱり分からない。
ただ、やっぱり彼女は彼と重なってしまう。
(不思議だな。まったく違うのに)
美少女というものは、何かを秘めているんじゃないかと思った瞬間だった。
*******
家につき、玄関をくぐると出迎えたのは歯を磨いている妹だった。
「ただいま」
「お兄ちゃん……え、てか、なんでニヤニヤしてるの。きもっ」
そう言えば。
言っていなかったかもしれないが、青山春弥には妹がいる。
名前は
歳は二つ離れ、彼女は今年から中学2年生。
顔は彼には程遠く、学校ではモテるほどで愛想よくて可愛らしい。
しかし、こうして家にいるときはその真逆。
兄にはちょっとツンツンするような、ただ「お兄ちゃん」なんて呼び名で呼んでしまう。
いろんな意味でブラコンな妹である。
そんな妹を見つめて、彼はふと思う。
(……居心地がいいな、これも)
働いてからは口を利かなくなった妹からの罵倒も心地よいと思ってしまう彼は――
(俺は――変態かもしれないな)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます